高齢者の感情を表情から読み取るAIが遠隔介護を助ける

高齢者の感情を表情から読み取るAIが遠隔介護を助ける

最終更新日 2022.11.24

以前の記事「認知症高齢者の疼痛評価をAI表情分析で行うアプリ「PainChek」」では、痛みを評価するAI搭載のスマートフォン用アプリについて論文をもとにご紹介しました。

この記事では、遠隔介護に役立つとされる感情認識AIソフトを開発した台湾の研究についてご紹介します。

遠隔介護・遠距離介護について

遠隔介護と遠距離介護は、響きは似ていますが、それぞれ以下のように異なる意味を持つ言葉です。

  • 遠隔介護:PCなどIT機器等を上手く活用しながら、遠隔地から介護を行うこと。
  • 遠距離介護:離れて暮らす親族等のために、遠方から通って介護を行うこと。

遠隔介護を行うためには様々なツールを使いこなす必要があります。また世の中には、遠隔介護を実現するのに十分なツールが普及してはいません。そのため、遠隔介護は遠距離介護に比べてまだ一般的な言葉ではありません。しかし、テレビ会議システムをはじめとして遠隔介護に便利なツール・サービスが続々と登場しているのが現状です。

近年では介護報酬の改定(生活機能向上連携加算)でリハビリにおけるICT(テレビ電話や動画データなど)の活用が追加されるなど、専門家の介護現場においても移動時間や場所の制限から解放された遠隔介護が進んでいる流れがあります。

今後は、さらに多くのツールやサービスが登場し遠隔介護がしやすくなることによって、要介護者にもっと介護の手が行き届く未来が期待されています。
AIケアラボでもこれまで、遠隔介護に関連する研究やサービスを記事で取り上げてきました。以下の記事も是非チェックしてみてください!

▶︎介護とリモートワークの未来 「遠隔操作ロボット」で認知症高齢者をケア
▶︎リモート介護の弊害はあるのか。高齢者の孤独を助けるロボットの倫理的問題とは
▶︎【分身ロボットOriHime】オリィ研究所 所長 吉藤 オリィ氏|インタビュー第8弾

遠隔地における要介護者の感情認識を行うAIソフトの開発

そんな中、日本と同様に高齢化が進む台湾において、遠隔介護に役立つAI搭載ソフトの研究が発表されています。

参照する科学論文の情報
著者:Kai-Chao Yao, Wei-Tzer Huang, Teng-Yu Chen, Cheng-Chun Wu and Wei-Sho Ho
機関(国):National Changhua University of Education(台湾)
タイトル:Establishing an Intelligent Emotion Analysis System for Long-Term Care Application Based on LabVIEW
URL:doi.org/10.3390/su14148932

台湾では農村住民の平均寿命が都市住民よりも7年短いなどの報告もされており、遠隔介護システムを整備する重要性が強く認識されています。

スマート介護と感情認識の仕組み

研究者らは遠隔介護における課題として、高齢者の良好な精神状態(感情が前向きであること)をサポートする必要性に注目しました。高齢者の顔をAIが観察することによって精神状態を判断することができれば、遠隔の介護者が不在の場合でも綿密なケアが可能だと考えました。
画像や映像から人間の感情分析を行うのは、近年発展しているAIの技術にとっては得意な分野と言えます。研究者らは、要介護者にあたる高齢者を対象として感情認識を行うAIおよびAIを操作できるソフトを開発することにしました。高齢者の感情認識AIソフトができれば、介護だけでなく医療の分野等でも幅広く応用することができます。

以下は研究者らが作成した、高齢者の感情認識AIソフトを含むスマート介護システムの構成概念図です(技術的な用語を含みます)。

図中の「LabVIEW」とは、あらゆるハードウェアと異なるソフトウェアをつなぐシステムの開発環境です。AIの開発や学習、実行に欠かせない画像データを適切に保存したり、ユーザーのもとに通知が届くように仕組みづくりを行うためのプラットフォームです。

システムが完成すると、下図のようなスマート介護システムに組み込むことができると考えられます。

今回の研究における「AIによる感情認識」では、AIが画像に写る人の顔から感情に関連する特徴を読み取って分析し、人の表情を7種類の感情に自動分類します。例えば下図のような画像であった場合、赤い丸で囲まれた部分が人の感情に関連する特徴をもつ箇所です。

