介護分野でAI(人工知能)はどう使われていくか?300近い文献から得られた結論

介護分野でAI(人工知能)はどう使われていくか?300近い文献から得られた結論

最終更新日 2022.11.24

この記事では、介護においてAI(人工知能)はどのように使われていくのか将来の展望を予測する研究者の考察を紹介します。

ドイツの研究者らが300近い文献をもとに調査を行ったところ、介護でのAI活用では次の段階に何が必要か浮き彫りになりました。

この記事で参照する科学論文の情報
著者:Kathrin Seibert, Dominik Domhoff, Dominik Bruch, Matthias Schulte-Althoff, Daniel Fürstenau, Felix Biessmann, Karin Wolf-Ostermann
機関(国):University of Bremen, Freie Universität Berlin, Copenhagen Business School, Charité – Universitätsmedizin Berlin, Beuth University of Applied Sciences(ドイツ)
タイトル:Application Scenarios for Artificial Intelligence in Nursing Care: Rapid Review
URL:doi:10.2196/26522

今、「介護でのAI活用において知りたいこと」とは

介護現場において、特に看護師は文書作成に労働時間を割いている場合が多いとされています。そのため、例えば理想的にはAIが文書作成の仕事を代替することで、看護師の労働タスクをより有意義なものにし、またコストを削減することが期待されます。

実際には、どのような高齢者介護・看護タスクにおいてAI活用の実現可能性が高いのでしょうか。この疑問に対して回答を得るためには、現実的なAI活用についての信頼性の高い包括的な考察が必要です。そこでドイツの研究者らは、世に公開されている文献を広く調査することにしました。

研究者らは上記の疑問を含めた以下4つの項目を主な「知りたいこと」として調査の目的にしました。

  1. 介護において、どのようなシナリオでAI活用が見込まれているか。
  2. 介護でのAI活用において、どのような種類のAIが研究されているか。
  3. 介護におけるAI活用の条件やハードルは何か。
  4. 倫理的あるいは法的・社会的な側面からは、どのような議論が国際的に行われているか。

調査対象となった文献の条件

研究者らが調査対象とした文献は、以下のテーマでのAI活用を研究している文献でした。

  1. 介護における作業や意思決定のサポート
  2. 介護プロセスの組織化(組織内での情報共有)
  3. 看護師の教育におけるサポート
  4. 要介護者または日常生活に支援を必要とする人々のサポート

想定されるシチュエーションとしては、通所介護および居住者介護、病院内での介護(リハビリを含む)、また看護教育が含まれます。

逆に、調査対象から外す文献は、基礎的すぎる研究や、現実的な介護・看護の課題を想定していない研究、いわゆる「研究のための研究」でした。

調査対象の候補となった文献は最初の段階で7,016件ありましたが、タイトルや要約から絞り込んだところ調査対象は704件になりました。さらに内容を確認して絞り込んだところ、最終的に292件の文献が調査対象として残りました。

文献の分類結果

調査対象となった文献(合計292件)は次のような分類上の特徴を持っていました。

発表年:2016年から2020年6月までの間に発表されたものが過半数である155件でした(本研究自体の公開は2021年11月)。

著者の所属国:最も多いのは米国で72件、次に日本で45件、その後に中国 (16件)、台湾 (15件)、英国 (15件)と続きました。

研究の属性:2243件は基礎的(あるいは実験的)な研究であり、34件は実世界での研究で、残りはその他のカテゴリーでした。

AIが支援する対象とされた人々の立場:135件が被介護者、115件が看護師、28件がボランティアの介護者、残りがその他の人々でした。

研究環境:病院が最も多く70件、次に自宅が続き64件でした。介護施設(21件)、通所介護(11件)などはあまり多くありませんでした。

AIが支援する範囲:直接的な介護のサポートが125件で最も多く、介護団体の支援が42件、被介護者の支援が33件と続きました。

現実のAI活用におけるハードル

調査対象となった文献292件のうち、34件が実世界の環境で研究が行われたものでした。それをもとに、介護分野で現実的にAIを活用する上での障壁が調べられました。要件的なハードルと倫理的・法的なハードルに分けて下記に挙げます。

要件的なハードル

  • データ保護規則(外部へのデータ漏洩防止やプライバシー保護に向けたデータの取り扱いルール)に準拠する。
  • ユーザー(高齢者、看護師、介護者のいずれか)が好む使いやすさにする。
  • どんなケア環境でも実装できるようにする。
  • AIの精度を上げるためにデータを意欲的に入力する。
  • 開発時において介護者、被介護者、ユーザーの協力を得る。

倫理的・法的なハードル

  • 被介護者や看護師の同意を得る。
  • データのプライバシーや安全を守る。
  • 作業プロセスなどへの影響を考慮する。
    • コミュニケーションが欠如することへの対処
    • 看護師の仕事が奪われる恐怖への対応
  • AIが偏見や差別などを行わないようにする。

調査結果から考えられる今後の課題

現段階で介護分野でのAI活用は、直接的な介護のサポートが多く研究されています。より具体的なタスクとしては高齢者の健康データ取得やモニタリング、データ分類、コミュニケーション補助、仕事のスケジューリング、転倒検出、褥瘡予測などが挙げられます。
ただし、実際の介護環境でAIを使用した研究はあまり多くはないため、実験室の環境を超えて検証を進めるのが今後の課題だと考えられます。

また、研究環境として病院が多くなっているのは、利用できるデータが多く存在する現場だからだと考えられます。例えば電子健康記録データなどが代表的なものです。看護師は、病棟や介護施設において、デジタル技術の導入が遅れていると感じている人が多いそうです。AIに関しても、医療診断や治療をサポートするためのAIに比較して、介護をサポートするAIは臨床段階まで開発が進んでいるものが多くはありません。
ただし、現時点でAIが実際に活用されている介護現場があったとしても、そのような現場に関する調査があまり存在しません。今後はAI活用を既に行なっている介護現場に関心を向けて、実際の作業プロセスなどを調査することが期待されます。

また、前述したAI活用のハードルに関して、ハードルを越えるための努力がまだ十分ではないと研究者は述べています。

概して、今後はAIを実際の介護環境で使用することをより現実的に考えて、現場環境を想定した研究や開発がより多く行われるべきだと結論づけられています。特に、AIを活用するにあたっての看護師や被介護者、介護者などの役割が明らかになるべきだと研究者らはコメントしています。

まとめ

この記事では、介護においてAI(人工知能)はどのように使われていくのか将来の展望を予測する研究者の考察を紹介しました。

AIケアラボでも介護関連のAI活用研究は幾つか取り上げてきましたが、今回紹介した研究はより大規模な調査を行なっており、調査から得られた考察等は非常に有意義なものになっています。

介護でのAI活用は平たく表現するならば「まだまだこれから」と言う段階にあるようです。現実的な活用を見据えて、より現場に踏み込んだ研究がさらに必要だということです。

なお、今回紹介した研究では「看護師」「被介護者」「家族などの介護者」の3者を軸にした調査になっています。介護施設で働く介護職を主要な要素とした調査研究も別途見ていきたいと思います。

介護×AIについては他にも以下のような記事を出しているので、ご覧ください!

▶︎高齢者の認知機能を助けるAI物体認識アプリが開発中
▶︎AIによって軽度認知障害を検出する技術の開発が進行中
▶︎AIと暗号化によりプライバシーを保護しながら転倒を防ぐ技術が開発中
▶︎転倒リスク評価法TUG(タイムアップアンドゴー)テストがAIで進化する
▶︎AIとセンサーで認知症高齢者の行動・心理症状を検出。韓国の研究グループが開発

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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