軽度認知障害のリハビリに有効な高齢者向けシリアスゲームとは?テトリスに〇〇を組み合わせる

軽度認知障害のリハビリに有効な高齢者向けシリアスゲームとは?テトリスに〇〇を組み合わせる

最終更新日 2022.11.24

この記事では、軽度認知障害のある高齢者のリハビリに有効なシリアスゲームの研究をご紹介します。

台湾とオーストラリアの大学による研究グループは、あらゆる指を使って操作するシリアスゲームを作りました。ゲームのデザインにおいては、テトリスに似たシステムに「ある工夫」を加えました。

この記事で参照する科学論文の情報
著者:Chien-Hsiang Chang, Chung-Hsing Yeh, Chien-Cheng Chang, Yang-Cheng Lin
機関(国):National Cheng Kung University(台湾)、Monash University(オーストラリア)、National United University(台湾)
タイトル:Interactive Somatosensory Games in Rehabilitation Training for Older Adults With Mild Cognitive Impairment: Usability Study
URL:10.2196/38465

以下では、「指の運動と認知機能の関係」「シリアスゲームとは何か」についての基本を紹介します。また、研究者らがどのようなゲームを作り、実際に高齢者らがプレイした結果どのような知見が得られたかを解説します。

指の運動と認知機能の関係

認知症を患う高齢者のリハビリにおいては、指の運動が効果的だと考えられています。指を動かすことは認知機能を活性化させるだけでなく、不安の改善や、血行の改善、それによる睡眠の質の改善をもたらすことが期待されています。

最近の研究では、指と脳の関係が詳しく調べられています。それぞれの指は以下のように異なる機能を司る脳の領域と繋がっています。

  • 親指:コミュニケーション、リーダシップなどに関係する機能(モチベーション機能)
  • 人差し指:論理、計算などに関係する機能(概念的機能)
  • 中指:皮膚感覚や内臓感覚などに関係する機能(体性感覚機能)
  • 薬指:リズムや感情のコントロールに関係する機能(聴覚機能)
  • 小指:観察や理解などに関係する機能(視覚機能)
指の運動と認知機能の関係

それぞれの指を動かす(=刺激する)ことで脳の各領域が活性化し、認知機能に良い影響が及びます。指の運動は認知症の予防に有効だと考えられています(※)。
上記のような背景から台湾などの大学研究グループは、あらゆる指を使って操作するシリアスゲームを開発することにしました。

※参照論文:Hasegawa Y. Stimulating the Thumbs to Make the Brain Younger. Taipei, Taiwan: Yuan-Liou Publishing Co; 2017.

シリアスゲームとは何か

シリアスゲーム(Serious game)とは、コンピューターゲームの中でも、純粋な娯楽ではなく社会課題の解決を目的として作られているものを指します。昨今、コンピューターゲームの成熟に伴って世界的にシリアスゲームへの注目度が高まりつつあります。
シリアスゲームは、例えば教育や医療などの分野において開発が進められています。教育目的でのシリアスゲームは、状況に応じた判断を学習するためのシミュレーションゲームがよく作られています。また医療目的でのシリアスゲームは、患者の認知的・身体的機能の回復を促進するために、ある法則に従って作業を行うゲームなどがよく作られています。
日本ではまだシリアスゲームそのものの知名度は低く、制作会社も多くはありませんが、海外ではシリアスゲームの開発が非常に進んでいる国もあります。

今回紹介する研究を行った研究者らは、従来から行われているアナログゲームのリハビリ方法よりも、コンピューターゲームのシリアスゲームによるリハビリ方法が優れている可能性があると考えました。コンピューターゲームによるシリアスゲームはデザインやシステムを工夫しやすく、結果として高齢者が意欲的にリハビリに臨むことができると想定されるためです。
なお、従来から行われているアナログのリハビリゲームには「カード認識トレーニング」と呼ばれるトレーニング方法などがあります。カード認識トレーニングはトランプカードを裏返しで並べて、めくった2枚のカードが同じであればさらに次のカードをめくるチャンスを得るというルールで行うもので、一般的には神経衰弱という名称で親しまれている遊びと同じです。

カード認識トレーニング

なおAIケアラボでは高齢者のリハビリとゲームのテーマで、他にも以下のような記事を公開しています。ぜひチェックしてみてください。

▶︎リズムゲームのeスポーツで高齢者の認知能力は向上する
▶︎VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善
▶︎高齢者におすすめのゲーム(アナログ・デジタル)と最新テクノロジーの活用

ノスタルジアセラピー

研究者らは指を動かして操作するシリアスゲームを作る上で、さらに認知症の治療効果を高めるための工夫を考えました。そこで研究者らは、ノスタルジアセラピー(Nostalgia therapy、郷愁療法)の有効性に着目しました。

