この記事の要点
- 認知症になると顔の表情が変わることが多くみられる
- 顔の表情が変わる理由は認知症の症状と認知症の種類が関係している
- AIで認知症の顔の表情を見分ける研究が進められている
- 表情を豊かにすれば認知症を予防できる可能性がある
高齢者の認知症に家族が気づくきっかけのひとつとして「顔つきが変わってきた」ということが挙げられます。
なぜ認知症になると顔つきに変化が生まれるのでしょうか。その変化は、すべての認知症の方に当てはまるのでしょうか。
今回は認知症の方に起こり得る顔の変化、表情の変化について解説します。
目次
認知症の方に起こる顔つきの変化の例

認知症になった方は進行に応じて、以下のような顔つきの変化が生じると考えられています。
表情の変化が乏しくなる
脳の認知機能が低下すると外部からの刺激に対する反応が乏しくなり、ぼんやりとしていたり無表情になったりする傾向があります。
認知症になる前よりも会話や談笑の機会が減っていくため、全体的に元気がなくなり、顔から生気がだんだんと失われていきます。
口角が動かしにくくなる
認知症になり周囲との会話の機会が減ると、口輪筋が徐々に減退していきます。
口輪筋とは口を動かす筋肉です。口輪筋が減退すると口を動かす力が弱くなり、口角が動かしづらくなります。
また口輪筋からはたくさんの表情筋が放射線状に伸びているため、口輪筋が弱くなると表情筋の動きにも影響を与え、さらに表情がとぼしくなる原因にもなります。

目つきが変わる
認知症の方の顔つきは、目にも変化が現れます。
一般的には気力の低下等に起因する、目力がなくなったぼんやりとした目つきになることが多いです。
しかし認知機能の低下により感情が抑えきれなくなった方は、怒りを目にたたえた険しい目つきに変わる場合もあります。
認知症で顔の表情が変わる理由

どうして認知症になると、顔の表情にも変化が現れるのでしょうか。
それは認知症の症状がそうさせています。
また、特定の認知症が顔の表情を変化させている場合もあります。
以下からは認知症の顔の表情が変わる理由を確認していきましょう。顔つきの変化以外に起こる認知症の症状については以下の記事をご覧ください。
▶認知症の症状を理解しよう【初期症状・中核症状・周辺症状の違い】
アパシー(無気力)
認知症になると日常のあらゆる出来事に対して関心がなくなり、何かをしようとする気持ちがなくなってきます。
この状態はアパシー(無気力・無関心)と呼ばれます。アパシーの状態になった方は意欲的になることもなければ、気分が落ち込むようなこともありません。周囲で何が起きても関心がないため、感情の動きにともなう顔の表情の変化もなくなります。
抑うつ状態
気分の落ち込みによる抑うつ状態も、認知症の方から顔の表情を失わせる原因のひとつです。
なお高齢者の病気のひとつである老人性うつ病は、認知症と混同されやすいですが違う病気です。老人性うつ病は早急な診断と適切な治療を行えば治る病気であるため、顔の表情が復活する可能性があります。
怒り
認知症の方はただぼんやりしているばかりではなく、周囲に対して激しい怒りを抱き、暴言や暴力をふるうケースも考えられます。
常に眉間にしわを寄せた怒り顔も、認知症がもたらす表情の変化のひとつです。
レビー小体型認知症の影響
認知症の種類の中に、レビー小体型認知症という認知症があります。
レビー小体型認知症は、難病指定されている神経疾患のパーキンソン病と非常によく似た症状が発現します。
パーキンソン病の患者はドーパミンの分泌不足により筋肉の運動がうまくコントロールできず、顔の表情筋も動かなくなり仮面様顔貌(仮面をかぶったような無表情の顔)になります。
レビー小体型認知症もパーキンソン病と同じように、顔の表情筋が動かしにくくなるため仮面様顔貌になると考えられます。
レビー小体型認知症の詳しい説明と、他の認知症については以下の記事をご覧ください。
▶認知症は主に4種類|特徴的な症状と原因・治療法・その他の原因疾患を解説
AIが認知症の顔の表情を見分ける研究