AIが分類する7種類の感情と判断基準は次のとおりです。

  1. 幸せ:頬の筋肉が上がっている、口角が上がっている、眉が平らである、目が小さくなっている。
  2. 悲しみ:上まぶたが垂れ下がっている、瞳孔が開いている、口角が下がっている、頬の筋肉が下がっている、眉がこわばっている。
  3. 怒り:鼻孔が広がっている、目が大きくなっている。
  4. 嫌悪:鼻が上がっている、口元が上がっている。
  5. 恐れ:眉間が寄っている。
  6. 驚き:口が少し開いている、瞳孔が開いている、眉が上がっている。
  7. 軽蔑:唇の端が引き締まっている、顔の片側のみが持ち上がっている、片方の眉が上がっている。

AIが上記の基準に基づいて(「幸せ」以外の)ネガティブな感情を自動的に検知することで、介護や医療における意思決定に役立てるのが本研究の目的です。

なお、今回の研究ではネガティブ感情を詳細に分析するために、ネガティブ感情に紐づく表情の画像をAIの学習データとしています。異なる学習データを用いて、感情の分類方法が異なるAIを作成することも理論的には可能です。

感情認識AIソフトの概要と今後の課題

研究者らはPC上で簡単に感情認識AIを操作できるソフトを設計しました。ソフトには以下4つの特徴的な機能があります。

  1. 環境モニタリング機能
  2. サインイン機能
  3. 感情予測機能
  4. 表情画像のモニタリング機能

1. 環境モニタリングに関しては、センサーでキャッチされた人の感情に影響を与えうる要因(気温、湿度、光の明るさ、その場の人数など)を収集する機能を意味します。2〜4は後述します。

ソフトの見た目は下図で、上記それぞれの機能が一画面に揃っています。

A:環境モニタリングブロック、B:サインインブロック、C:感情予測結果ブロック、D:表情の即時分析画面、E:AIのスケジュール調整ブロック

また、このソフトを実際に使用する際の外観は下図のようになります。

2. サインイン機能に関しては、悪意のあるハッカー(外部からの不法侵入者)からシステムを保護するために、ユーザーを個別で認識し、サインイン履歴を保存する機能です。顔画像など個人情報を扱うため、将来的には顔認証機能を備えるなどセキュリティを更に徹底する予定です。

3. 感情予測機能に関しては、このソフトのメイン機能となります。あらかじめ学習済みのAIに対して画像が読み込まれ、7種類の感情いずれの要素がどの程度あるのかが視覚的に値で示されます(下図)。

なお、AIの学習に使用された顔画像の例は下図です。

また、ソフトは単一のAIのみではなく、将来的に開発される様々なAIを扱える(異なる種類のAIを必要に応じて選択し使用できる)ように設計されました。

AIを選択する様子

4. 表情画像のモニタリング機能に関しては、感情予測値を顔画像と共にリアルタイムで表示する機能です(下図)。

このソフトによって「悲しみ」「幸せ」の表情がリアルタイムに認識されている様子を、下図2枚に示します。

表情から悲しみを予測している様子
表情から幸せを予測している様子

また、感情を予測した結果、医療的なアクションが必要であれば医療スタッフに通知されます。将来的には顔画像を元に個人の身元が検出できると、よりパーソナライズしたケアが可能となります。

今回の論文では、上記のようなソフトを構築した段階までが報告されています。

研究者らは、このソフトを用いることで、さまざまなスマート介護システムが実現する可能性があるとしています。一方、問題点や今後の課題として以下を挙げています。

  • 感情認識は主観的な情報であるため、精度に関する結論を出すのは難しい。そのため、正体的には心拍数や酸素飽和度、体温などの情報と組み合わせることが望ましい。
  • 今回開発されたAIよりも優れたAIを開発できる可能性が残されている。
  • より解像度の高いカメラを使用することで、ソフトの効率を向上させられる可能性がある。

まとめ

この記事では、遠隔介護に役立つとされる感情認識AIソフトを開発した台湾の研究についてご紹介しました。

遠隔介護における取り組むべき課題として「高齢者の前向きな精神状態」に着目したユニークな研究でした。その上で、ソリューションとして感情認識AIを開発したのは、学術的にも産業的にも意味のある取り組みだったと考えられます。
研究者らが述べているように、感情認識は客観的に精度を出すことが難しい分野です。しかし、ユーザーの視点に立ってみると、遠く離れた土地にいる要介護者の感情に関する情報が少しでもあれば、次の行動に役立つヒントになります。

「機械」という言葉には従来の知識から、無機質で冷たい印象を持つかもしれませんが、今は温かみのある技術も存在します。今後もこのような分野に注目したいですね!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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