この記事では、遠隔の介護を支援するロボットシステムについての研究を紹介します。
目次
介護と遠隔作業
今現在、介護職がリモートワークで出来ること

あらゆる業界でリモートワークや在宅勤務の導入が進む中、医療職や介護職は現場での作業が多くリモートワークに不向きだと言われています。
ただし中には遠隔で作業ができるタスクも存在します。以下に例を挙げます。
- レセプト業務
- ケアプランの作成
- 介護記録・報告書の作成
- 相談援助業務
- 服薬管理
- レクリエーション
- 会議、事務作業
上記はいずれもPCのみで行える作業であり、身体介護(身体的な介助など)や生活援助の業務は現場での作業が必要とされています。
パンデミックのような特殊な状況だけではなく、平時においても介護の仕事が遠隔で行えるようになることは業務効率化などの観点から推奨されます。高齢化社会では介護者の人数が不足することが問題になり、効率化のためにも距離を超えて作業ができることは重要です。
なお、リモートワークという言葉は出社せずに在宅や遠隔地で業務を行うことを意味する場合が多いですが、介護職においては現場が高齢者の自宅であるケースも多いため意味合いが広くなりそうですね。
ちなみに、遠隔での介護が当事者(被介護者、被介護者の家族、介護職)をどのような気持ちにさせるのかを調査した研究事例を別記事で扱いました。併せてチェックしてみて下さい。
▶︎リモート介護の弊害はあるのか。高齢者の孤独を助けるロボットの倫理的問題とは
遠隔操作ロボットの発展と介護の今後

身体介護や生活援助はまだ人間が現場で作業を行うことが一般的ですが、今後はロボット技術の発展に伴い遠隔で出来るようになるかもしれません。
ロボット(機械)越しに、あたかも遠い場所の人や物が近くにあるように感じながら作業するようにする技術を「テレプレゼンス」または「テレイグジスタンス」と呼びます。
テレプレゼンス技術の応用は、様々な業界で試されています。
例えば宇宙ベンチャーのGITAIは、宇宙飛行士の船外作業を地上から遠隔操作するロボットで行うことを目指して製品を開発しています。宇宙環境以外での利用も視野に入れているそうです。
また、オリィ研究所のOriHimeも遠隔操作ロボットの一つです。OriHimeは例え寝たきりの患者でも最小限の操作だけで動かせるロボットで、接客や教育の現場で導入実績があるようです。
また、AIケアラボではオリィ研究所 所長の吉藤オリィさんにインタビューをしています。こちらの記事も併せてご覧ください。
▶【分身ロボットOriHime】オリィ研究所 所長 吉藤 オリィ氏|インタビュー第8弾
中国の機械工学研究者が介護用の遠隔操作ロボットシステムを開発
先進国を中心に高齢化が進む社会では、介護が十分に行き渡らない問題が起きています。また高齢者の居住環境は介護施設だけでなく自宅であることも多く、本人や家族の負担を減らすことは解決すべき課題です。そのため家庭での介護や自宅での高齢者の暮らしを支援するテクノロジーの登場が期待されています。
テレプレゼンスの応用で、介護職が遠隔からロボットを操作することで高齢者の自宅での生活を支える技術が研究されています。中国の大学研究者グループとヨーロッパのメーカー(ABB社グループ)との共同研究を事例として紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Honghao, Geng Yang, Huiying Zhou, Xiaoyan Huang, Huayong Yang and Zhibo Pang
機関(国):浙江大学(中国)、ABB Corporate Research(スウェーデン)
タイトル:Teleoperation of Collaborative Robot for Remote Dementia Care in Home Environments
URL:10.1109/JTEHM.2020.3002384
なお、中国でも高齢化は問題になっています。中国政府が2020年に実施した国勢調査では同年、中国国内で60歳以上の人口は増加傾向であり、逆に15歳から59歳までの労働人口は減少傾向であったとのことです。(参考:NHK NEWS WEB「中国 国勢調査 総人口は約14億1000万人 高齢化が加速」)
遠隔操作ロボットによる介護システムの概要
浙江大学(中国)などの研究者らは、介護職が遠隔から認知症高齢者を介護できるロボット操作システムを開発しました。
下図は、研究者らが設計したシステム全体の概念図です。

