長期的にVR療法を行なった認知症高齢者の集団に起きた「とある現象」とは?VRによる回想法を6ヶ月間試した結果

長期的にVR療法を行なった認知症高齢者の集団に起きた「とある現象」とは?VRによる回想法を6ヶ月間試した結果

最終更新日 2022.11.24

この記事では、認知症患者の高齢者におけるVR長期利用体験の影響についての研究をご紹介します。

台湾の研究グループは、回想法を行う没入型VRを最大6ヶ月間使用することで、高齢者にどのような効果がどれほど続くのかを検証しました。その結果、とある現象が確認できました。

この記事で参照する科学論文の情報
著者:Ling-Chun Huang, Yuan-Han Yang
機関(国):Kaohsiung Medical University(台湾)
タイトル:The Long-term Effects of Immersive Virtual Reality Reminiscence in People With Dementia: Longitudinal Observational Study
URL:doi:10.2196/36720

以下では「没入型VR」「回想法」について紹介し、行われた実験の内容と結果を解説します。

没入型VRとは

仮想空間を体験することをVRといい、教育や医療、娯楽などを目的として様々なツールやコンテンツが開発されています。VRの中でもヘッドセットを使用して完全に仮想空間に入り込むVR体験を没入型VRと呼びます。最近の研究では、没入型VRによって認知症の方が安全に楽しい体験を得られることが示唆されています。

国内企業でヘッドセット(ヘッドマウントディスプレイ)を活用して高齢者向けの没入型VRをサービス提供している事例もあります。
例えばsilvereyeは、東京医療保健大学と共同でスマホと連動するVRリハビリテーションツールキット「RehaVR」を開発し、2019年に発表しています。RehaVRは2022年8月現在も販売中で、以下の動画で体験を紹介しています。

動画内でも紹介されているように、RehaVRはペダルを漕ぎながら観光名所の散歩を疑似体験できるシステムになっています。VRに没入しながら運動を行う仕組みにより、高齢者のリハビリに対する意欲を高める効果を狙っています。

上記の事例のように、没入型VRは高齢者の身体的な活動を促進する上でも役立つ場合があります。
なお、以下の記事でもVRによる運動効果に着目した研究を紹介しています。

▶︎「園芸療法」とは?VRと組み合わせた「園芸療法VR」も登場
▶︎VRで遺跡探検!車椅子ユーザーの高齢者・障がい者の社会参加を促す
▶︎VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善

一方、今回紹介する研究事例では、心理療法の一つである「回想法」を効果的に行うVRが使用されています。

回想法とは

ノスタルジックなイラスト

回想法は、現在最もポピュラーな心理療法の一つです。回想法では、患者個人が懐かしく思う「写真」や「音楽」などの助けを借りて、本人が経験した過去の活動や見聞きした出来事などについて話すように導きます。回想法を体験すると精神的に安定するなどの効果が知られています。

回想法は、認知症における非薬理学的な治療法としても注目され始めています。高齢者の気分が向上すると、QOL(生活の質)や認知能力の改善にプラスの影響があるためです。ただし、これまでに報告されている回想法による認知症の治療効果はまだ限定的です。

台湾の研究者らは没入型VRを使用することで回想法の効果を増幅させられることに注目しました。没入型VRは体験に集中できる場合が多いと考えられるため、回想法の効率を上げることが期待できます。
以前行われた研究では、没入型VRでの回想法を短期間行なっただけでも高齢者の不安と無関心を軽減することが確認できています(※)。

※参照論文:Niki K, Yahara M, Inagaki M, Takahashi N, Watanabe A, Okuda T, et al. Immersive Virtual Reality Reminiscence Reduces Anxiety in the Oldest-Old Without Causing Serious Side Effects: A Single-Center, Pilot, and Randomized Crossover Study. Front Hum Neurosci 2020;14:598161

なおAIケアラボで以前、上記とは異なる短期間の没入型VR回想法の研究を記事にしています。
下記では、没入型VRおよびARの技術を両方用いて回想法を実施するアプリケーションが開発されており、認知症の治療法としての有効性もある程度は確認されています。

