高齢者の転倒予防にはオンライン運動プログラムが効果あり

高齢者の転倒予防にはオンライン運動プログラムが効果あり

最終更新日 2022.11.16

この記事では、高齢者がタブレットを使用して行うオンライン運動プログラムによる転倒予防効果についての研究をご紹介します。

転倒は高齢者を要介護状態にする

平均寿命の延長とともに、社会的な課題となりつつあるのが「転倒」です。高齢者においては、1年間で3人に1人が転倒すると言われ、骨折の主な要因となっています。また転倒は繰り返されることもあり、高齢者を要介護へと導く1つの因子であると考えられています。

転倒の原因は何か

転倒の原因は、大きく「身体的な原因」と「環境的な原因」の2つに分けることができます。それぞれの詳細は以下の通りです。

身体的な原因

  • 加齢による変化(筋力、バランス感覚、歩行速度の低下など)
  • 身体構造的な問題(循環系、神経系、筋骨格系などの異常)
  • 薬の服用(薬の服用による体調変化)

環境要因

  • 段差
  • 障害物
  • 履物
  • 暗がり

ただし多くの場合、転倒の原因は複数存在します。単一の要因だけで転倒が発生するのではなく、様々な要因が(しかも一瞬のうちに)複合して発生するのが転倒だと考えられています。

運動が転倒を予防する

運動する老人

転倒予防に効果的な方法としては、まず運動が挙げられます。施設でグループに混ざって運動するのはもとより、在宅で一人で運動するだけで転倒防止に効果があることが知られています。特に太極拳のようにバランス能力を高めるような動作が組み込まれているものは特に効果が期待できます。

過去に行われた研究では、「バランス訓練を組み込んだ運動プログラムは、高齢者の転倒を約23%も減少させた」との報告もあり、効果的な運動プログラムを行うことが転倒予防には重要です。

また、ある先行研究(※英語論文へリンク)では高齢者は在宅での運動を好むことが示されていますが、一方で在宅での運動プログラムは継続率は低くなってしまいます。理学療法士による運動指導や適度な自宅への訪問が高い継続率に繋がることも明らかになっており、高齢者が自宅で一人で運動を継続するのは難しいという課題が明らかになっています。

オンラインプログラムで在宅の運動をサポートし、転倒を防止

近年のデジタル技術の進歩により、 高齢者向けに運動プログラムを比較的低コストで提供できるシステムが普及してきています。長期的に運動への動機づけを維持する機能が備わっていることが特徴です。

そこでオーストラリアのKimらの研究グループが、自宅でできるオンライン運動プログラムは高齢者の転倒予防にも効果があるかどうかを検証しました。

参照する科学論文の情報
著者:Kim Delbaere, Trinidad Valenzuela, Stephen R Lord, Lindy Clemson,
G A Rixt Zijlstra, Jacqueline C T Close, Thomas Lung, Ashley Woodbury, Jessica Chow, Garth McInerney, Lillian Miles, Barbara Toson, Nancy Briggs, Kimberley S van Schooten
タイトル:E-health StandingTall balance exercise for fall prevention in older people: results of a two year randomised controlled trial
URL:doi.org/10.1136/bmj.n740

503人の高齢者を追跡

研究の被験者は、オーストラリアのシドニーに居住する70歳以上の503名でした。施設ではなく自宅で暮らしており、認知症、神経疾患進行、あるいは不安定、急性の医学的状況のない者が選ばれました。

まず被験者は2つのグループに分けられました。1つは運動グループ(週2時間の オンライン運動プログラムおよび 健康教育を行う、254人)、もう1つはコントロールグループ(健康教育のみを行う、249人)でした。実施期間は24か月間と設定されました。それぞれがオンラインでコンテンツを視聴できるようにタブレットが手渡されました。

タブレットを用いてバランス運動

運動する老人

運動グループはオンライン運動プログラムにより、まずは40分/週の運動を行うことを開始し、2週間に1回20分ずつ時間を増やして行き、9週目には週2時間に到達しました。

バランス運動プログラムは一人ひとりに合わせてバランス運動の時間と難易度が高まる内容となっており、立位バランス、踏み出しやボックスエクササイズにフォーカスしたものとなっていました(参考:Standing Tall(英語))。

また、合計2回の家庭訪問を行いました。1回目の訪問では、理学療法士がバランス運動プログラムの使用方法と運動を約1時間で指導しました。2回目の訪問では、プログラムの安全な進行の確認を約30分で行いました。

コントロールグループに対しては、専門家による2回の電話対応を行い、ネットワークアクセスに関する問題点、健康教育プログラムおよび追加機能の指導を行いました。

長期的な運動の継続がカギ

被験者から得られたデータからは、以下の2つを主要指標して結果が分析されました。

  • 転倒率(1人年当たりの転倒数)
  • 12ヶ月間に転倒した人の割合

また、以下の8つが副次的指標とされました。

  • 転倒者数
  • 傷害性転倒(何らかの傷害を負った、または医療処置を必要とした)数
  • 24ヶ月間のアドヒアランス(積極的な姿勢)
  • 気分
  • 健康関連QOL
  • 活動レベル
  • 12ヶ月間のバランス能力
  • 移動能力

結果、プログラムを始めて12ヶ月間時点では転倒率と転倒した人の割合に改善は見られませんでしたが、24か月の時点では、運動グループは健康教育のみのグループと比べて転倒率の有意な減少(16%)が見られ、転倒による負傷の割合は20%減少しました。

プログラム開始後6ヵ月後には運動グループは健康教育のみのグループと比較して健康関連QOLのスコアがわずかに改善し、立位バランス運動のパフォーマンスは改善が確認されました。(運動グループの)平均運動時間に関しては、12ヵ月後に114.0分/週、24ヵ月後には120.4分/週でした。

今後のオンライン運動プログラム

今回の調査結果より、オンライン運動プログラムを実施することで24か月後の転倒率と転倒による負傷の割合を改善できることが示されました。
高齢者の状況に合わせて運動内容を調整するオンライン運動プログラムの実効性の高さを確認できた点で、非常に有意義な研究でした。
今後は高齢者向けオンライン運動プログラムのプラットフォームが開発されれば、医療従事者の訪問による負担を最小限にしながら高齢者の運動に対する動機づけや継続率を維持し、転倒を予防できる可能性があります。

まとめ

Dr.カワゴエ

 ここまでお読みいただきありがとうございました。執筆を担当したDr. カワゴエ(Takashi Kawagoe, Ph.D)です。

この記事では、自宅でできるオンライン運動プログラムによる転倒予防効果についての研究をご紹介しました。

高齢者は、一度転倒すると転倒への恐怖感が生じ、日常生活に影響が及ぼされます。その結果、段々と身体機能が低下し、要介護の状態へと進行してしまいます。そのため、早い段階で転倒を予防する取り組みが大切です。

今回紹介したような、遠隔での運動支援は国内ではまだ限定的に取り組まれていると思われます。より早い段階で、多くの高齢者の方が試せるような環境になることを望みます。

「フレイル」「転倒」などが専門のDr. カワゴエによる他の記事はこちら:

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
フォローする