不眠症を自己管理するアプリ、開発中!高齢者の不眠症を薬ではなく認知行動療法で治すことは可能か?

不眠症を自己管理するアプリ、開発中!高齢者の不眠症を薬ではなく認知行動療法で治すことは可能か?

この記事では、「高齢者の不眠症を認知行動療法で治療するためのアプリ」についての研究を紹介します。

高齢者の不眠症を治すための認知行動療法とアプリ

高齢者の不眠症について

不眠症(および睡眠障害)は、高齢者のメンタルヘルスや生活の質、さらには認知機能や運動機能のパフォーマンスに悪影響を及ぼすと言われています。また不眠症は、認知症やうつ病の発症につながる恐れがあるとも考えられています。

高齢者の睡眠に関する問題は、公衆衛生上の懸念と言われるほどにまで発展しています。厚生労働省によると、日本人の60歳以上における3人に1人が睡眠問題で悩んでいます。 なお、日本人の全年齢における5人に1人が「睡眠によって十分に休めていない」または「何らかの睡眠上の懸念がある」とも報告しています。そして、不眠が原因で通院している方の20人に1人が睡眠薬を服用しているようです。

※参照:厚生労働省e-ヘルスネット「不眠症」より

また、日本だけでなく世界的に、高齢者における不眠症の有病率は高いことが知られています。いま、認知機能障害やうつ病などとの関連を含めて、不眠症を詳しく理解することが強く求められています。

薬物療法のデメリット

不眠症におけるメジャーな治療方法は薬物療法ですが、薬物療法には副作用として「転倒」「吐き気」「錯乱」「めまい」「頭痛」「日中の眠気」「虐待傾向の発生」「薬物依存」「記憶障害」などがあります。さらには、投薬を中止すると睡眠の質が悪い状態に戻ることがよくあることも分かっています。

不眠症は持続性かつ再発性をもつため、治療においては本人の状態を長期的に考慮する必要があります。そんな中、薬物療法に頼るのではなく「認知行動療法」を実施することが注目されています。

認知行動療法とは

認知行動療法とは、認知(ものの受け取り方や考え方)に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種です。専門的には、不眠症のために設計された認知行動療法があり、”CBT-I(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia)”と名付けられています。なお、以下の本文で「認知行動療法」と記載する際は、「不眠症のために設計された認知行動療法(CBT-I)」について言及しています。これまでに、認知行動療法は不眠症の治療において、臨床的に効果が確認されています。主に、以下の項目において改善ができると報告されています。

  • 入眠のしやすさ
  • 入眠後の覚醒(をしないようになる)
  • 睡眠時間
  • 睡眠効率

ただし、治療計画を正しく作り、計画通りに行わないと、認知行動療法の治療効果は低下してしまいます。そんな中、近年ではヘルスケアの分野においてモバイルアプリ(スマートフォンアプリ、タブレットアプリ)の活用が進んでおり、治療計画を実行するための自己管理アプリが効果的だと考えられてきています。なお、ヘルスケアの分野におけるモバイル端末の関連技術はmHealthテクノロジーと呼ばれています。

※mHealthに関する研究は他にも次のタイトルで取り上げたことがあります。ぜひご覧ください!▶︎高齢者の嚥下障害とは?基本から最新の研究事例「”舌圧”強化アプリ」まで紹介

高齢者の睡眠改善にモバイルアプリは有効なのか

治療計画の遵守が重要である認知行動療法に対しては、上記の理由から、モバイルアプリが効果的だと期待できます。また、モバイルアプリを活用したサービスでは専門家の手間が最小限に抑えられるため、コスト面でのメリットもあります。さらに、最近は高齢者の中に、モバイル端末を使用することに慣れている方や、高い関心を持つ方が増えてきています。ただし、モバイルアプリの使いやすさおよびサービスの設計が甘いと、高齢者のモチベーションを損ねてしまうことに注意しなくてはいけません。

これまで、不眠症の認知行動療法におけるモバイルアプリ活用に関しては複数の研究が行われてきました。その多くでは、実現可能性について論じられてきました。しかし、モバイルアプリを実際に使い始める段階で高齢者が感じるハードルを調べ、いかに下げるかを研究した事例はありません。

