ふと、優しさって何でしょうか。
大事なもののはずなのに、形がはっきりしていませんよね。
辞書で調べてみると、「他人に対して思いやりがあること」と書いてあります。
なるほど、他人の存在があってこそ、優しさは存在するのかもしれません。
ただ、思いやりを持っているつもりであったり、優しいつもりであっても、相手に伝わっていなければ、それは認められないことでしょう。
そして、しっかり伝えるためには、相応のスキルが必要になります。
さて、介護においては、優しさを伝える介護スキルというものが確かにあるそうです。
今日のテーマは「優しい介護スキルとAI」です。
この記事の要点
- 「ユマニチュード」は注目の新しい技法。
- 京都大学の研究チームが、評価AIを開発。
- 優れた機能をもつAIができたが、今後の課題もあり。
目次
優しさを伝える介護技法「ユマニチュード」
介護士が専門的な職業といわれる理由には、彼らが介護スキルを持つことが挙げられます。もちろん、高齢者に関する知識や、介護施設・機器の使い方を知っていることも特徴ですが、特にスキルは一朝一夕で得られるものではありません。
スキルは、誰もが我流であるはずはなく、技法の体系が存在します。
介護技法のひとつに、「ユマニチュード」があります。それは、冒頭で触れたように、優しさを伝える介護の技法です。1979年、フランスで生まれました。「見る」「話す」「触れる」「立つ」を4つの柱としています。「あなたは私にとって大切な存在です」と相手に伝わること、ケアをする人とケアを受ける人とが良い関係を築くことが目的です。

ちなみに、「ユマニチュードって、不思議な響きだな」と思われるかもしれません。ヒューマニチュードという呼び方をすることもありますが、本来はHumanitudeと書きます。人間を意味するHumanと、性質を意味する-itudeが合体している言葉ですね!「人間らしさを取り戻す」というフランス語らしいです。
日常的には使わない言葉なので、知らない方が大半かもしれません。しかし2015年、ユマニチュード研修が日本でスタートし、2019年には「日本ユマニチュード学会」が設立されるなど、近年導入が進んでいます。

京都大学の中澤篤志ら研究者は、この優しさを伝える介護技法のユマニチュードを体得することが介護士にとって、および被介護者にとって有益なものであると考えました。
そこで、画像認識を得意とするAIの技術によって、介護士がユマニチュードをどれほどの習熟度で体得しているのかを評価する取り組みをしているようです。
介護士をエンパワーしたい
中澤篤志ら研究者は研究報告の中で、以下のように述べています。
認知症の方々をケアする介護士の困難を軽くする方法には2つのアプローチがある。一つは、被介護者に対して、認知症を遅らせる治療を行うこと。もう一つは、過酷な労働による燃え尽きを防ぐことだ。
要するに、有効なスキルを介護士に与えることによって、労働そのものを楽にしたいという考えのようです。
そこで白羽の矢が立ったのがユマニチュードであり、体得を助けるテクノロジーとしてのAIだったのです。
★この記事で参照している科学論文の情報
著者:Atsushi Nakazawa, Yu Mitsuzumi, Yuki Watanabe, Ryo Kurazume, Sakiko Yoshikawa, Miwako Honda
タイトル:First-person Video Analysis for Evaluating Skill Level in the Humanitude Tender-Care Technique
URL:doi.org/10.1007/s10846-019-01052-8
「見る」技術に注目
ユマニチュードにおける重要な柱の一つは、「見る」でした。それは分解すると、次の3つの要素になります。
- 顔と顔の距離
- 顔のポーズ(向き)
- アイコンタクト
研究者らは、これらの要素について、介護士がユマニチュードに沿ったケアをできているのかを解析するために、AIの技術を用いました。
(ユマニチュード全体には4つの柱がありますが、今回は「見る」技術に注目した研究です。)
「見る」技術を評価するAI
AIの技術の基本は、「データ」「学習」「適用」の3つのステップです。
例えば、アイコンタクトを判断するAIを作るには、以下のような2つのパターンの画像をデータとして用意し、AIの学習を行い、実際のテストに適用する必要があります。
- アイコンタクトをしている時の画像
- 目をそらしている(アイコンタクトをしていない)時の画像
ユニークなことに、現代では、YouTubeから得られるデータがAIの学習にかなり有用だそうです。下の図が、今回使われたデータの例です。有名な方々の顔もありますね。

これらのデータから、AIが「ふむふむ、アイコンタクトをしているな」「アイコンタクトができていないな」などと判断するようになるわけですね。

アイコンタクトは双方の目が合っている状態で成り立つので、被介護者側の目線もしっかり把握できるようにプログラムしていきます。
すると、85%の精度で、アイコンタクトしているかそうでないかを判定することができるようになったとのことです。
すべての行動がメッセージを持つ
開発されたのは、アイコンタクトの評価AIだけではありません。顔と顔の距離や、顔のポーズ(向き)などに関しても認識することができました。それをもって、ユマニチュードの上級者と、中級者と、初心者を比較することができます。
ちなみに、上級者ほど、以下のような特徴を持っています。
- 近距離
- アイコンタクトを保つ
- 被介護者の顔と同じ角度に顔を保つ
「すべての行動が、非言語であっても、メッセージを持つ」というのが、ユマニチュードの教えなのだそうです。
非言語的な領域は、言語を操って思考するわれわれ人間にとっては、評価しづらいことです。AIの技術で補うことができるようになるのは、非常に素晴らしいことですね。
まだ道の途上

実際のところ、この研究報告は、まだ道の途上にあります。研究者たちとしては、プロジェクトのスタート地点としての意味合いで考えて欲しいと述べています。次のステップとしては、今回の技術の精度を高めることもありますが、
- 見つめること(凝視)
- 会話
- 触れること
これらの観点でも、検出・分析できるようになることが必要だとしています。
応援したいですね!
さて、今回の話は、介護に特化した「優しさを伝える技法」と、それを評価するAIの話でした。AIと介護が結びつくのも遠くない話かもしれません。
介護士の燃え尽きを防ぐことが研究目的の一つでしたが、AIを活用することでこうした技術をよりしっかりと体得できれば、多くの人が優しい介護を受けられるようになりますね。
また「優しさが伝わることの重要さ」や「体得を支えるテクノロジーの重要さ」は、根本的には、あらゆる場面に通じるものがありそうです。もし何か新しいアイデアを思いつくことがあれば、ぜひ周りの人々に共有してみてくださいね!
おまけ
記事の途中で紹介した、日本ユマニチュード学会の公開している動画で、ユマニチュードのことをもう少し詳しく知ることができます。関心があるかたは、こうした資料からも学んでみてはいかがでしょうか。
