独居(一人暮らし)高齢者の健康・安全は見守りセンサーとAIで守られていく

独居(一人暮らし)高齢者の健康・安全は見守りセンサーとAIで守られていく

最終更新日 2022.11.22

この記事では、独居(単身)世帯で役立つ見守りセンサーとAI技術の最新研究事例について紹介します。

独居世帯は増加している

内閣府による令和3年版高齢社会白書によると、2017年において65歳以上の者のいる世帯数は国内で2,378万7千世帯と、全世帯(5,042万5千世帯)の47.2%を占めていました。
その中でも独居世帯(一人暮らしの者)は、割合として増加しています。下の図からも分かるように、例えば2015年では65歳以上人口に占める割合として男性の13.3%、女性の21.1%が独居世帯でした。2005年時点では同様に男性の9.7%、女性の19.0%が独居世帯だったので、10年の間に高齢者の間で独居世帯の割合が2割ほど増えていることになります。

65歳以上の一人暮らしの者の動向(画像は令和3年版高齢社会白書(全体版)より引用)

世界的に高齢者の独居世帯は多い

2005年時点での国連の推計では、全世界で見た時に60歳以上男性の11%、60歳以上女性の19%が一人暮らしをしているとのことでした。

国連が推計する独居高齢者の割合(国連発表資料をもとにグラフを作成)

上の図から分かるように、先進国だけでなく発展途上国でも一人暮らしの高齢者人口割合は高い傾向にあります。
現状、先進国であっても高齢者全員に生活支援サービスが行き届いているわけではありません。急速に高齢者人口の増加が見られている発展途上国では一層、サービスの拡充が必要です。拡充が容易ではない老人ホームの代わりになるような、家庭用の見守りツールが求められています。

すでに国内でも市販されている見守りツールに関しては、下記が参考になります。

参考▶︎介護業務が楽になる見守りロボットとは 種類・導入効果・利用者の声

センサーとAIで一人暮らしの高齢者を見守り

そんな中、高齢化が問題になっている国の一つであるブラジルの研究者グループは、センサーとAIで独居世帯高齢者の健康と安全を守るシステムを構築することを目指しました。下記で、その研究内容を紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Márcio Renê Brandão Soussa, Valter de Senna, Valéria Loureiro da Silva & Charles Lima Soares
タイトル:Modeling elderly behavioral patterns in single-person households
URL:doi.org/10.1007/s11042-021-10635-3

活動を検出、行動パターンを認識、健康リスクを判断するシステム

センサーを用いて独居世帯の健康と安全を守るシステムを構築するにあたって研究者らはまず、システムを利用できる世帯が可能な限り多くなるように、下記の前提条件を決めました。

  • 低コストであること
  • 利用方法が簡単であること
  • 生活の邪魔をしないものであること
  • プライバシーを保つものであること

これらの前提条件をもとに、素材として安価で信頼性のある小型の赤外線モーションセンサーが選ばれました。下図は赤外線モーションセンサーを屋内に配置することによる監視システムの概要図です。

モーションセンサーは玄関口、各部屋、また長時間使用することが予想されるソファなどの家具に設置されます。データの通信には「ZigBee通信」が採用されました。

※ZigBee通信・・・近距離無線通信規格の一つ。安価で消費電力が少ないという特徴がある。よく比較として出されるのはスマートフォンやPC間の赤外線通信で使用されているBluetooth通信である。

屋内に取り付けられたモーションセンサーが検出した信号をもとに、機械知能(アルゴリズム)が下記を判断します。

  1. 家の中の人は何をしているか
  2. どのような行動パターンをとっているのか
  3. 健康上(安全上)のリスクがあるか

センサー情報をもとに判断を下す機械知能のモデル図を下図に示します。

センサーで取得されたデータから活動内容(食事、睡眠や移動、屋内外の出入り)を検出します。この検出データから毎日の行動パターンを導き出します。さらに、行動パターンからの逸脱があれば、健康や安全のリスクとしてアラームが鳴る仕組みになっています。それぞれのステップをもう少し詳しく説明しておきます。

活動検出:高齢者の活動検出ステップは特に、その先にある「行動パターンの導き出し」「リスク判断」のために重要なステップです。家の中に何人いるのかを含めセンサーで検出します。家の中に2人以上いる場合は1人に何かが起こっても他の人が助けてくれるので監視の必要はない、ということを判断します。

行動認識:行動(パターンの)認識は一日の終わりに行われ、どの部屋にどれくらいの時間いるのが当たり前なのか、いつも何時に寝て何時に起きるのかを数式によって導き出します。

リスク判断:行動パターンからの逸脱があれば全てアラームが鳴るわけではありません。リスクの緊急性も踏まえるように設計されています。緊急性が高いリスクとは、例えばいつもより家の外にいる時間が長い場合や、いつも座っているソファなどの家具に「今日は全くいない」などから判断されます。緊急性が低い(しかし重要な)リスクとは、十分な睡眠が取れていないなどの状況を検出した時に記録されます。