医療機関や介護施設などからスタッフが操作を行い、インターネットを介して遠方の自宅にいる認知症高齢者をロボットが支援するという流れのシステムです。
ロボットにはYuMi(ABB社製)という市販製品が採用されました。多関節型のマニピュレータ(作業アーム)ロボットです。
認知症高齢者を遠隔で介護する目的でシステムを設計するというテーマで、多関節ロボットとモーションキャプチャ技術を取り入れるのがこの研究の新しい点でした。
多関節ロボットとは、その名の通り複数の関節を持つロボットのことです。またモーションキャプチャとは、センサー等により人体の動作を記録する技術です。
これらの技術を組み合わせ、人が遠隔地からロボットを動かして複雑な作業を行えるようなシステムが考えられました。
介護用のロボット自体は珍しいものではありません。世界中の研究機関により様々な介護用ロボットが発明されており、製品事例も多くあります。本メディアでも扱ってきたので例を挙げます。
▶︎歩行器・歩行車にAIが搭載されスマートロボット化するとどうなるのか
▶︎「痛みを訴えるロボット」で介護士の教育・訓練を効率化 立命館大が開発
▶︎「自動シャワー装置」ユーザー体験の調査結果 〜高齢者・介護スタッフ両方の視点から〜
ただし遠隔操作ロボットで身体介護や生活援助を行うことを目的とした研究は多くありません。
介護職の動きを詳細に読み取り遠隔操作
介護職がロボット操作方法を苦労せずに習得できるようなシステムを設計するのが研究者らの目的の一つであり、その点でこの研究は挑戦的な取り組みでした。
介護職がロボットを操作するシステムとして、下図のようなモーションキャプチャシステムが考案されました。

骨を基点にして体に張りつけられたセンサー内蔵スーツにより、介護職の動きが読み取られる仕組みです。なお、センサー内蔵スーツには市販製品であるPerceptionNeuronが採用されました。
図中のIMUは慣性計測ユニット(Inertial Measurement Unit)と呼ばれる体の動きにおける向きや速さを測定するセンサーで、Hubはインターネット通信を介してIMUのデータを遠隔のデバイスに送信する役割を担うパーツです。
人間の体とロボットの体は同じスケールではないため、動きを反映させるために位置情報を変換する必要がありました。この点は研究の中で機械工学的に工夫された部分でした。
開発された介護ロボット遠隔操作システムの性能
システムの性能は以下のように確かめられました。
まず、ロボットが操作者の動きに合わせて正しく動くかどうかの実験が行われました。操作者が4種類の動きを各5回ずつ行い、連動するロボットの動きと照らし合わせたところ、やや遅延が生じましたがロボットの動きそのものは操作者の人間と同じ動きをすることが確認できました。
次に家庭環境での使用状況を模したデモンストレーションで、実用性の検証が行われました。遠隔操作ロボットが家庭で使用される状況の一つとして薬の服用支援が想定されるため、下図のようにロボットを操作して薬瓶を拾う作業ができるかどうかの実験が行われました。

IPC:産業用パーソナルコンピュータ。

上図のように4つのステップを踏んで操作者の動きに合わせてロボットが動き、薬瓶を拾うタスクが完了できました。
また、さらに実用性を検証すべく、異なる状況での使用もデモンストレーションされました。高齢者から離れた位置にあるコップを掴んで高齢者の手の届く場所に移動させる作業です。このデモンストレーションはロボットと高齢者が比較的近い距離で行われました。

この作業も無事に行えることがわかりました。また、ロボットに採用されたYuMiは高い敏捷性を持っており外観のデザインも擬人的で、高齢者にとっては人が支援しているかのごとく受け入れやすかったとのことです。
遠隔操作ロボットシステムの実用性や実現性は、上記のように性能試験やデモンストレーションを通して確認することができました。今後の課題には、より優れたパフォーマンスのために遅延を無くすことが挙げられるとのことです。
まとめ
今回は介護とリモートワークの未来と題して、認知症高齢者をケアする遠隔操作ロボットシステムを将来的な遠隔サービスの一例として紹介しました。
まだ検証や改善が重ねられる必要はありそうですが、非常に可能性が感じられる分野です。
自宅で生活することを好む高齢者は少なくありません。今の段階では身体介護や生活援助は、家族の介護者や訪問サービスの介護職が行うことが一般的ですが、将来的にロボットが導入されれば人々の負担が減り、かつ高齢者のQOLも上がるかもしれないですね。
ロボットシステムの性能はコンピュータやセンサーなど今著しく進化している機械要素によって大きく向上してきています。技術革新により高齢者の生活が豊かになることを感じられる一例として覚えていただけると幸いです。
