この記事では、高齢者に起こりうる嚥下障害の基本と、舌圧強化トレーニングを行うアプリ研究事例を紹介します。
目次
嚥下障害とは

嚥下(えんげ)障害は、うまく食べられない・うまく飲み込めない状態になる障害のことです。「摂食・嚥下障害」とも言います。
嚥下障害の症状
嚥下障害になると、以下の症状が出ます。
- 形のある食べ物を上手く噛んで飲み込めない。
- のどに食べ物がつかえる・窒息する。
- 飲み込んだものが気管に入る(誤嚥する)。
- 食べ物を飲み込んでも一部が口の中に残る。
- 食べるとむせる。
- 食事に時間がかかる・食事をすると疲れる。
- 食事を摂ると声が変わる。
- 食後に痰が出る。
- (食事が上手くできない結果、)体重が減る・低栄養や脱水を起こす。
なお、「3. 飲み込んだものが気管に入る(誤嚥する)」のイメージが難しい方は以下の図を参考にしてください。

嚥下障害の原因①:加齢の影響
加齢に伴い、「食べること・飲み込むために必要な筋力が衰えること」によって、以下の状態が生じやすくなります。
- 食べ物を口の中で飲み込みやすい状態に(咀嚼)できない。
- 舌で食べ物を口内の奥(のど)に送り込めない。
- 飲み込む際に気道を閉じきれない(その結果、食べ物が気管に入ってしまう)。
上述した「誤嚥」が起こる理由が加齢の場合は、上記「3. 飲み込む際に気道を閉じきれない」が原因となります。
嚥下障害の原因②:疾患などの影響
嚥下障害は以下の疾患などが原因で起こることもあります。
- 脳梗塞(脳血管疾患)
- 神経・筋疾患
- 口や喉の手術や放射線治療
嚥下障害の予防
嚥下障害を予防するためには、周囲の人々が以下の対策をとることが有効だと考えられています。
- 本人の嚥下レベルに合わせて、飲み込みやすい食事を用意する。
- ひと口の量を調節し、口の中が空になってから次のひと口を入れるようにする。
- 椅子に深く腰掛け、背筋が伸びるように姿勢を整える。食後はすぐに横にならずしばらく座ったままで過ごすようにする。
- 口腔ケア(歯磨きや入れ歯洗浄)を行い、口内を清潔に保つ。
嚥下障害を改善するための最新研究

“舌圧”強化トレーニングアプリを韓国グループが開発
前項では、高齢者の嚥下障害を予防するために周囲の人々がとれる対策を紹介しました。
一方、すでに嚥下障害を抱えている高齢者においては、本人が嚥下機能の改善に効果のあるトレーニングを行うことも推奨されます。例えば嚥下機能には舌周辺の筋肉が大きく関係しており、トレーニングで舌圧(ぜつあつ)を強化することが嚥下障害のリハビリに役立つと言われています。
リハビリ習慣を維持するためには通院が効果的だと考えられていますが、定期的に病院に通うのは高齢者にとって負担でもあります。そこで近年では様々な健康分野で、スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイス活用が注目されています。モバイルデバイスを活用するメリットは、場所や時間に捉われず必要な活動を行うことができる点にあります。
嚥下トレーニングにおいても、モバイルデバイスの活用が研究されています。例えば韓国の研究グループは嚥下トレーニングに役立つモバイルアプリを開発し、高齢者らを被験者としたアプリの有効性試験の結果を報告しています。
参照する科学論文の情報
著者:HyangHee Kim, Nam-Bin Cho, Jinwon Kim, Kyung Min Kim, Minji Kang, Younggeun Choi, Minjae Kim, Heecheon You, Seok In Nam, Soyeon Shin
機関(国):Yonsei University College of Medicine(韓国), Pohang University of Science and Technology(韓国)
タイトル:Implementation of a Home-Based mHealth App Intervention Program With Human Mediation for Swallowing Tongue Pressure Strengthening Exercises in Older Adults: Longitudinal Observational Study
URL:10.2196/22080
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アプリを使用した舌圧トレーニングは有効である
韓国の研究グループは、利用者が嚥下トレーニング方法を参照して自ら実践できるアプリを開発しました。また、アプリの有効性を確かめるために、高齢者11人を対象としてアプリを使用した8週間のトレーニングプログラムを実施し、効果測定を行いました。
その結果、トレーニングプログラムによって高齢者らの舌圧は有意に強化されることが示されました。
プログラムでは、高齢者らは、1日3回(朝、午後、夕方)のトレーニングを週5回、8週間にわたって行いました。
トレーニングは、以下の各エクササイズを20回ずつ繰り返すという内容でした。
- 長い時間をかけた嚥下
- ピッチ(声の高さ)をだんだん上げる
- 舌回し
なお、各エクササイズにかかる時間は30分間でした。
また、被験者となった高齢者の特徴は次の5つです。
(1)65歳以上である(2)嚥下が困難である(3)認知障害を抱えていない(4)タブレットを使用する能力がある(5)聴覚障害を持たない
アプリの仕様詳細
研究者らが開発したアプリは”365 Healthy Swallowing Coach”と名付けられ、Androidタブレットで動くように設計されました。ただし現在アプリはGoogle playストアには出品されていないため、一般ユーザーがアプリを試すことはできません。
アプリには以下の機能が備えられました。
- 教育コンテンツ
- トレーニング
- 記録閲覧
教育コンテンツ
アプリに収録された教育動画コンテンツは以下の2種類でした。
- 嚥下の仕組みと嚥下障害の基本
- 各エクササイズのトレーニング方法
それぞれ下図のように、アプリのユーザーが嚥下の仕組みやトレーニング方法を正しく学べるようなコンテンツが用意されています。


