軽度認知障害の評価は「ソリティア」で可能になる?

軽度認知障害の評価は「ソリティア」で可能になる?

この記事では、トランプゲームの「ソリティア」を使用した、軽度認知障害の新しい評価方法に関する研究を紹介します。

ゲームは認知症の早期発見に役立つ

認知症の予防と軽度認知障害

認知症を予防するには、早期発見が重要です。現在のところ、認知症の早期発見における最も身近なきっかけは医療機関での診察です。とは言うものの、診察に基づく早期発見は、十分に行われているとは言えません。そのため、認知症を早期発見する革新的なツールの登場が期待されています。

そこで様々な研究機関では、「軽度認知障害の評価」を行うテクノロジーが研究されています。
軽度認知障害は認知症の前段階と言われており、1つ〜複数の認知機能に問題が起こりながらも「日常生活を送ることはできる」程度の認知障害を指します。軽度認知障害の評価は、ひいては認知症の早期発見と予防につながります。

※軽度認知障害についての基本的な解説はこちら▶︎軽度認知障害(MCI)とは

軽度認知障害とゲーム

いま、軽度認知障害を評価するためのテクノロジーとして、デジタル(PCやスマートフォンなど)で行うゲームが注目されています。

ゲームを行う時、プレイヤーは自身の認知能力や運動能力、さらには社会的能力を活用してクリアを目指し、選択と行動、さらに感情を伴う体験をします。その際の情報を取得して活用することが、軽度認知障害の評価に役立つと考えられています。また、プレイ中の情報を取得し統計分析を行うには、アナログなゲームよりもデジタルゲームが有効です。

これまで、認知能力の評価を行う目的でのゲームに関しては、「シリアスゲーム」が作られ、試されてきました。シリアスゲームとは、単なる娯楽ではなく、(医療や教育など)実用的な目的で設計されたゲームです。

※シリアスゲームについての基本的な解説はこちら▶︎シリアスゲームとは何か

しかし、多くのシリアスゲームは作り込みが弱く、プレイヤーが集中し続けることは難しいという課題があります。

トランプゲームの「ソリティア」で軽度認知障害を評価できるか?

ベルギーとポルトガルの研究者グループは、軽度認知障害の評価を行う際に、シリアスゲームではなく一般に楽しまれているゲームを応用することを考えました。そこで、ターゲットとなる年齢層が親しんでいるゲームとしてトランプの「ソリティア」に注目しました。

ソリティアとは、広義では「ボードゲームやカードゲームのうち一人だけで遊べるゲーム」を意味しますが、多くの場面ではトランプでのソリティア(正式名称はクロンダイクソリティア)を指します。ここではクロンダイクソリティアの詳しいルールを説明することは省略しますので、詳細が気になる方はWikipediaなどを参照してみてください。

クロンダイクソリティア
クロンダイクソリティア

研究者らは、ソリティアのプレイから得られるデータを、軽度認知障害を評価する際の「デジタルバイオマーカー」(意味は次項で後述)として扱う研究を行っています。

参照する科学論文の情報
著者:Karsten Gielis, Marie-Elena Vanden Abeele, Robin De Croon, Paul Dierick, Filipa Ferreira-Brito, Lies Van Assche, Katrien Verbert, Jos Tournoy, Vero Vanden Abeele
機関(国):Katholieke Universiteit Leuven, Jessa Hospital, University Psychiatric Center, University Hospital Leuven(ベルギー), Universidade de Lisboa(ポルトガル)
タイトル:Dissecting Digital Card Games to Yield Digital Biomarkers for the Assessment of Mild Cognitive Impairment: Methodological Approach and Exploratory Study
URL:10.2196/18359

研究の目的は主に、次の2点でした。

  1. ソリティアのプレイデータに基づく、認知能力のデジタルバイオマーカーを調査する。
  2. ソリティアで得られるデジタルバイオマーカーから、軽度認知障害を評価する。

デジタルバイオマーカーとは

まずバイオマーカーという言葉の意味は、「生物学的なプロセスや病原性のプロセス、または治療における薬理学的な反応を客観的に測定・評価するための指標」です。
例えば、「外の天気は雨だったはずだが、さきほどから蝉の声が聞こえているので、どうやら晴れてきたのかもしれない」ということを考えたとします。「天気」を知るための指標として「蝉の声」が有効だと考えられているので、「天気」を人の体における現象としたとき、「蝉の声」がバイオマーカーということになります。

