「エクサゲーム」とは?ARエクサゲームで高齢者の転倒リスクを軽減することは可能か

「エクサゲーム」とは?ARエクサゲームで高齢者の転倒リスクを軽減することは可能か

最終更新日 2022.11.24

以前の記事「VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善」では、VR(仮想現実)を使用して高齢者の腰痛を改善する研究についてご紹介しました。

今回は、AR(拡張現実)のエクサゲーム(運動ゲーム)を使用して高齢者の転倒リスクを軽減する研究をご紹介します。

エクサゲームとは?

健康のために日常に運動を取り入れたいと思う人は多くいます。とりわけ高齢者にとっては日々の運動習慣が少しあるだけでも将来的に大きな効果があります。それだけでなく、病状の改善に運動(リハビリ)が必須なケースも多くあります。
しかし特に運動の経験がない人にとっては、運動を始めるのは容易なことではありません。運動のやり方や強度、時間などが分からず一人では挫折してしまうこともあります。また、ジムなどの施設に通うには費用もかかります。

そんな中、テレビゲームに運動の要素を組み合わせた「エクサゲーム」が注目され始めています。エクサゲームとは、エクササイズとゲームを合わせた造語です。エクサゲームであれば、気軽かつ意欲的に運動ができるという調査報告が増えてきました。

エクサゲームという言葉が使われ始めたのは近年における海外の研究業界ですが、国内では20年以上前からテレビゲームによる運動コンテンツが流行しています。例えば1998年発売のダンスダンスレボリューション(リンク先:Wikipedia)、2006年発売のWiiおよび同ソフトのWii Fit、2017年発売のNintendo Swicthおよび同ソフトのリングフィットアドベンチャーなど。
最近ではMeta社(旧Facebook社)のVRデバイス「Oculus」などを使用して仮想現実内でエクサゲームを楽しむ人も増えてきています。

ダンスダンスレボリューションのWikipediaページより画像引用

上記のテレビゲームの運動コンテンツはエンターテインメント業界における一般消費者向けの娯楽製品としてヒットしてきました。一方、近年では運動習慣作りに役立つツール「エクサゲーム」として注目され、健康産業の製品としての可能性も論じられています。一部では糖尿病や心疾患、認知機能障害の改善とも紐づけて研究されています。

AIケアラボでは以前からエクサゲームに該当するテーマで高齢者の健康に役立つゲームの研究を取り上げています。以下の記事も是非チェックしてみてください!

▶︎リズムゲームのeスポーツで高齢者の認知能力は向上する
▶︎VRゲームで軽度認知障害(MCI)が改善!認知テストや脳波、身体テストで効果を確認
▶︎VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善

中国研究グループによるARエクサゲーム

上述のようにエクサゲームは注目されており、VRでのエクサゲームも登場しています。そんな中、より臨場感を持ってゲームを体験できるようにするための技術としてAR(拡張現実)に注目した中国の研究グループがいます。研究者らは、高齢者の転倒リスク軽減に有効なARゲームの実現を目指して研究を行っています。

参照する科学論文の情報
著者:Meiling Chen, Qingfeng Tang, Shoujiang Xu, Pengfei Leng and Zhigeng Pan
機関(国):Hangzhou Normal University(中国), Zhejiang Chinese Medical University(中国), Anqing Normal University(中国)
タイトル:Design and Evaluation of an Augmented Reality-Based Exergame System to Reduce Fall Risk in the Elderly
URL:doi.org/10.3390/ijerph17197208

高齢者の転倒リスクと認知運動課題について

WHO(世界保健機関)によると、毎年推定 684,000 件の転倒による死亡事故が発生しています。転倒による死亡率は60歳以上が最も高くなっており、年齢やフレイル(虚弱)の度合いと共に転倒の頻度は上がっていきます。
そして、転倒リスクを軽減するには運動が推奨されています。WHOは65歳以上の高齢者に対して、転倒を防ぐために週に3日以上、中程度の強度(※)でバランスと筋力トレーニングを重視した様々な運動を(1週間を通して)150〜300分行う必要があると述べています

※「中程度の強度」は運動中の心拍数で判断することができ、カルボーネン法という計算方法では「(220−年齢−安静時心拍数)×50%(運動強度)+安静時心拍数」によって算出することができます(参考:正保 哲 他「Karvonen法による運動負荷強度における生体反応」)。

日常生活の中で高齢者が転倒しやすいタイミングとしては、認知運動干渉 (CMI) が発生している時が挙げられます。認知運動干渉とは、認知的な処理(何かを考えたり数えたりすること)を行う過程で、運動タスクに悪影響が出ることを意味します。日常における認知運動干渉の度合いを軽減し、転倒を回避する確率を上げるためには、認知運動課題によるトレーニングが効果的です。認知運動課題とは、運動の過程で認知的な処理を行うことです。