高齢者の不眠症を認知行動療法で治療するためのアプリ、開発中

韓国の研究者グループは、高齢者自身が認知行動療法を自己管理することで、不眠症の治療効果がどのように上がるのかを調べる研究を行いました。その中で、新たにアプリ(認知行動療法を自己管理するためのアプリ)を開発し、1週間にわたって高齢者らが実際にアプリを使用する実験を行いました。

参照する科学論文の情報
著者:Kyungmi Chung, Seoyoung Kim, Eun Lee, Jin Young Park
機関(国):Yonsei University Health System, Eulji University(韓国)
タイトル:Mobile App Use for Insomnia Self-Management in Urban Community-Dwelling Older Korean Adults: Retrospective Intervention Study
URL:10.2196/17755

なお研究者らは研究の開始時に、「アプリを使用することで、(主観的な)睡眠の質が改善されるだろう」という仮説を立てていました。

アプリの特徴

研究者らが開発したアプリは「MIND MORE」と名付けられました。※開発当初はApp StoreとGoogle Playストアにて公開されていましたが、現在は非公開のようです。

MIND MOREは、睡眠教育に重点をおいた以下4つの目的で制作されました。
(1)睡眠衛生教育を行う(2)睡眠のコントロールを行う(3)刺激のコントロールを行う(4)認知療法を行う

※睡眠衛生とは、睡眠に関連する問題を解消し、睡眠の質や量を向上させることを目的とした入眠方法や睡眠環境を整える方法のことです。なお厚生労働省により、睡眠衛生に関連して、睡眠12ヶ条という指針も公開されています(参考:健康づくりのための睡眠指針)。

睡眠に関する教育

下図は、アプリの画面です。メニューが3つある中から「治療を始める」というメニューを選択した際に遷移した後の画面が示されています。「治療を始める」セクションでは、不眠症を学習するために、様々な知識・解説が展開されます。学習内容としては、「不眠症が続いてしまうメカニズム」「睡眠の質を上げるために行うべき習慣、やめるべき習慣」などが例となります。
なお知識・解説は、研究者らが所属する大学の保健システムで実施されている認知行動療法プログラムに基づいています。

※なお、以下、論文から引用する画像に関して、画像中の韓国語翻訳(画像編集)は細部の正確性を考慮して行なっておりません。おおまかな意味合いはキャプションと本文を参照していただけると幸いです。

アプリ画面1
画像1枚目(左):アプリのトップ画面。「治療を始める」「不眠症を正しく知る」「睡眠の心配事」のメニューが並ぶ。
画像2枚目(真ん中):「治療を始める」メニューを選ぶと遷移するページ。「スタート」ボタンがある。
画像3枚目(右):「スタート」を押すと遷移するページ。目次が並ぶ。

クイズで知識の評価

さらに、睡眠に関する知識を確認するためのクイズにチャレンジし、習熟度を評価することができます(下図)。試される知識は、あらかじめアプリ内で教育された内容から抜粋されます。

アプリ画面2
画像1枚目(一番左):「治療を始める」にて学習を行なったら、学習テーマごとにクイズに取り組める。
「不眠症を正しく知る」メニューを選ぶと実行できる機能でもある。
画像2〜5枚目(左から二番目〜一番右):クイズに答えていき、間違えると注意が出る(3枚目)。また、正解すると褒めてもらえる(5枚目)。

睡眠日記などで睡眠を評価

また、自らの睡眠を評価するためのツールとして「睡眠日記」が備えられています(下図)。アプリのユーザーは睡眠日記を使って、睡眠の習慣やパターンをモニタリングし、前向きに役立てることができます。認知行動療法の戦略は、効果的に変化させていくことが重要であるため、戦略を考える根拠となるデータの記録は重要なのです。

アプリ画面3
「治療を始める」メニューの中から「睡眠日記」を選択すると遷移するページ。
昼寝した時間帯や飲酒した時間帯、ベッドに入った時間帯、途中で目が覚めたかどうか、起床時間、睡眠の質などを記録する。