デジタルバイオマーカーとはデジタル情報のバイオマーカー、つまり「人体の現象を測定・評価するための、デジタルで取得される情報」という意味です。

ソリティアのプレイ行動と認知機能の関係についての仮説

研究者らはまず、4人の専門家によってソリティアを徹底的に分析しました。専門家たちは自身の手によってソリティアを繰り返しプレイし、理論的な側面と経験的な側面の両方からゲーム中の行動を細かく解析しました。
そして、認知的な能力によってパフォーマンスが変化するゲーム中の行動を整理しました。例えば以下の項目が、プレイヤーの認知能力によって変わると考えられました。

  • 次の手を考えるのにかかる時間
  • カードを移動する時間
  • メリットのある行動をとれるかどうか
  • ヒントを要求する頻度
    (他、上記合わせて合計23項目)

上記が今回におけるデジタルバイオマーカー候補となります。次に、測定・評価できる認知機能を洗い出しました。その結果、以下のような認知機能や能力が測定・評価できると考えられました。

  1. 計画立って行動する
  2. 行動を抑止したり制御したりする
  3. 先のことを考える
  4. 状況に応じて考え方を柔軟に変化させる
  5. 運動する
  6. 作業記憶を行う

※作業記憶についての基本的な説明はこちら▶︎作業記憶とは

実験と結果、研究者らの結論

デジタルバイオマーカー候補の有効性を実際に調査するために、高齢者46人(平均70歳)を参加者とした実験が行われました。参加者46人のうち、23人は軽度認知障害を診断済みの高齢者で、残りの23人は軽度認知障害をもたず他の側面からも健康な高齢者でした。参加者がソリティアをプレイし、そのデータから軽度認知障害を評価できるような結果が出れば仮説が正しかったことになります。

参加者がソリティアをプレイしたツールはタブレット端末です。参加者は合計2〜3時間かけて3回ゲームを行い、ゲーム中のデータは保存され統計分析に使用されました。
研究者らは複数の統計分析手法を用いて、果たしてソリティアで本当に軽度認知障害を評価することができるのか検証を行いました。

結果を以下に並べます。

デジタルバイオマーカー候補23項目のうち、12項目に関して、軽度認知障害の参加者と健康な参加者の間に差を発見することができました。
言い換えれば、残りの11項目に関してはデジタルバイオマーカーとして有効ではなかったということでもあります。しかし、少なくともソリティアにおける特定のプレイデータによって認知パフォーマンスの違いを検出できることが示されました。

軽度認知障害の影響を大きく受けた項目の例は以下のものでした。

  • 1ゲームにかかる時間
  • クリアしたかどうか
  • カードの移動回数(ソリティアでは、カードの移動回数が少ない方がスコアが高い)

対照的に、軽度認知障害の影響をあまり受けなかった項目の例は、以下のものでした。

  • カードの物理的な移動時間

研究者らは、今回の調査結果の結論として「トランプのソリティアで軽度認知障害を評価できる」としています。特に、「計画立って行動する」能力や、「先のことを考える」能力などを測定できる可能性があるとしています。
今後の課題として、軽度認知障害をより詳しく評価するため、他の認知機能を分析することが挙げられています。

まとめ

この記事では、トランプゲームの「ソリティア」を使用した、軽度認知障害の新しい評価方法に関する研究を紹介しました。

おそらくこの記事を読んだ方の中にも、トランプのソリティアを楽しんだことがある方は多くいるのではないでしょうか。
ゲームを行う時に頭を使うのは実感するところかと思いますが、まさか認知障害を評価するほどまで分析に役立つデータが手に入るとは驚きですね!

今後もデジタル技術や統計分析技術を活かした評価手法が発達し、軽度認知障害だけでなく、さまざまな病気の早期発見ができるようになるといいですね!

なお、ゲームと認知症に関する記事は他にも以下のようなタイトルがあります。ぜひご覧ください!

軽度認知障害のリハビリに有効な高齢者向けシリアスゲームとは?テトリスに〇〇を組み合わせる

高齢者の認知機能に重要な「作業記憶」を改善するARゲームが開発されている

リズムゲームのeスポーツで高齢者の認知能力は向上する

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コンピュータゲームが認知症に非常に有効かもしれない件について。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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