介護施設がペットロボットを導入する時に考えることとは?複数の施設を調査した結果わかったこと

介護施設がペットロボットを導入する時に考えることとは?複数の施設を調査した結果わかったこと

この記事では、介護施設がペットロボットを導入する際の検討事項についての調査研究を紹介します。

認知症ケアとペットロボット

動物介在療法について

認知症患者の心理的健康や社会的健康を改善する方法の一つとして、「動物介在療法」が効果的だと考えられています。動物介在療法とは、一般的に伴侶動物と言われている犬や馬などの力を借りて、ストレスの解消やコミュニケーションの円滑化などを行う医療方法です。なお、本来はアニマルセラピーと同一の意味を持ちますが、日本ではアニマルセラピーは動物介在療法ではなく動物介在活動を指す場合がほとんどです(動物介在療法には資格が必要ですが、動物介在活動には資格を必要としないのが特徴です)。いずれにせよ、動物の力を借りて認知症患者の心理的健康や社会的健康を改善することは一定の支持を得ています。

※動物介在療法についての参考ページ:動物介在療法(北里大学メディカルセンター)

動物介在療法が効果的であることは認められている一方で、生きた動物の力を借りるのは、物流上の問題や感染症の問題などから、困難である場合もあります。そのため、代替的な方法としてペットロボットを活用した動物介在療法が注目されています。

ペットロボットの例

現在、さまざまなペットロボットがそれぞれの目的および機能で設計され、市販されています。
例えば、PARO(アザラシ型ロボット)、AIBO(犬型ロボット)、PLEO(恐竜型ロボット)、Joy For All Cat(猫型ロボット)などが事例として挙げられます。PAROやAIBOに関しては以下の記事で紹介しています。

2022年おすすめロボットペット5選 「高齢者の孤独感を解消する」科学的調査結果をもとに

PLEO、Joy For All Catについては以下に公式サイトがあります。

・PLEO公式サイト:https://www.pleoworld.com/pleo_rb/eng/index.php(英語)
PLEOのAmazon商品ページ(日本語)はこちら
・Joy For All Cat公式サイト:https://joyforall.com/products/companion-cats(英語)
Joy For All CatのAmazon商品ページ(日本語)はこちら

これまでの調査では、高齢者や認知症の人は親しみやすいデザインのペットを好むことが示唆されており、毛皮で覆われたリアルなペットロボットは高齢者や認知症の人に感情的な行動を起こさせることも報告されています。

ペットロボットの効果を調べたこれまでの研究結果

これまで複数の研究で、ペットロボットの効果について具体的に評価する試みが行われてきました。中には、認知症または軽度認知症の方々への影響を調べているものもあります。なお、ペットロボットの認知症ケア効果を評価する従来の研究においては、PAROが研究対象として含まれているものがほとんどでした。

PARO(販売委託のNDソフトウェアの商品ページより画像引用)

研究の事例としては、例えばPAROが認知症の行動・心理症状(※)を軽減することを示したものや、(PAROを含む)ロボットが動揺や不安、薬物使用、孤独感を軽減することを示した研究などがあります。研究の多くが、好意的な結果を報告しています。

※認知症の行動・心理症状についての説明はこちら▶︎認知症の症状

一方で、一部の研究者は例えば「PAROは技術が先立っており、現実世界のニーズを十分考慮していない」など、警鐘を鳴らすような主張もしています。現実世界のニーズとは、コスト面などを指します。ただし、コストの点では、Joy For All Cat(猫のロボット)などは低価格であり、さらに(PAROと同様に)高齢者にとって好ましいデザインだとも評されています。

Joy For All Cat(Amazon商品ページより画像引用)

全体としては、さまざまなペットロボットの現場での実用性や活用の実現性について、まだ十分に検証が進んではいません。

介護施設がペットロボットを導入する理由を調査した結果

これまでの研究では、ペットロボットを導入した際に高齢者にどのような影響を与えるのかが調査されてきました。しかし、ペットロボットの実用性を考える上では、導入段階のことをもっと理解する必要があります。つまり、介護施設はどのような理由でペットロボットを導入するのかを知らなければいけません。

そこでアイルランドの研究者グループは実際の介護施設を対象として、さまざまな側面からペットロボット導入の要因を調査しました。特に今回は、医療の専門家や組織リーダーの視点にフォーカスしました。