トレーニング
アプリを利用したトレーニングでは、エクササイズの手本(デモ動画)を見ながらリアルタイムで自分の動きを確認することができます。下図のように、画面左には手本が、画面右には自分の姿が映されます。

また、「ピッチ(声の高さ)をだんだん上げる」エクササイズでは、エクササイズ中の自分の声の高さを視覚的に把握することができます。

記録閲覧
さらに、アプリのユーザーが毎日トレーニングを継続できるように、エクササイズ記録を自動で保存する機能もついています。下図のような画面で自身の記録を確認することができます。

実験から研究者らが得た結論
アプリによるトレーニングの有効性を確かめる実験は、以下の流れで行われました。
- 最初に被験者の高齢者達の舌圧が測定される。
- トレーニング期間がスタートし、2週間ごとに合計3回のモニタリングが実施される(モニタリングでは、約30分間の面談で行われ、トレーニング状況の確認とアプリの使用法に関するサポートが実施される)。
- 8週間のトレーニング期間が終了した直後、トレーニング開始前と同様に舌圧が測定される。
- トレーニング12週間が経過したタイミングで、追加の舌圧測定が行われる。
ただし、実験の参加者11人のうち2人は十分にトレーニングを行わず、1人は過剰な量のトレーニングを行いました。そのため適切な量のトレーニングを行った8人のデータを使用して、舌圧の変化が確認されました。
トレーニングプログラムの前後を比較すると、平均的な舌圧(嚥下舌圧)が有意に上昇していることが分かりました。
ただし、プログラム終了から12週間後のデータを測定したところ、プログラム開始前の舌圧に戻っていることが分かりました。
研究者らは、以下のように結論づけました。
- モバイルアプリで高齢者の舌トレーニングを行うことは、嚥下障害の改善に有望な方法である。
- 一部の参加者から「トレーニングが多すぎる」とフィードバックがあったように、適切なトレーニング量は今後も考察する必要がある。
- 高齢者の嚥下舌圧は健康な若年層と比べてトレーニング後に早いタイミングで再び下がる傾向にある。
- モバイルデバイスアプリを使用したトレーニングにおいても、人間の手による介入(今回で言えば定期的な面談)がユーザーに良い影響を与える可能性がある。
また研究者らは「今後はより大人数に対して実験を行い、さらにトレーニング後の追加検証回数を増やすことで知見を深めたい」とコメントしています。
まとめ

この記事では、高齢者に起こりうる嚥下障害の基本と、舌圧強化トレーニングを行うアプリ研究事例を紹介しました。
紹介した研究では、「8週間のトレーニング直後は嚥下舌圧が増加しているが、さらに12週間後では嚥下舌圧が元に戻っている」という結果が出ています。このことから、トレーニングは継続が重要だという面も示唆されているかもしれません。
インターネットやモバイルデバイスが発達したことで、遠隔地でも沢山のことが出来るようになりました。勉強や仕事だけでなく、エクササイズなど健康に関する活動もますます継続しやすくなりそうですね!
同様の研究事例を取り上げた記事もあるので、ぜひチェックしてみてください!