実験の結果、システムは概ね正しく機能した

研究者らは、設計したシステムが正しく機能するのかを検証するために、実際に2人の高齢者をモニターとして実験を行いました。1人は67歳の男性、もう1人は71歳の女性でした。実験期間は25日間で、それぞれ下図のようなレイアウトでセンサーが取り付けられました。

67歳男性のモニター宅に取り付けられたセンサーのレイアウト
71歳女性のモニター宅に取り付けられたセンサーのレイアウト

71歳女性の家は67歳男性の家に比べて大きかったので、センサー同士の距離が離れてしまい、計算上の工夫が多く必要でした。

25日間の実験によって、活動検出・行動認識・リスク判断の3つがそれぞれ機能したのかを検証したところ、下記のような結果になりました。

活動検出の結果:67歳男性の生活においては、全時間帯の44%で複数の人間が検出されました。実際、彼はアンケート上で「(基本的に)木曜日に掃除婦がくる」と回答していました。ただしシステムは木曜日以外にもまばらに他人を検出していました。
検出された人物の判別ができないことはシステムの限界の1つだと考えられます。例えば安全な来訪者なのか悪意をもった侵入者なのかは、このシステムは瞬時に判断がつきません。
71歳女性の場合は、全時間帯の80%で複数の人間が検出されました。この数字は、彼女のアンケート上での回答内容と一致していました。
この他には、外出や外泊のタイミングや日数についても、検出データとアンケートの回答内容はほとんど一致していました。

行動認識の結果:まず、家の中で複数の人間がいた場合は行動認識が実行されませんでした。71歳女性の場合は特に朝の時間帯はヘルパーが訪問していたため、朝のルーティーンを認識することが余りできませんでした。
行動認識が実行された時間帯においては、両者とも食事や入浴の行動に関して認識結果とアンケート回答内容がほとんど一致していました。ただし、67歳男性の場合は恋愛相手との時間が不規則に出現し、そのことにより理論上の行動パターンと現実の不一致がありました。
また、睡眠中の起床回数については認識結果とアンケート回答内容が一致するなどの成果がありました。ただし71歳女性の家では停電が起こった時間帯があり、その時間帯についてはセンサーデータが取れず認識を行うことができませんでした。
これらのことから、不規則な事象に対してはシステムはまだ得意ではないと考えることができます。

リスク判断:この25日間、モニターの2人には緊急性の高い危険は発生しませんでした。また、前半の期間において外出回数が少なかったため、行動パターンを導出するにはデータ数が心許ありませんでした。アラームを出すためには、しばらく生活データを取得しなければいけないというシステムの特徴が表れました。
さらに、倫理的な課題が浮き彫りになりました。67歳男性の入浴時間に関して異常を検知したシステムがアラームを発動しましたが、実際は危険が発生したわけではありませんでした。そして彼は、実際には入浴中に何があったのかを語りたがらなかったのです。リスクを判断したからといって、他人が介入してもいい範囲には限界があるのかもしれません。

今後の可能性

研究者らは、今回開発したシステムは一人暮らしの高齢者はもとより高齢者ではない独居世帯でも活躍するのではないかとしています。
今回2人のみのモニターによって実験が行われましたが、(家のサイズなどをはじめ)大きく特徴の異なる両者に対して概ねシステムが機能したことから、システムの多様性が証明されたともしています。

さらに家の中に1人きりでいる時間に対してデータの抽出と行動パターンの認識を実行するため、システムがシンプルとなることも利点だと捉えています。

課題

現時点での課題としては、食事を認識する上でモニターが「食卓についているか否か」のみを判断材料としているため、実際に食べ物を口に運んでいるかどうかをチェックできてはいないことが挙げられました。
また、もしも家の中に大型のペットがいた場合はセンサー検出データから「2人目の人がいる」と判断されてしまいます。ペットを特別に認識するセンサーと連携する必要があります。
さらに繰り返しになりますが、モニターの不規則な活動・行動に対してはシステムはまだ柔軟に対応できているとは言えません。AIの調整を継続的に行うことで、改善する必要があるとのことです。

ただ現時点での課題を差し引いても、このシステム設計は多くのメリットを与えると結論付けています。何より、プライバシーがほぼ完全に守られた状態で安全が管理されることが大きいでしょう。

まとめ

本記事では、高齢者の独居(一人暮らし)世帯が増えている現状と、独居高齢者の健康・安全を守るテクノロジーの最新研究事例を紹介しました。

現代での介護事業と言えば、老人ホームや訪問介護サービスが主な事例かと思います。今回のお話のように高齢者が自宅にいながらにして手厚い介護や安全管理を受けられるほどにテクノロジーが進歩すると、介護事業もハイテク化していくかもしれませんね。

他の研究事例なども見ながら、ぜひ今後の介護に考えを巡らせてみてください。

参考▶︎在宅介護の見守りAIが高齢者の救急搬送を防ぐ スマートフォンを活用

参考▶︎介護士の仕事効率を改善し、離職を防ぐ センサー型見守りツールをAppで管理する最新テクノロジー

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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