参照する科学論文の情報
著者:Wei Qi Koh, Elaine Toomey, Aisling Flynn, Dympna Casey
機関(国):National University of Ireland Galway, University of Limerick(アイルランド)
タイトル:Determinants of implementing pet robots in nursing homes for dementia care
URL:doi.org/10.1186/s12877-022-03150-z

なお、研究者らが今回調査を行うにあたってペットロボットの事例として選んだのはPAROとJoy For All Catでした。

調査方法

研究者らは、介護施設がペットロボットを導入する要因を調査するにあたって、8つの介護施設から19人の参加者を、2つの家庭から3人の参加者を集めました。参加者の内訳としては、組織のリーダー(院長補佐・看護部長、ナースマネージャー、作業療法マネージャー)が合計10人、ヘルスケアのプロ(看護師や理学療法士)が合計12人でした。

調査は、2021年8月から11月の間に行われました。調査では、参加者らに対してペットロボットが紹介され、インタビューが数十分行われました。インタビューでは、組織に関連する質問が重視されました。

収集されたデータは、(フレームワーク分析と呼ばれる)専門的な手法によって分析されました。

データ分析結果

以下の5つの側面から、ペットロボットの導入要因に関するデータ分析結果が出ました。

1. ペットロボットの特徴

ペットロボットの特徴とは、ロボットの設計、コスト、エビデンス(科学的根拠)などの要因を指します。以下は、ペットロボットの特徴に関連する、導入の決定要因における調査分析結果です。

  1. 現実的なデザインであると受け入れやすい。
    →例えば、PARO(アザラシ型ロボット)よりも、Joy For All Cat(猫型ロボット)のほうが馴染みやすい。
  2. 幼児用のものとは異なるデザインの必要がある。
    ※PAROやJoy For All Catに対して賞賛している意見。
  3. 高度な機能に関して「有益である」と感じる者と「コストに見合うか疑わしい」と感じる者の両方がいる。
  4. 音声認識機能は、騒音レベルが高い介護施設では予定通りに機能しない可能性がある。
  5. 認知症患者が強く扱っても問題のない、機体の耐久性(丈夫さ)が必要である。
  6. 価格の観点からは、手頃であることが重要である。
    →例えば、PARO(一括購入で約400,000円以上)よりもJoy For All Cat(一括購入で約20,000円〜)のほうが手頃である。
  7. インタラクティブな(話しかけると応えるなどの)機能を、認知症患者は喜ぶだろうと考えられる。
    ※PAROやJoy For All Catに対して賞賛している意見。
  8. 生きた動物と比べてペットロボットは衛生的に安全である。
  9. ペットロボットを毛皮が覆っている場合、デザインとしては親しみやすいが、衛生面の観点からデメリットにもなりうる。
  10. 生きた動物に比べてペットロボットに向けて関心を維持することは認知症患者にとって難しいだろうという懸念もある。

2. 外部からの影響

外部からの影響とは、政策や、他の組織とのネットワークに影響される要因を指します。以下は、外部からの影響に関連する調査分析結果です。

  1. 政府からの資金援助が限られているため、価格が高い場合には導入が難しい。
    ※特に介護施設は収益性を目的としていないと見なされているため、資金が投資されにくい。
  2. ペットロボットは、認知症ケアをサポートする目的で作られているため、福祉関連の投資を行う政府当局の方針とは合う一方、必ず支持される保証はない。
  3. 特にパンデミック下においては、居住者間で共有されるペットロボットは多少の感染拡大リスクをもっている。
  4. 情報のネットワークが狭い小規模施設や個人の家にとっては、「他の施設や家でペットロボットを導入している事例」について知りたいというニーズがある。
    →そのため、SNSなどを活用して情報を収集している場合もある。

3. 介護施設内部の影響

介護施設内部の影響とは、施設入居者のニーズや、既存のケアプロセス(仕事の枠組み)との兼ね合い、施設の機能などに関連する要因を指します。以下は、介護施設内部の影響に関連する調査分析結果です。