近年では認知運動課題によるトレーニング方法として、娯楽性、身体活動レベル、認知課題レベルなどの点からVRの活用が有望視されています。そんな中、中国の研究グループは、VRと類似した技術を使用しながら異なる特性を持つARに着目しました。
VRはユーザーが仮想空間に入り込む一方、ARは仮想物体と現実に重ねるため、ARはVRに比べて、ユーザーが自らの身体をより明確に認識して強い臨場感を持てる可能性があります。ARの特性を活かすことで、エクサゲームにおいて更に優れたユーザー体験を設計することが期待できると研究者らは考えました。

ARエクサゲームの内容

研究者らはシステム全体を開発する上で、パーソナルコンピューターとディスプレイ、スピーカー、そしてユーザーの動きを追跡するKinectを使用しました。

KinectとはMicrosoftの製品で、人体の25関節を認識して動きをリアルタイムに追跡することが可能です。ゲームだけでなくロボットの制御(※)などにも応用され、様々な研究開発で利用されています。

※研究事例:和歌山大学中村研究室Webサイトより「KinectとARToolkitを用いた簡易なロボット操作に関する研究

研究者らはコンピューター上で動く、3種類のARエクサゲームを含むソフトウェアを開発しました。ソフトウェアの内容は以下のとおりです。

  1. 転倒リスク評価
  2. トレーニングゲーム
  3. フィードバック

転倒リスク評価は12項目から成るアンケート形式の機能で、評価結果をもとにトレーニングゲームの難易度が決定されます。

トレーニングゲームの内容は、以下の通りです。まずは下図を参照してください。

  • 壁抜けゲーム:ユーザーは、ゲーム上に現れる壁を抜けるために、かがんだり、足や腕を持ち上げる必要があります。素早い思考と器用さが必要になり、筋力、バランス能力、注意力、実行機能などが向上する狙いです。下図の種類のポーズを決める必要があります。
  • フルーツキャッチゲーム:ユーザーは、画面上にランダム表示された3つのフルーツを5秒で覚えてから、体を左右に動かして指定のフルーツをキャッチします。 体を左右に動かすことで、バランス能力や実行機能が向上し、さらに短期記憶が改善する狙いがあります。
  • ネズミ踏みつけゲーム:ユーザーは、足元にある9つの穴から出てきたネズミを踏むことでポイントを獲得します。指定された高さまで足を上げる必要があるため下肢の筋肉が強化され、歩幅を広げることに役立ちます。視空間能力、注意力、実行機能も向上する狙いがあります。

なお、3つのゲームが共通して向上させる狙いのある「実行機能」とは、複雑な課題を遂行するためにルールを守りながら脳内で情報を更新していく認知機能を意味します。

トレーニングゲームにおいては獲得スコアがユーザーにリアルタイムで表示される仕組みになっています(フィードバック機能)。ユーザーはトレーニングゲームの難易度やBGMを自ら変えながら楽しんで取り組むことができます。

実験と結果

上記のトレーニングゲームを23人のユーザー(平均年齢71.5歳)が実際に使用して、ユーザー体験を研究グループに報告しました。その結果、以下のことがわかりました。

  • ARエクサゲームによるトレーニングシステムは総じて、ユーザーにとって肯定的なものであった。
  • 実用的品質と感性的品質(快楽的な品質とも言い換えられる)はどちらも良好であったが、感性的品質の方が高く評価された。
  • 品質の評価における性差(男女差)は見られなかった。

研究者らは、開発したARエクサゲームシステムに対するユーザー体験は十分に良好であると結論付けています。今後は製品をさらに洗練させ、実用的品質を向上させたいと述べています。そのためには、エンジニア、臨床医、認知心理学者などを含むチームを作り、さらに被験者を増やすことが必要だとしています。

まとめ

本記事ではARのエクサゲームを使用して高齢者の転倒リスクを軽減する研究をご紹介しました。

高齢者の健康増進手法としてエクサゲームは新しく注目されています。ご紹介した研究は、中でも先端的なAR活用を試みている非常にユニークなテーマが設定されていました。
研究者らが述べているように、製品を洗練させる上では、実用的品質を更に上げることが重要だと考えられます。研究背景に転倒リスク軽減を掲げているため、トレーニングを受けたユーザーの転倒リスクが軽減したことを示唆する運動学的データも取得されることも期待されます。

新しいテーマの研究は試行と検証が重ねられる必要がありますが、挑戦を繰り返すことで将来的に大きな実を結ぶことになります。AR、エクサゲームの分野においても応援していきましょう!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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