ゲームで高齢者の脳はどう活性化する?VRゲームとスマホゲームの違いを分析

ゲームで高齢者の脳はどう活性化する?VRゲームとスマホゲームの違いを分析

この記事では、VRゲームとスマホゲームそれぞれで高齢者の脳はどう活性化するのか調べた研究を紹介します。

新しいテクノロジーと認知機能トレーニング

加齢に伴って低下する認知能力

加齢に伴って認知能力が低下すると、最終的には軽度認知障害(MCI)、アルツハイマー病(AD)などの認知障害症状が発生することがあります。世界的に高齢化が進む中で、認知障害への対処は社会全体での課題となってきています。

認知機能の低下は脳の損傷が原因と言われているため、一概に「加齢が原因」と言ってもさまざまな現象が起こっています。脳に起こる現象に基づき、どのように認知能力が低下するかも変わってきます。低下する認知能力の例としては「注意力」「記憶力」「学習力」などがあります。

認知能力は、トレーニングによって改善することが可能だと考えられています。これまで「注意力」「記憶力」に焦点を当てた認知トレーニングは多く開発されてきました。しかし、まだ効果的なシステムやモデルが見つかっているとは言えません。

新しいテクノロジーへの期待

最近では、VR(仮想現実)などの新しいテクノロジーが台頭してきています。それらによって、画期的な認知トレーニングモデルが登場する可能性が高まってきています。

VRとは、人工的につくられた仮想世界に人々を没入させる技術です。VRは多くの感覚を刺激するため、脳機能トレーニングの分野で様々な目的への応用が有望視されてきています。
VRの基礎的なアイデア自体は数十年前から存在しますが、近年のハードウェアやソフトウェアの発達と相まって、最近さらに急激に開発が進んできました。その中で、最近では臨床治療でも使用され始めています。

参考:
VR脳トレーニングゲームを活用、海外先端企業と取り組む 認知機能の維持向上を目的とした実証事業を運営の高齢者住宅にて開始(PR TIMES)
医療×VRのXRHealth、認知機能トレーニング用のVRゲームを発表。脳卒中や脳損傷の患者向けに提供予定(Mogura VR)

また、スマートフォンの普及と生活への浸透も、近年の特筆すべき事項です。もはやスマートフォンへの依存度はPCへの依存度を上回り、娯楽やコミュニケーションのためだけに使用されるツールではなくなってきました。さまざまなアプリケーションが開発される中で、ここ数年で認知機能トレーニングのためのゲームも多数開発されてきました。

VRゲームとスマホゲームを客観的データで比較!

VRゲームやスマートフォンゲームが認知トレーニングに有効であることは過去の研究で語られてきました。しかし、VRゲームとスマートフォンゲームを比較した研究は多くありません。

そこで中国とシンガポールの研究グループは、VRゲームとスマホゲーム客観的データで比較する研究を行いました。具体的には、各ゲームを行う人間の脳画像を取得し分析を行なったのです。さらに、高齢者だけでなく若年層も被験者とし、両者の違いを検証しました。研究結果は、高齢者にとって最も有用なゲーム方法を選択する上で役立つものとなるかもしれません。

参照する科学論文の情報
著者:Ruhong Ge, Zilin Wang, Xin Yuan, Qinbiao Li, Yeqin Gao, Heshan Liu, Zhijun Fan, Lingguo Bu
機関(国):Shandong University(中国), Nanyang Technological University(シンガポール)
タイトル:The Effects of Two Game Interaction Modes on Cortical Activation in Subjects of Different Ages: A Functional Near-Infrared Spectroscopy Study
URL:10.1109/ACCESS.2021.3050210

研究者らは実験を開始する前に、以下のような仮説を立てました。

  1. スマホゲームはVRゲームよりも、脳の認知機能に関わる領域を強く活性化させる。VRゲームはスマホゲームよりも、脳の運動機能に関わる領域を強く活性化させる。
  2. スマホゲームのトレーニング効果は若年層に対して大きく、VRゲームのトレーニング効果は高齢者に対して大きい。
  3. 高齢者と若年層では大脳皮質(※)の活動に違いが出る。