ノスタルジアセラピーとは、高齢者個人にとって特別な意味を持つ「人」「出来事」「物事」を思い出させ、高齢者が自ら経験を語るように導く治療法です。ノスタルジアセラピーにより、高齢者は自分の人生に意味や価値があったと気づき、精神状態が改善し、認知症が予防および軽減されると考えられています。
過去の研究では、特に軽度認知障害の高齢者に対してノスタルジアセラピーが効果的だと示す実験結果が報告されています(※)。
また、台湾の国立成功大学病院 ・老年医学センターでは、通路にノスタルジックな展示物を飾ることで、高齢者の認知症症状を緩和できたと報告しています(下図)。

上記のような背景から研究グループは、認知症の予防効果が高いシリアスゲームを作るために、ノスタルジックな風景や絵などをゲーム内に配置することにしました。

※参照論文:Melendez JC, Torres M, Redondo R, Mayordomo T, Sales A. Effectiveness of follow-up reminiscence therapy on autobiographical memory in pathological ageing. Int J Psychol 2017 Aug 17;52(4):283-290.

なお、軽度認知障害については他にも以下の記事が出ています!

▶︎認知症を早期発見するメリットとは。AIによって軽度認知障害を検出する技術の開発も進行中
▶︎VRゲームで軽度認知障害(MCI)が改善!認知テストや脳波、身体テストで効果を確認

ノスタルジック+テトリス

実際に研究グループがゲームに配置したノスタルジックな画像は、1960年代の伝統的な台湾の食料品店と、1960年代の台湾の映画ポスターです。1960年代の伝統的な台湾の食料品店の画像はゲームのステージプレイ中に表示され、1960年代の台湾の映画ポスターはゲームにクリアした時の報酬として表示されました。

1960年代の伝統的な台湾の食料品店
1960年代の台湾の映画ポスター

作られたゲームはテトリスに似たものでした。下図(B)〜(C)のように、さまざまな形のブロックが上から降ってきてプレイヤーは手を動かしてブロックの左右位置を調節します。水平方向の列がブロックで埋まるとブロックの列が消え、スコアが加算されます。積み上げられたブロックが画面の一番上まで到達するとゲームが終了します。

ゲームの流れ
ゲーム画面の詳細

下図は手を使ったゲームの操作方法を示しています。落下してくるブロックの数はジェスチャで指定することができます(図中(B))。落下してくるブロックの左右位置を調節するには手を左右に振ります(図中(C))。

実験の結果

研究者らは上記のゲームを15名の高齢者(男性7名、女性8名、平均年齢78.4歳)にプレイしてもらい、インタビューを行いました。参加者は上述したアナログのゲーム(カード認識トレーニング)と今回開発されたコンピューターゲームを両方プレイし、10項目の質問に対して5段階の評価を行いました。

その結果、以下のことが分かりました。

  1. カード認識トレーニングは10項目中2項目が合格ラインに達した。
  2. コンピューターゲームは10項目中8項目が合格ラインに達し、その内5項目は特に良好なレベルに達していた。
  3. 過去にカード認識トレーニングを用いたリハビリを行った経験があるかどうかは、各リハビリ方法に対する意欲に関係しなかった。
  4. 女性は男性に比べてコンピューターゲームに対する意欲が高かった。
  5. コンピューターゲームはカード認識トレーニングと比較して「使いやすさ」、「機能性」、「習得のしやすさ」、「システムの簡易さ」の点で優れていると示唆された。
  6. 特にリハビリ経験のない高齢者にとってコンピューターゲームのほうが行いやすいと示唆された。

以上の結果から研究者らは、今回開発された「手で操作する、ノスタルジアセラピーを組み合わせたシリアスゲーム」は高齢者にとってポジティブなものであると結論づけました。高齢者がストレスなく意欲的にリハビリを行うための助けになるだろうとコメントしています。

今後はこの研究のメソッドをもとにして、さまざまな認知トレーニングシステムを開発できると提言しています。
また、今後はより個人にとって思い出深い風景などをゲームに組み込むことで、ノスタルジアセラピーの効果を強化すべきだと考えています。

まとめ

この記事では、軽度認知障害のある高齢者のリハビリに有効なシリアスゲームの研究をご紹介しました。

冒頭で述べた、研究グループによる「ある工夫」とは、ゲームデザインにノスタルジックな要素を追加することでした。
調査の中ではノスタルジアセラピーの効果が詳細に調べられてはいませんが、作られたゲームに対する高齢者の回答結果は非常にポジティブなものでした。
今回はアナログのトレーニング方法と比較して「リハビリへの意欲」の面で詳しい調査が行われましたが、今後は認知症予防効果に関する調査も期待されます。

開発された基本のゲームシステムはテトリスに似たものですが、研究者らによると工夫を重ねることで認知症予防効果を高めています。このように、既存の優れたものを改良することで成果を得るのはテクノロジー発展の強力な手段ですね。

また、AIケアラボでは以下の記事でも高齢者が過去を思い出すリハビリ手法を紹介しています。ぜひご覧ください!

▶︎「過去の楽しい思い出」を回想させるVR 認知症の回復にも有効との研究結果

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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