認知症はゆっくりと進行していくため、顔の表情が変化したと気づくまでには時間がかかります。
しかし、認知症の治療を早期にスタートさせるためには、一日でも早く表情の変化に気づくことが重要です。
その「気づき」にAIを活用しようとする研究が始まっています。
また、認知症になったために周囲にはわかりづらくなってしまった表情から、認知症の方の感情をAIで読み取ろうとする研究もあります。
ここからはAIが認知症の顔の表情を読み取る研究を紹介します。
表情による認知症スクリーニング
2021年に東京大学ら研究グループは、顔の表情だけで認知症スクリーニングが可能であると発表しました。
研究では認知機能の低下した高齢者121人と認知機能に支障がない高齢者117人、合計238人の顔写真をAIモデルに分析させたところ、もっとも高い数値では正答率92.56%もの精度で認知症の有無が判別できました。
参考:国立研究開発法人日本医療研究開発機構|認知機能低下患者の顔を見分けることができるAIモデルの開発
この研究が進めば時間も費用もかからず認知症の早期発見が可能になるとして、各方面から大きな期待が寄せられています。
認知症高齢者の表情で疼痛を評価
認知症になると顔の表情がとぼしくなるため、痛みがあるのかどうか表情から判断が難しくなります。失語の症状も出ている場合には痛みを訴えることもできず、痛みが見過ごされたり誤解される可能性があります。
オーストラリアのヘルスケアテクノロジー企業が開発したアプリPainChekは、スマートフォン等で撮影した顔写真からAIシステムが疼痛の有無を判断してくれます。
参考:Google Play|PainChek Enterprise
残念ながら日本語版アプリはまだ公開されておらず、利用にもライセンス契約が必要です。
ですが、今後さらにPainChekの普及が広まれば、認知症の方の疼痛を早く解消できるかもしれません。
PainChekの成果については以下の記事でも詳しく紹介しています。
▶認知症高齢者の疼痛評価をAI表情分析で行うアプリ「PainChek」
表情筋を鍛えて認知症を防ぐ対策

認知症と顔の表情には深い関係があるということが、ご理解いただけたのではないでしょうか。
実は表情を豊かにすれば認知症の予防効果があることもわかってきています。そのためにも今から表情筋を鍛えておきましょう。
表情筋トレーニング
表情筋トレーニングをして筋肉に刺激を与えると、脳神経にも良い刺激が与えられることが近年の研究によりわかってきています。
また口輪筋の活性化は認知症予防だけでなく、高齢者の死亡理由として多い誤嚥性肺炎防止にも役立ちます。
参考:J-STAGE|日本老年医学会雑誌第55巻第1号「高齢者の精神健康における顔の運動効果について」
表情筋トレーニングは口を大きく動かすなどをして行われますが、効果的に口輪筋を動かして表情筋全体を鍛える医療用器具なども販売されています。

余暇活動
高齢者が楽しく表情を変える手段として、レクリエーションなどの余暇活動がおすすめできます。
しかし高齢になると思うように外出しづらくなり、余暇活動も制限されがちです。
VR(仮想空間)内で高齢者が余暇活動を行い、抑うつを防ごうとする研究について当サイトでも以前紹介しました。
たとえ仮想空間内での余暇活動であっても、その中で遊ぶ高齢者の気分の向上や、笑いによる表情筋の動きは実際に起きる現象です。
単調な日常を過ごすことが多い高齢者が幸福感を感じて認知症を遠ざけるために、VRなどのIT技術が役に立ちます。
高齢者へのVR活用の研究については以下の記事をご覧ください。
▶VRへの没入は「意欲を失った高齢者」を救う
まとめ
今回は認知症になった方に多く見受けられる、顔の表情の変化について解説しました。
高齢者の方々には、いつまでも笑顔でいて欲しいものです。それは認知症になる前でも後でも変わりません。
いつまでも高齢者が笑顔を忘れずにいられるよう、認知症の予防と早期発見、認知機能の維持に努めましょう。
