この記事では、高齢者の暑さに対するストレスや体調変化(生理的変化)をモニタリングするテクノロジーの研究を紹介します。冒頭では高齢者と熱中症の関係についての基本に触れます。
高齢者と熱中症

高齢者は若年者と比較して温度に対する感覚が弱くなります。そして、室内でも熱中症にかかりやすいと言われています。
通常、気温が高い環境に身を置くと脳が「暑い」と判断し、体が自律的に皮膚の血流や汗の量を増やします。老化が進むとこれら脳の判断や体の自律的反応が遅れるようになります。そのため高齢者になると体の熱を逃がす能力が低くなり、すぐに体温が上昇してしまうため気温の高い環境で体調を崩しやすくなります。2018年には国内で1500人以上が熱中症で死亡していますが、約8割が65歳以上だったとのことです(厚生労働省「熱中症による死亡者数(人口動態統計)」より)。
なお、高齢者における熱中症対策は現在、以下のようなものが推奨されています。
- 気温・湿度を計って客観的に把握する
- 室内を涼しくする
- 水分を計画的にとる
- 入浴後・睡眠後に水分補給をする
- 外出時は日を避けられる服装をする、水分・休憩をとるなど気をつける
- 高齢者の周りの人が高齢者の体調に気をつける
上記の対策は、高齢者自身および周りの人が意識して気をつけることが前提になっています。
ただし最近では、テクノロジーを使用して体調の変化をモニタリングする研究が行われています。
暑さによるストレスや生理的変化をテクノロジーで評価する

健康の維持や増進には、暑さ由来の体調変化に限らず様々な身体の状態をモニタリングする習慣や技術が役立ちます。過去10年ほどで、健康目的で使用するセンサー(モニタリングを行うための装置)の開発が進んできました。センサー搭載のウェアラブルデバイス(身につける電子機器)は、身体的な負担なく体をモニタリングすることが可能だと考えられています。
そんな中、米国の研究グループは、気温が高い環境で高齢者が暑さからどのようにストレス・体調の変化(生理的変化)を受けるかをセンサーでモニタリングしました。この研究により、センサーで生理的変化データを収集・分析する技術の改善や、高齢者と熱ストレスの関係を調べる大規模な実験の基礎を作ることが目的とされました。
参照する科学論文の情報
著者:So-Min Cheong, Carlos Bautista, Luis Ortiz
機関(国):The University of Kansas(米国), Virginia Tech(米国), Urban Systems Lab(米国)
タイトル:Sensing Physiological Change and Mental Stress in Older Adults From Hot Weather
URL:10.1109/ACCESS.2020.2982153
Fitbitなどによるモニタリング実験概要
センサーによる高齢者の健康モニタリングは様々な用途で研究が行われています。例えば転倒、心停止、疲労、うつ病の検出などです。AIケアラボでも下記の記事で取り上げてきました。
▶︎AIとセンサーで認知症高齢者の行動・心理症状を検出。韓国の研究グループが開発
▶︎センサーで行う新しい排泄ケア 膀胱内の尿量をモニタリング
▶︎ウェアラブルデバイスは高齢者の「歩行速度」を改善し、健康状態を向上させる
前述したように高齢者は暑さに弱い側面がありますが、高齢者と熱ストレスについてセンサーを用いて調べた研究はあまりありませんでした。そこで米国の研究者らは、実際に高齢者にウェアラブルセンサーを取り付けてもらい、暑さ由来のストレスや生理的変化をモニタリングする実験を行いました。
実験の参加者は65歳から87歳の高齢者9名でした。また実験日の平均気温は26.7℃で、最高気温は32.2℃でした。
モニタリングに使用されたツールはFitbitでした。Fitbitとは健康管理に特化したスマートウォッチで、標準機能では運動状態や睡眠状態などのモニタリングが可能です。今回は標準でモニタリングできる心拍数や歩数に加えて、皮膚温度と気温を同時にモニタリングできるようにカスタマイズされました。気温に関しては室内温度と屋外温度の差を考慮に入れる必要があるため、気象観測所のデータも取得し比較されました。高齢者の皮膚温度および気温は1秒ごとにデータが記録され、合計48時間のデータが保存されました。

また、1日に複数回、スマートフォンによって高齢者の気分についてのアンケート調査が行われました。3時間ごとに「この3時間でどのように感じましたか?」という質問が行われ、気分の良さ(悪さ)に関する8項目に対して5段階で自ら評価が行われました。生理的変化のデータと同様に、気分の調査結果も2日分記録されました。
実験結果
実験の結果、以下のようなことが分かりました。
- 皮膚温度と室温には高い相関関係があった。
- 心拍数と歩数には高い相関関係があった。
- 自宅にエアコンがない高齢者は活動レベル(平均歩数)が低かった。
- 皮膚温度と歩数にはほとんど相関関係がなかった。
- 室温と心拍数にはほとんど関係がなかった。
- 心拍数、皮膚温度、室温が高いときに高齢者の「軽度の不安」が記録された。
- エアコンのない高齢者は皮膚温度の変動が大きかった。
※なお、繰り返し登場する「相関関係」という言葉は「一方が変化すれば他方も変化するように相互に関係しあうこと」という意味です。
上記の多くは従来の研究結果を裏付ける観測結果であり、さらに一部は思い込みによる直感に反した観測結果であると言えます。
研究者らは以上の結果を得た上で、センサーによる皮膚温度のモニタリングは有用である(メリットがある)と結論付けました。その上で、以下のような反省(課題)があるため、次に繋げたいと考えています。
今回の実験は、実験に参加した高齢者の人数が少なかったこと、また実験期間が短かったことから、小規模な実験であったと言えます。より大規模な実験から、さらに一般化できる結果が得られる可能性があります。また、ストレスおよび生理的変化はモニタリングされていない他の環境要因に由来する場合もあることに留意する必要があります。また、高齢者はスマートウォッチやスマートフォンの使用に抵抗を示したとのことです。そのため、スマート機器を使用する実験の前にはインストラクションを設けることで抵抗感を解消すべきとしています。
まとめ
本記事では、高齢者の暑さに対するストレスや体調変化(生理的変化)をモニタリングするテクノロジーの研究を紹介しました。また高齢者と熱中症の関係についての基本にも触れました。
今回紹介した研究では、心拍数、歩数、皮膚温度、気温に関するデータ、そして気分についてのアンケートから高齢者の状態をモニタリングしています。このような技術は、例えば熱中症に結びつく傾向を読み取る製品などにつながる可能性があります。
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