VRで有酸素運動トレーニング、高齢者にさまざまな好影響をおよぼすことが判明

VRで有酸素運動トレーニング、高齢者にさまざまな好影響をおよぼすことが判明

この記事では、高齢者を対象としたVR(仮想現実)有酸素運動トレーニングの有効性を調べた研究を紹介します。

高齢者の体力とテクノロジー

テクノロジーで加速して走る高齢者のイメージ

有酸素性持久力とは

世界的に平均寿命が長くなってきていますが、高齢人口の増加に伴って高齢者の健康維持への関心が高まっています。年齢を重ねると身体機能が衰える現象が起こるので、健康を維持するためには何らかの対策をしていく必要があります。身体にとって重要な機能の一つは、例えば有酸素性持久力です。

有酸素性持久力とは、長時間の有酸素運動に耐えられる体力のことを指します。有酸素性持久力があると、疲れにくい生活を送ることができ、さらに生活習慣病リスクを抑えることができます。そのため、有酸素トレーニングを日常的に行うなど、ライフスタイルを工夫して、有酸素性持久力の維持および向上をしていくことは重要だと考えられています。

なお、一般的な有酸素トレーニングとしては、ウォーキングやジョギング、エアロビクス、サイクリング、水泳などが挙げられます。
有酸素トレーニングによる効果は、持久力を向上させる他に以下などもあります。

  • 心臓を強くする
  • 血管を強くする
  • 肺を強くする
  • BMIを抑える

VRヘルスケアソリューションの可能性

ヘルスケアにおける技術の進歩は凄まじく、さまざまな新しい成果が報告されています。また、革新的テクノロジーを使用したヘルスケアが注目を集めることが増えてきました。例えばVRを応用したヘルスケアソリューションは、高齢者の身体的健康、社会的健康だけでなく心理的健康も改善すると報告されています。これまでに以下のような結果が出ています。

  1. パーキンソン病の高齢者がVRのエクサゲームを行ったところ、運動能力の改善が見られた。
  2. フレイル(虚弱)の認知症高齢者がVRエクサゲームを行ったところ、フレイルのレベルが低下した。

※なお、VRを応用したヘルスケアソリューションの研究事例は他にもあり、以下のタイトルで紹介しています。
高齢者の「めまい」を治療する「前庭リハビリ(平衡訓練)」とは?前庭リハビリVRが有効との調査結果
長期的にVR療法を行なった認知症高齢者の集団に起きた「とある現象」とは?VRによる回想法を6ヶ月間試した結果
「園芸療法」とは?VRと組み合わせた「園芸療法VR」も登場

高齢者がVRで行う有酸素運動に効果あり

VRデバイスを使いながら有酸素運動する高齢者のイメージ

前項で説明したように、高齢者における有酸素性持久力の維持・向上は重要です。では、有酸素トレーニングにVRを応用することは可能なのでしょうか?研究事例は多くはないものの、いくつかの報告が出ています。

コロンビアの研究者らは、健康な高齢者を対象とした有酸素トレーニングVRの研究事例を体系的に分析し、現時点(論文投稿日は2022/5/25)での可能性を整理する研究を行いました。この研究によって得られる知見は、高齢者を対象とした理学療法を「伝統的なもの」から「新しい質の高いもの」へ進化させることに役立てられることが期待されます。

参照する科学論文の情報
著者:Daniela Ramírez Restrepo, Julialba Castellanos Ruiz, Lina María Montealegre Mesa, Carolina Márquez Narváez, Santiago Murillo Rendón
機関(国):Universidad Autónoma de Manizales
タイトル:Effects of virtual reality-based aerobic endurance training on the functional fitness of healthy older adults: A systematic review
URL:doi.org/10.1101/2022.05.24.22275497

調査方法 大規模な文献検索と絞り込み

まず研究者らは、さまざまな文献データベースを利用して、健康な高齢者向けの有酸素トレーニングVRの研究事例を検索しました。主な検索キーワードは以下のものでした。

主な検索キーワード

高齢者、仮想現実、有酸素運動、体力、仮想現実暴露療法(※)、有酸素トレーニング

※暴露療法とは・・・行動療法の一種。恐怖を感じる場面や苦手な場面に自分を慣らしていくことで状態を改善する方法。

なお、検索対象とした研究の発表年期間は2001年から2021年でした。

最初の大まかなリサーチで241件の論文が調査対象候補として選ばれた後、さらに内容をもとに厳選され、最終的には3件の論文が詳細にレビューされることになりました。

調査結果 持久力以外も改善が見られる

最終的なレビュー対象となった論文は、2件が没入型VR、残り1件がAR(拡張現実)を使用した研究の報告でした(ARは広義のVR技術に含まれると解釈されているようです)。