  1. もともと動物好きだったが施設に入居して動物と触れ合えなくなった入居者は、ペットロボットを特に必要とする。
    →このニーズが多くなった場合、導入のハードルが下がる。
  2. ペットロボットは本物のペットと同様に、各個人が所有するべきで、居住者間で共有されるべきではない。
  3. (ただし、)介護施設の居住者は、興味(好奇心)や認知能力などが低下するため、ペットロボットと触れ合い続けることが難しくなる場合もある。
  4. ペットロボットによって居住者が快適に過ごせると、その結果、介護が楽になる。
  5. 一部の場合では、ペットロボットへの愛着が原因でケアを進めることが難しくなるケースもある。
  6. 介護施設のスタッフ側の視点では、施設の居住者のうちペットロボットを好きになる居住者を特定するのは容易である。
  7. ペットロボットの活用を、既存のワークフローに組み込むことは難しくない。
  8. ほとんどの入居者は共同スペースで時間を過ごすため、入居者がペットロボットを扱うことをスタッフがサポートすることは日常業務の一環として可能である。
  9. 共同スペースにペットロボットを置くと、ペットロボットの取り合いや、ペットロボットを嫌う居住者への配慮が必要になる懸念もある。
  10. スタッフがペットロボットを管理する方法を学習する必要があるが、一部の場合では能力が不足していることがある。
  11. パンデミックで介護施設への家族や友人の訪問が少なくなった際に、ペットロボットが居住者の寂しさを埋める可能性がある。

4. 個人の特徴

個人の特徴とは、知識やポリシーなど個人に由来する要因を指します。以下は、個人の特徴に関連する調査分析結果です。

  1. 介護施設でのケアにおいてテクノロジーはますます使用されるようになっており、新しい世代の高齢者はペットロボットに慣れている。
  2. ペットロボットと居住者が触れ合うことで居住者が喜びを得ることに対して、スタッフ自身も満足感を得ることができる。
  3. 人形療法(ぬいぐるみなどを与えることにより精神的な問題を改善する療法)と類似している場合、導入前は懐疑的であっても、導入後に効果を目の当たりにすることになる。

5. 導入のプロセス

導入のプロセスとは、施設の利害関係者がどう関与するのか、戦略的な面における要因を指します。以下は、導入のプロセスに関連する調査分析結果です。

  1. ペットロボットの導入における主な利害関係者は以下の通り。
    • 看護師
    • 医療スタッフ
    • 施設の管理スタッフ
    • 作業療法士
    • 居住者
    • 居住者の家族
  2. 利害関係者にペットロボット導入を賛成してもらうためには、居住者の動物に対する好みや興味、あるいは苦痛的な感情におけるリスクなどの評価を行う必要がある。
  3. 作業療法士によって、ペットロボットを使用することに関する居住者の認知能力などの機能的評価を行う必要がある。
  4. ロボットの清掃や保守を維持する担当者が必要である。
  5. 全てのスタッフがロボットの使用方法を知っている必要がある。
  6. ロボットに関する観察結果やフィードバックを互いに共有し、状況を管理する工夫を行うべきである。
  7. 居住者のニーズは時間の経過によって変化するため、継続的なレビューが重要である。

考察と結論

研究者らは、調査結果全体を通して、介護施設の人々がペットロボットに対して抱いている懸念は、経験に基づくものばかりではないことに気がつきました。また、人々はペットロボットに対してインタラクティブ性などを中心に多くの機能を求めている一方、コストに対しては慎重な姿勢を見せているように考えられます。

また、あらゆる立場の人々にとって共通する最優先事項は、居住者の幸福でした。その上で、立場によってペットロボット導入に対する考え方はそれぞれ異なります。しかし、多くの意見としては、ペットロボットが居住者のニーズに応えるだろうという姿勢がみられました。

また、今回のフィードバックからは、ペットロボットの使用が既存のワークフローに組み込まれることは容易であるという結論が得られそうです。しかし、ペットロボットの使用と既存のワークフローとの兼ね合いを詳しく調べた研究事例はまだほとんどありません。

最後に、居住者の幸福と同様に、居住者の健康上のメリットについても人々の関心は高いようでした。今後は、臨床的な検証を行うことがペットロボット導入を促進するだろうと考えられます。

研究者らは今回の調査分析を、認知症ケアのペットロボットを介護施設に導入する際のさまざまな検討事項を洗い出した最初の事例だと考えています。上記の調査結果が、将来的にはペットロボットを研究フェーズから実用フェーズに進めるために役立つだろうとコメントしています。

まとめ

この記事では、介護施設がペットロボットを導入する際の検討事項についての調査研究を紹介しました。

普段から動物と触れ合い、ペットに馴染みがある方も、まだまだペットロボットに親しんでいる方は少ないかと思います。介護施設での居住者の生活をより良いものにするためにペットロボットの導入が進むといいですね。
今回紹介した研究の内容が、現状の理解や今後の参考になることを願っています。

ロボットに関する研究事例は、以下のタイトルでも取り上げています。ぜひご覧ください!

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臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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