この記事では、高齢者における「めまい」と、治療法である「前庭リハビリテーション(平衡訓練)」、VR(バーチャルリアリティ)技術を活用して行う前庭リハビリテーションについての研究をご紹介します。
この記事で参照する科学論文の情報
著者:TubaKanyılmaz, OyaTopuz, Fazıl NecdetArdıç, HakanAlkan, Saadet Nur SenaÖztekin, BülentTopuz, FüsunArdıç
機関(国):Pamukkale University(トルコ)
タイトル:Effectiveness of conventional versus virtual reality-based vestibular rehabilitation exercises in elderly patients with dizziness: a randomized controlled study with 6-month follow-up
URL:doi.org/10.1016/j.bjorl.2021.08.010
目次
高齢者のめまいと前庭リハビリ(平衡訓練)
高齢者に多いめまいとは
多くの方がめまいに悩んでいますが、特に高齢者はめまいを起こしやすいと言われています。めまいは転倒などを起こすこともあり、高齢者の健康を危ぶむリスクを高めるものと考えられます。
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めまいには種類があり、主に「回転性めまい」「浮動性・動揺性めまい」などが挙げられます。それぞれの説明を簡単に以下に述べます。
- 回転性めまい:身体のバランスを保つ機能(平衡機能)の異常により起こり、「目が回る」ようなめまい。
- 浮動性・動揺性めまい:脳腫瘍や脳梗塞、脳血栓、高血圧、うつ病などにより起こり、「ふわふわ浮いている」「ゆらゆら揺れている」ようなめまい。
めまいの不快な症状は患者本人が行う適度な運動・ストレス解消・トレーニングなどで緩和できる場合もあります。また、臨床的な対処法としては耳や脳の病気を治療する他、バランス感覚を整えるためにリハビリテーションを行うことがあります。
前庭リハビリ(平衡訓練)とは
上述したように、めまいにはさまざまな原因が存在しますが、中でも「前庭障害」によるめまいが多く報告されています(※)。前庭障害とは、主に加齢などにより耳の奥にある前庭に起こる障害です。
前庭とは、体の運動感覚や位置感覚を中枢に伝える受容器官です。直進運動、回転運動、あるいは運動の速度などを感知する感覚器でもあるため、平衡感覚器とも呼びます。前庭の位置を下図に示します。

前庭障害によるめまいは、起き上がり、立ち上がり動作や方向転換などの頭位変換時に発症すると言われています。
※参考論文:浅井友詞 他「前庭のリハビリテーション」
近年では前庭に対するリハビリテーションが推進されてきており、1940年代に初めて提唱されてから前庭障害へのリハビリテーションの効果が数多く報告されています。
前庭のリハビリテーションには幾つか方法がありますが、「頭部運動訓練」「バランス訓練」「歩行のエクササイズ」「めまいが生じる(視覚刺激、動作や姿勢の)慣れを誘導する訓練」などがあります。下記は日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が公開している、前庭のリハビリテーションの方法についての動画です。
※動画内で注意されているように、前庭リハビリテーションは全てのめまいに有効なわけではありません。また。安全に効果的な前庭リハビリテーションを行うためには前庭機能の検査・診断・適切な指導とバックアップ体制が必要です。
前庭リハビリVRの効果を検証した研究を紹介
VR×リハビリの可能性
前庭のリハビリテーションをさらに効率よく行うための手段としてVR(バーチャルリアリティ)に注目した研究があります。VRを活用するとユーザーは通常よりも楽しく運動できる可能性があることが、以前よりさまざまな研究で報告されています。
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今回、VRによる前庭リハビリテーションの着想を得たのはトルコの研究者らです。彼らは、通常の前庭リハビリテーションとVRでの前庭リハビリテーションを実験で比較することにより効果を検証しました。
実験内容
実験に参加したのは、めまいの症状を抱える65歳以上の高齢者32名でした。被験者らは、通常の前庭リハビリテーションを行うグループとVRによる前庭リハビリテーションを行うグループに16人ずつで分けられました(最終的に実験を完了できたのは各グループ13人ずつでした)。
実験で行われた前庭リハビリテーションの内容を以下に記します。VRグループではVRが活用されましたが、リハビリテーションの基本的な内容は同じでした。
- 眼球運動のエクササイズ
- 視線追跡眼球運動:水平、垂直に目を動かす。
- サッケード眼球運動:30cm離れた2つの物体を交互に見る。
- 視線を安定させる練習
- 前庭動眼反射のトレーニング:静止あるいは運動する物体に焦点を合わせながら頭を水平、垂直に動かす。
- 頸部眼反射のトレーニング:回転する椅子に座り、静止する物体に焦点を合わせながら、胴体を左右に動かす。
- 姿勢安定のためのエクササイズ
- 起立:座位での前屈・座位から立位、立位から座位への姿勢変更・両足を揃えて起立・行進を行う。
- 歩行:頭を左右前後に動かしながらトレッドミル(ウォーキングマシン)で時速1.6kmの歩行を行う。
上記の内容が3週間にわたって週5回、15分間を2セット(セット間で5分間の休憩)行われました。また、1週目より2週目、2週目より3週目により高度な内容のエクササイズが実施されました。
VRグループでは、VRゴーグルを装着しながら上記のリハビリテーション内容が行われました。VRゴーグル内で再生された仮想現実映像は次のようなものでした。
- 多くの歩行者や車が通る広い通りで、実際の環境音が響く。
- 棚がさまざまな商品でいっぱいになっている大きなスーパーマーケットの通路を歩いている。

実験結果
リハビリテーション実験の終了後、バランス能力と、めまいによる心理的影響(転倒への恐怖・抑うつ・不安の度合い)の評価が行われました。
リハビリテーションの直後で評価結果を比較したところ、めまいによる心理的影響の一部とバランス能力の一部で有意な差が確認され、VRでの前庭リハビリテーションの優位性が示されました。さらにリハビリテーション実験後6ヶ月目で調査を行ったところ、めまいによる心理的影響とバランス能力の両方で、幾つかの項目で有意な差が確認されました(VRでの前庭リハビリテーションが優れていた)。
つまり、通常の前庭リハビリテーションとVRでの前庭リハビリテーションを比較したところ、VRでの前庭リハビリテーションのほうが効果的であり、リハビリテーション直後だけでなく長期間経過しても影響に差が出ているという結果でした。
研究者らは、今回の実験で症状の改善が見られた項目は一部であったため、少なくとも短期的には効果が限定的であると述べています。ただし、以前からVRは人間の感覚を効果的に刺激することが報告されているように、高齢者のめまいを治療する上でもVRは効果的である可能性があると結論づけました。
今後はより多くの被験者を募り、より長期的な実験を行う必要があるとコメントしています。
まとめ
この記事では、高齢者における「めまい」と、治療法である「前庭リハビリテーション(平衡訓練)」、VR(バーチャルリアリティ)技術を活用して行う前庭リハビリテーションについての研究をご紹介しました。
研究者らによると、めまいの前庭リハビリに関するVRの研究を行ったのは彼らの研究が初とのことです。
感覚へ効果的に刺激を加えるVRは、上手く活用することでリハビリテーションの可能性をさらに広げることができそうですね!
なお、前庭リハビリテーションの基本については、日本福祉大学の浅井友詞氏が書籍を出しています。興味のある方はチェックしてみてはいかがでしょうか。
また、AIケアラボではリハビリテーションに関する研究を他にも取り上げています。ぜひご覧ください!
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