なお、没入型VRおよびARの説明はそれぞれ以下で行なっております。

没入型VRとは
ARとは

没入型VRを使用した研究に関して

まず、没入型VRを使用した高齢者の有酸素トレーニングとは、以下のようなものです。VR上でさまざまな体験をしながら、現実でも体を動かします。

  • スポーツ(サッカーなど)を行う
  • 登山をする
  • ストレッチを行う

上記によって、高齢者における以下の項目が改善されるという結果が出ています。

  1. 有酸素持久力
  2. 上肢(指から肩にかけて)筋力の強度
  3. 下肢(股関節から足にかけて)筋力の強度
  4. 敏捷性(すみやかに反応したり、身体の位置変換や方向転換をすばやく行なったりする能力)
  5. 動的バランス(外部環境に応じて身体の平衡を維持する運動能力)

なお、有酸素持久力の向上は、歩行速度や椅子からの立ち上がりおよび着座テストのパフォーマンスをもとに測定されたようです。

ARを使用した研究に関して

またARを使用した高齢者の有酸素トレーニングとは、以下のようなものです。体を動かしながらAR体験を行います。

  • エアロビクスエクササイズを行う
  • スクワットなどの筋トレ
  • 前後左右に歩くバランス運動

上記によって、高齢者における以下の項目が改善されるという結果が出ています。

  1. 有酸素持久力
  2. 下肢筋力の強度
  3. 敏捷性
  4. 動的バランス

なお、有酸素持久力の向上は、歩行テストのパフォーマンスをもとに測定されたようです。

考察と結論 将来は臨床での応用を期待

上記の結果から、VR(没入型VRおよびAR)による有酸素トレーニングは健康な高齢者の身体状態に良い影響を及ぼすことがわかりました。良い影響とは、有酸素持久力はもとより様々な項目(筋力強度、敏捷性、動的バランス)の改善を意味しています。有酸素持久力以外の改善された項目に関しては、過去の研究結果と一致していることが分かっています。

VRによる有酸素トレーニングが効果的である理由は、運動に対するモチベーションや喜び、楽しさなど心理的な側面にあると考えられています。つまり、VRによって運動に対する前向きさが高められた結果、従来のトレーニングよりも高齢者の身体機能を大幅に改善される結果となるということです。

研究者らは今回の調査結果などから、いずれは臨床現場においてVR活用リハビリが(現在よりもさらに)行われていくと予想しています。また高齢者がVRを使用することの副次的な効果として、「高齢者はテクノロジーを使うのが苦手だろう」という固定観念を破ることが挙げられるとしています。社会全体のライフスタイルが変わり、世代間の関係を強め、高齢者の幸福や生活の質を改善するためには、高齢者がテクノロジーを扱うことが苦手だという固定観念を破ることは不可欠だと研究者らは考えています。

論文の結論では「今後は、有酸素トレーニングVRに関する実験的な研究を増やすことでさらに知見を積み重ね、バイアス(偏見)を取り除くことが重要だ」とコメントされています。

まとめ

本記事に関して

この記事では、高齢者を対象としたVR(仮想現実)有酸素運動トレーニングの有効性を調べた研究を紹介しました。

介護分野でのVR応用に関しては、これまでも多くの研究事例を取り上げてきました。しかし、身体能力として重要な有酸素持久力に注目して特化型の調査を行なった研究は初めてだったようです。

分野を特定のテーマに絞り込んでも文献分析ができるほど、介護テクノロジーの研究成果が増えてきたということですね。今回の調査結果も期待が高まるものでした。今後さらに、さまざまなテーマで実験と検証、そして開発と普及が進むといいですね!

論文記事シリーズに関して

積み上がった巨大な本の上でゆったり思考をめぐらす人のイメージ

論文記事シリーズはこちらで一旦お休みになります。今回の時点で90件近くの研究を取り上げ、研究内容はもとより、取り巻く環境なども合わせてお伝えしてきました。他のどんなメディアでも体験できない「知らなかった!」をお届けできたかと思います。SNSなどで話題に取り上げていただき、ありがとうございます!

介護分野における科学技術は日夜研究されており、研究成果はどんどんと社会実装されています。テレビなどで目にするニュースでは、社会実装が既にかなりの段階まで進んだものを知る機会もあるかと思います。
普及している新しいサービスや新しい製品は分かりやすい一方で、介護分野の将来がさらに明るい光で満ちていることは、発展途上のテーマに関する研究の世界を覗くことで感じられるものとなっています。

昨今ますます輝くベンチャー企業群が活用する科学技術も、少し前の時点では研究段階にあったものです。業界の注目論文を取り上げてわかりやすくお伝えする本シリーズは、少しだけ先の未来にスポットライトを当てて、介護分野の深い話を端的に把握できるものになっています。未来に希望が持てると同時に、世の中のニーズや、新しいサービス・製品のシーズ(種)を理解する助けになっているのではないでしょうか。

今後も、介護分野のさまざまな立場の方々における潜在的なニーズは変化し、世の中をよくするための水面下での努力は続いていることをぜひ覚えていて頂ければと思います。

「ケアの未来をよめる」メディアのAIケアラボをいつも楽しみにしていただきありがとうございます。
ぜひ、引き続きご感想をお寄せください!

これまでの「研究・論文」シリーズの記事はこちら

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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