また、睡眠日記と同様に、自らの状態を記録するための媒体として「思考記録ワークシート」「心配ワークシート」も備えられています。睡眠日記だけでは漏れが発生する恐れのある睡眠情報に関して、2つの媒体を通してデータを埋めることができます。

アプリ画面4
「睡眠の心配事」メニューを選ぶと遷移するページ。
「思考記録シート」(画像2〜3枚目(左から二番目〜三番目))および「心配ワークシート」(画像4枚目(一番右))を埋める。

最後に、追加機能として、学習の進捗を管理する機能、アプリ内の情報ページをクリップする機能が提供されました。

アプリ画面5
アプリの追加機能について。
画像1枚目(左):学習進捗管理
画像2枚目(真ん中):クリッピング機能
画像3枚目(右):クリッピングリスト表示機能

高齢者らが実際にアプリを使用する実験と結果

実験の概要

研究者らはまず41人の高齢者(平均75.75歳)を集め、1日かけてアプリの使用方法についての講習会およびアプリ体験会を開き、アプリの使いやすさについてアンケート調査を行いました。その後、41人のうち9人の高齢者(平均71.56歳)が、1週間にわたってアプリを使用しました。1週間アプリを使用し続けた高齢者らに対しては、睡眠の質がどう変化したのかについて評価が行われました。

結果

アンケート調査結果より、抑うつ症状や記憶障害などに関する項目を確認したところ、以前から報告されているように睡眠の質と抑うつ症状や記憶障害は密接に関連していることが分かりました。

また、アプリを1週間使用したグループから得られた結果の中で最も重要なものの一つは、アプリによって高齢者らの主観的な睡眠の質が大幅に改善されたことでした。
なお、睡眠の質を改善するのに役立ったのは、アプリの睡眠日記を通して行なった睡眠のコントロールと刺激のコントロールだったと報告されています。睡眠のコントロールとは、例えば昼寝をするかどうかなどを自ら管理することです。刺激のコントロールとは、例えばコーヒーを飲む時間帯に気を付けることなどです。

ただし、高齢者らは日常生活でモバイルアプリを使用するのが難しいとも感じているようでした。そのため研究者らは、アプリの使い方を学ぶ機会がさらに頻繁に提供される必要があると考えました。以前から、アプリの使いやすさには、使用方法の学びやすさが大きく影響するとも言われています。

また、アプリを使わなくなるユーザーも少なくありませんでした。アプリの使用方法についての講習会に参加した高齢者らは、少なくとも2週間後もアプリを使用し続けていましたが、8週間後にも使用し続けていたのは全体の6%でした。アプリの使用をやめる理由としては、インタラクティブ性が低いことが挙げられます。一方で教育コンテンツのクオリティが高いため、ユーザーは学習をやり切る時点まではアプリを使用し続けるのではないかと推測されています。

結論

研究者らは今回の研究を通して、睡眠の認知行動療法を自己管理するツールとしてのモバイルアプリが、実際に高齢者らの睡眠の質を改善する可能性があることを結論づけました。ただし、将来的に臨床で応用する場合には、プラシーボ効果などによる影響も考慮したいと考えています。

まとめ

この記事では、「高齢者の不眠症を認知行動療法で治療するためのアプリ」についての研究を紹介しました。

睡眠に関する悩みを抱える人口の多さを考えると、睡眠における問題の原因解明や対策方法の確立などは重要かつ急ぐべきことなのかもしれません。特に歳を重ねるほどに問題を抱える割合が多くなるとのことなので、加齢に伴ってリスクが高くなる他の病気との兼ね合いなども考慮し、ケアできるところから手掛けていきたいですね。

なお、睡眠関連のモバイルアプリは国内でも幾つかリリースされており、スリープコンシェルジュ熟睡アラーム睡眠日誌(今回、研究紹介で登場したアプリと類似しているものです!)などが事例として挙げられます。いずれも高齢者に特化しているわけではないようですが、年齢によらず使いやすいものもあるかもしれません。気になる方はチェックしてみてください。

また、AIケアラボでは以下のタイトルでも睡眠関連の研究事例を取り上げています。本記事と合わせて、ぜひご覧ください!

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臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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