この記事では、ウェアラブルデバイスとAIを用いた幼児のストレスチェック技術についての研究を紹介します。
さて、みなさん。日常でストレスを感じることはありますか?
▶︎ はい
いいえ
「はい」と答えた人の中には、もしかすると「周りにそれを気づいて欲しい」と願っている人もいることでしょう。
ストレスは目に見えません。仮に目に見えた形ー例えば行動にあらわれたとしても、看過されるのはよくあることです。
はい
▶︎ いいえ
また「いいえ」と答える人の中には、自分の中にあるストレスに自分自身が気づいていないこともあります。「最近、眠りが浅い。どうしてか分からない」という人はいませんか?
いずれのケースにしても共通するのは、「客観的な形でストレスが表示されたら助かる」ということです。
さて、言語能力が長けて身体が頑丈な大人と比べて、幼児はもっとリスクを抱えています。
そんなわけで、今日のテーマは「幼児のストレスとAI」です。
この記事の要点
- 幼児の安全を確保するためのモニタリング技術が求められている
- 体の信号からストレスを測る技術が開発された
- 高い精度が認められた
保育にかかわる方も、介護にかかわる方も、そうでない方も、ストレスについて関心がある方はお読みください。
こどもの安全を守れ
耳を塞ぎたくなる話かもしれませんが、国内の児童虐待相談の件数は増加傾向にあります(厚生労働省「令和元年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数」より)。
2019年では、相談の過半数(56.3%)が「心理的虐待」で、これが最も多い虐待として報告されています。また、次いで多かったのが「身体的虐待」で、25.4%でした。
ひとりで生活することが難しく、心身ともに未熟な幼児の安全を守るためには、リアルタイムに見守るすることが有効です。見守る技術といえば、監視カメラがまず思いつくでしょう。監視カメラは動きや音声しか捉えられず、またリアルタイムとなると画面をチェックし続けることが大変です。
現在、その分野の技術で注目されておるのは、ウェアラブルデバイス(以下ウェアラブル)です。

ウェアラブルといえば、認知症の検出でも注目されています。ケア業界での用途が色々と期待できそうな技術ですね。
ウェアラブルの利点とAIの活用意図
現在の技術的水準のウェアラブルを用いる利点を整理してみます。
- 幼児が密集している状況でも、個人を特定できる
- 体の目立たない場所に取り付けられる
- ストレスを検出するために十分な信号を体から受信できる
これらの利点があるため、過去にウェアラブルを用いた幼児のストレス検出の研究は行われてきました。しかし、現場での普及にはまだ至っていません。研究では様々な条件が綿密に設定され、実世界とは異なる環境で使用されることが多かったようです。
そんな中、今回紹介する技術の研究者Yerim Choiたちは、音声と心拍数の両方に対して機械学習(AI技術の一種)を用いることで、実世界をイメージした技術のパフォーマンスを測ることにしたようです。
★この記事で参照している科学論文の情報
著者:Yerim Choi, Yu-Mi Jeon, Lin Wang, Kwanho Kim
タイトル:A Biological Signal-Based Stress Monitoring Framework for Children Using Wearable Devices
URL:doi.org/10.3390/s17091936
アイデアの実現
イメージしてみてください。保育園の幼児がウェアラブルをつけることで、子どもの不安やストレスが確認できる様子を。
「なかなかイメージできない…」という方もいそうですね。
下の図を見てみましょう。研究者らは、まず、このアイデアをフレームワークに落とし込みました。

こどもと親が離れていても、インターネットを経由してウェアラブル端末が拾ったデータを分析し、ストレスを警告してくれる流れですね。警告を受け取る人は「親」と書いてありますが、「保育士」や「園長」であってもよいかと思います。
次に彼らは、この仕組みが機能するような端末とソフトウェアを開発しました。
研究者が端末まで製作するケースはどちらかというと稀ですが、彼らはプロトタイプを自ら作ったようです。
その外観および内観を見てみましょう。

外観はよくある腕時計型で、中には心拍センサーと音センサーが組まれています。
単純な作りですが、「既存の高価な端末ではなく、最低限これだけあればOK」という工業的な示唆も与えてくれています。
たとえ自閉症の幼児でも
ウェアラブルで受け取った「音声」や「心拍」のデータを分析する際には、機械学習(AI技術の一つ)が用いられました。

2パターン(通常の状態とストレス状態)における幼児の音声データから、それぞれの特徴をあぶりだし、AIに学ばせるという手法です。
学ばせるプロセスにおいても、いくつかのテクニックを比較して、最も優れたやり方を採用しました。
なお、この研究では、「ストレス状態=子供が泣いている状態」として進めたようです。つまり「泣き声に気づくAI」を作ってみたというわけですね。
最終的に、ストレスの検出精度は90%程度まで上げることができました。
また、音声データと心拍データの(片方ではなく)両方を分析したほうが、精度が上がることも分かりました。
心拍は幼児本人にコントロールできるものではありませんが、音声は個人差がありそうですね。たとえば、感情を声に出さないタイプの幼児よりは、感情を声によく表すタイプの幼児のほうがストレスが検出しやすいと言えます。
従来のストレス検出の技術に対してこの技術が優れていた点は、まとめると以下の3点でした。
- 音声データだけでなく心拍データを取得することにより、騒がしい環境でも、本人のデータを識別できる
- 心拍データのみでも一定の精度があるため、自閉症など音声データが取りにくい場合でも対応可能
- 必要な機器は、リストバンドのみ
今後は、加速度データや、皮膚の電気信号なども加味して、より精度の高い検出を目指すそうです。
以上が研究紹介でした。この研究は韓国で行われたものなので、日本人の幼児ではどうなのか、今後の展開が気になるところです。
「ウェアラブルをこどもに着けるのって安全なのかな」と不安になる方もいるかもしれませんが、腕時計を着ける感覚で着けると考えれば、あまり違和感もないのではないですか?
テクノロジーとプライバシー
安全の観点でいえば、プライバシーの問題が気になる人もいることでしょう。たしかに、IT化が進む中、ハッカーが増えてきているのも事実です。
ウェアラブルで個人情報が取得され、それが外部に漏れはしないか。この問いに対しては、「できるだけ漏れないようにする」という他ありません。
そのようなリスクを差し引いても、今回紹介したような技術を使用するメリットは大きいといえます。

考えられるリスクに最大限の対策を行いながら、未来に向かって挑戦していきたいですね!