※大脳皮質・・・人間の知覚、運動、思考、推理、記憶など、高次機能を司る。人間が生きていくうえで必要な事柄の司令塔。

実験の内容

健康な高齢者17人と、健康な若者20人が集められ、実験の被験者となりました。

今回の実験で被験者がプレイしたゲームは、VRでもスマートフォンでも同様のゲームシステムがプレイできるものでした。「落下回避ゲーム」と呼ばれるゲームシステムで、進行するブロックをコントロールしながら地面から落下しないように工夫するタスクを行います。
VRバージョンでは、VRゴーグルにスマートフォンを差し込み、頭を左右に振って操作を行います。
スマートフォンバージョンでは、両手をつかってスマートフォンを操作し、左右に傾けます。

実験装置のつながりを下図に示します。

左:スマホバージョンとVRバージョンそれぞれのゲーム操作の様子とゲーム画面

実験は2つのフェーズに分けられ、スマホバージョンフェーズ→VRバージョンフェーズの順で被験者がゲームを行いました。各フェーズは休憩20秒→ゲーム40秒→休憩20秒を7回繰り返す形で構成され、フェーズとフェーズの間は十分な休憩時間が設定されました。

ゲームのプレイ中、被験者における脳の動きは下図のようなシステムで測定されました。右前頭前野 (RPFC)と左前頭前野 (LPFC) 、右運動皮質(RMC)、左運動皮質(LMC)という脳の領域をカバーするようにして検出器が装着されました。

分析結果

分析の結果、以下のことがわかりました。

まず、下図でも直感的にわかるように、VRゲームとスマホゲームをプレイしている若年層と高齢者の脳は、それぞれ異なる形で活性化しています。

A:VRゲームにおける若年層グループの脳の活性化状態。
B:スマホゲームにおける若年層グループの脳活性化状態。
C:スマホゲームにおける高齢者グループの脳の活性化状態。
D:VRゲームにおける高齢者グループの脳の活性化状態。

この結果とMMSEスケール(認知機能テスト)スコアを比較したところ、両方のグループに対してMMSEスコアと前頭前野の活性に強い正の相関があることがわかりました。
つまり、ゲームによって脳の特定の領域(前頭前野)が活性化している場合、認知機能も能力が高いという仮説が得られます。

また、モバイルゲームは若年層、高齢者ともに脳の認知領域を活性化しましたが、VRゲームはモバイルゲームよりも高齢者の脳の認知領域を活性化しました。高齢者は若年層に比べて、これまでVRゲームに触れる機会が少なかったため、強い刺激が与えられた結果である可能性が考えられます。

さらにモバイルゲームは、若年層と比べて高齢者に対してより広範囲の脳領域を活性化しました。この理由は、年齢によって手の動きが器用でなくなるために、スマートフォンを操作する際に多くの労力を必要とするためであると考えられます。ただし、脳活性化の強さに関しては、若年層よりも高齢者の方が弱い様子が見られました。

最後に、脳の各領域間のつながりは、VRゲーム中よりもスマホゲーム中のほうが有意に高かったようです。さらに、高齢者において特定の領域間(右前頭前野と左前頭前野)のつながりが若年層と比べて大幅に強化した様子が見られました。高齢者は脳の認知領域が損傷しているため、タスクを完了するために脳が懸命に接続し合っていることが理由だと考えられます。

研究者らは以上の結果を確認し、大きく以下のように結論づけました。

  • 各ゲームによってそれぞれ異なる形で認知機能の低下を防止する効果がある。
  • トレーニング効果は若年層よりも高齢者のほうが高い。

今回の結果は、認知トレーニング商品を普及させるのに役立たせることができるだろうとコメントされています。

まとめ

この記事では、VRゲームとスマホゲームそれぞれで高齢者の脳はどう活性化するのか調べた研究を紹介しました。

脳を直接調べることで、認知トレーニングゲームの効果が視覚的に理解できるのは大変興味深いですね。分析結果も面白いものでした。
さらに、高齢者に対してトレーニング効果が高いという点は、今後、高齢者における認知低下の予防施策を考える上で参考になるかもしれません。

今後、新しいテクノロジーによって認知機能を改善する手段がさらに研究され発展していくと良いですね!

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臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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