転倒予防には「デジタル日記」 高齢者が自ら転倒を管理する未来がくる

転倒予防には「デジタル日記」 高齢者が自ら転倒を管理する未来がくる

最終更新日 2022.11.16

この記事では、高齢者の転倒に関する自己管理を可能にするスマートフォンアプリケーションの有効性についての研究をご紹介します。

執筆を担当したのはフレイル転倒が専門の医学博士、Dr. カワゴエです。執筆者の経歴や過去記事は文末でご紹介します。

転倒には危険因子がある

世界保健機関(WHO)によると、毎年およそ60万件の致死的な転倒が発生しており、これは世界のすべての地域において「意図的でない傷害関連の死因」第2位となっています。年齢別で見たとき、転倒による死亡率は60歳以上で最も高くなっており、今後の人口増加や高齢化に伴い転倒による死亡者数は上昇することが予想されています。

転倒経験がある人は、転倒を繰り返す危険性が高いことが明らかになっています。転倒経験は「転倒への恐怖感」をもたらすことが知られていますが、転倒への恐怖感は移動や外出に対する意欲を妨げます。移動や外出への意欲低下は身体機能低下に拍車をかけ、転倒リスクをより増加させるという悪循環を生みます。

繰り返し起こる転倒を予防するには、ヒヤリハット(※)を意識することが重要です。例えば「つまずき」や「すべり」など、バランスの崩れをもたらす出来事が転倒のヒヤリハットに該当します。

※ヒヤリハット・・・危ないことが起こったが、幸い災害には至らなかった事象のこと。「ヒヤリとした」あるいは「ハッとした」出来事のこと。

転倒は自己管理で予防を

転倒を具体的に予防する手段としては、日常から運動(オンラインプログラムなど)をすることや、転倒発生に関わる状況(ヒヤリハット)を把握するために管理ツールを用いるのが有効です。
近年、ヘルスケア領域の技術進歩により疾病の管理や健康モニタリングがスマートフォンで行えるようになってきています。転倒予防においても、モバイルツールによる管理技術を適応させられる可能性が検討されています。

そんな中イスラエルのMazuzらの研究グループは、スマホアプリを用いて転倒の自己管理を可能にするツールを開発し、その効果について検証しました。

参照する科学論文の情報
著者:Keren Mazuz, Seema Biswas and Uri Lindner
タイトル:Developing Self-Management Application of Fall Prevention Among Older Adults: A Content and Usability Evaluation
URL:doi.org/10.3389/fdgth.2020.00011

51人の高齢者を追跡

研究者らが制作したアプリは、転倒の発症を自己報告するためのデジタル日記と、転倒予防に有効なバランス能力強化用エクササイズ動画で構成されていました。

被験者は、スマートフォンやスマートテレビ(アプリを使用できるテレビ)に慣れている地方在住の60歳以上の高齢者でした。51人の高齢者(年齢範囲= 62〜92歳、年齢中央値= 74.73)は、10週間のパイロットテストに参加し、スマートフォン(n=28)とスマートテレビ(n=23)からアプリにアクセスしました。10週間のテスト期間中、参加者は週3回(日曜日、火曜日、木曜日)、デジタル日記への記入とエクササイズ動画の視聴を促す自動通知をアプリから受け取りました。

高齢者がデジタル日記に記録したのは以下の情報です。

①転倒ヒヤリハット(転倒しそうになった場面があれば)
②転倒への恐怖感
③転倒したかどうか
④エクササイズ動画を促される通知を受け取ったかどうか
⑤エクササイズ動画を視聴したかどうか

エクササイズ動画に関しては、長さは10分間で、トレーナーが8種類のエクササイズを解説する内容でした。被験者はいつでも動画を見ることができました。

10週間のテスト期間中に送信された合計1,530件の(動画視聴を促す)通知のうち79%に相当する1,210件の報告が51人の参加者からアプリに記録されていました。また、エクササイズ動画の視聴回数は合計665回(うちスマートテレビユーザーは431回)でした。

スマホとスマートテレビの違いが顕著に現れた

スマートフォンユーザーは、スマートテレビユーザーよりもエクササイズ動画の視聴回数が少なかったことが特徴として現れました。

一方、転倒に関する自己申告は全体的にはスマートフォンユーザーの方が積極的でした。ただしスマートテレビユーザーはモバイルスマートフォンユーザーよりも転倒への恐怖感や転倒したかどうかについての記録回数が多かったようです。

また、スマートフォンとスマートテレビの両グループとも、デジタル日記には多くの「転倒ヒヤリハット」(n = 96)を記録しました。
屋内で発生したヒヤリハットの3分の1以上(34%)はシャワーやトイレで起こったものであり、屋外で発生したヒヤリハットの半分(51%)は、路上で発生していました。

転倒が発生したユーザーのうち半数(n=25)は、”転倒前に何をしていたか?”という質問に対して、”わからない “と回答していましたが、そのうち3分の1のユーザーが転倒前に転倒ヒヤリハットとして「めまい」を記録していたことから、因果関係を予測できる可能性が浮上しました。

さらに、エクササイズ動画を視聴する回数が多いユーザーほど、デジタル日記の記録回数が多い傾向が見られました。

転倒予防における自己管理アプリの今後

今回の実験により、高齢者はアプリを使用して転倒に関わる事象(特に転倒ヒヤリハット)の記録を積極的に行うことができ、さらにエクササイズ動画の形式で転倒予防の介入を受け入れることが示唆されました。

転倒に関わる様々な事象を継続的に管理し、運動プログラムが都度介入することができれば、高齢者は自ら好循環に入ることができるかもしれません。スマートフォン(あるいはスマートテレビ)アプリは個人の意識を高めることにおいて大きな可能性を持っています。

高齢化する社会の健康ニーズに対応するため、このようなアプリをさらに開発し、医療・社会福祉サービスと連携させる必要があると考えられます。

まとめ

ここまでお読みいただきありがとうございました。執筆を担当したDr. カワゴエ(Takashi Kawagoe, Ph.D)です。

この記事では、アプリを用いた転倒の自己管理ツールについて、その有効性を調べた研究をご紹介しました。

今回のような取り組みは専門的知見から見ても画期的だと思われます。これまで、「転倒の恐怖感」や「転倒ヒヤリハット」、「転倒経験」などは医療従事者が把握する用途で他社により記録・報告されてきました。
それらを高齢者自らに継続的に記録させることで、転倒状況の変化、転倒に関する危機感が高まり、さらに運動に対するモチベーションも増加するなど相乗効果が期待できます。

介護の本来の目的である自立支援は、本人にアプリを使用させる形でも進めていくことができるかもしれません。

この記事の筆者 | Dr. カワゴエ

博士(医学)。転倒予測AI、メディカルAI、医療データサイエンスを専門とする。人工知能学会、日本メディカルAI学会等所属。過去の記事一覧はこちら

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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