▶︎「過去の楽しい思い出」を回想させるVR 認知症の回復にも有効との研究結果

以上のように没入型VRによる回想法の実施は短期間においては検証が行われているものの、長期間での実験は行われていませんでした。VRは比較的新しい技術であり、長期間にわたり高齢者が体験することでどのような影響があるのかは重要な検証課題です。そのため台湾の研究者らは、3ヶ月間〜6ヶ月間にわたって没入型VRによる回想法を高齢者に体験してもらい影響を記録しました。

没入型VR回想法の長期実験

没入型VRによる回想法を長期間行う実験は台湾で行われました。実験の参加者には認知症患者のみ選ばれ、合計20人(9人が男性、11人が女性)で平均年齢は79歳でした。

実験に使用されたVR内で表示されるコンテンツは、1960〜1980年にかけて台湾で一般的に見られた伝統的な住居です。また参加者個人にとって大事な「過去の写真」「音楽」などが家族等によって提供され、VR内に配置されました。
下図のように、参加者はコントローラーを使ってVR内のラジオをオンにして音楽を再生したり、写真を見たりします。写真を見る際には解説の音声が流れます。また、古い村では伝統的に行われていた、ニワトリに餌をやる活動も楽しめます。

VRコンテンツを体験する様子
VRコンテンツを体験する様子

まず20人全員に対して3ヶ月間、週2回の頻度で実施されました。1回あたりのVR操作時間は10〜12分間です。その後、20人の参加者のうち7人にのみ継続して追加でさらに3ヶ月間の実験が行われました。没入型VR回想法を「3ヶ月間だけ実施したグループ」と「6ヶ月間実施したグループ」に分けて、以下の項目で比較されました。

  1. 認知能力の評価(CASIテスト)
  2. 認知機能障害の評価(MMSEテスト)
  3. 認知症重症度の評価(CDRテスト)
  4. 抑うつ症状の評価(CESDテスト)
  5. 介護負担の評価(ZBIテスト)

実験の結果、「抑うつ症状」はVR治療後3ヶ月目時点に大幅に改善されたことが分かりました。さらに「認知能力」に関しては、VR治療後3ヶ月目時点と比較して、その後の3ヶ月目〜6ヶ月目にかけてさらに大幅に改善が見られました。また、他の評価項目に関しては有意な変化は見られませんでした。

従来の(VRを用いない)回想法では認知症患者の抑うつ症状改善は確認されていなかったにも関わらず、今回VRを用いた回想法で抑うつ症状の改善が見られたのは大きな発見の一つでした。認知症患者はうつ病の発生率が高いため、症状を軽減できれば患者本人や周囲の家族は生活の質を向上できる可能性があります。

また認知能力に関しては3ヶ月目〜6ヶ月目にかけてさらに改善が見られていますが、このように長期間にわたって効果が持続することも新しい発見でした。

研究者らは、VRと回想法の組み合わせには大きなメリットがあり、今後もさらなる研究が行われるべきだと述べています。

今回の研究では被験者の数は十分に多いとは言えませんでした。そのため、今後はより大規模な人数による検証を行うことが必要とのことです。
また、回想法は個人の思い出に基づいて行うほど治療効果を上げられる可能性があるため、VRコンテンツをよりパーソナライズすることも今後の課題としています。

まとめ

この記事では、認知症患者の高齢者におけるVR長期利用の影響についての研究をご紹介しました。

冒頭で述べていた回想法を行う没入型VRを最大6ヶ月間使用することで起きたとある現象とは、高齢者における抑うつ症状の改善、認知能力の改善でした。
特に、通常の回想法では確認されていなかった認知症患者の抑うつ症状改善がVR回想法で認められたのは大きなポイントと思われます。

VRは機器を所有する家庭がまだ多くない中、本研究のように有意義な効果が多数確認されています。必要な方がVRのメリットを享受できるように、早く環境が整うとよいですね。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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