介護士の仕事効率を改善し、離職を防ぐ センサー型見守りツールをAppで管理する最新テクノロジー

介護士の仕事効率を改善し、離職を防ぐ センサー型見守りツールをAppで管理する最新テクノロジー

最終更新日 2022.11.24

この記事では、センサーを活用して介護士の仕事を効率化する最新テクノロジーについてご紹介します。

介護現場は多忙 ICTで効率化したい

介護業界では、業務が複雑な上に人材不足のため現場が多忙です。多忙な現場を救うためには人材の供給も重要ですが、同時に仕事効率の向上も重要です。仕事効率が上がれば、時間外労働や深夜労働が少なくなることでスタッフのストレスが減り、離職件数を緩和することに繋がる可能性があります。

高齢者を見守るツールが普及

介護士の仕事効率を高め、ひいてはストレスを軽減するツールの代表例に、高齢者の見守りツールがあります。
介護の現場においては、介護士が常に高齢者の側にいるわけにはいきません。しかし、高齢者に体調異常や転倒などが起こったらすぐに駆けつける必要があります。そのため高齢者の状態異常を発見し介護士に通知する見守りツールが求められており、センサー型(ロボット型)などの見守りツールが開発・販売されています。

参考▶︎介護業務が楽になる見守りロボットとは 種類・導入効果・利用者の声

現場での活用にはまだ課題あり

センサー型の見守りツールなどが介護士の仕事を効率化するのに役立つという判断で、国からはICTツールの導入に関する助成金が出され、企業は助成金などを活用しながら実際に現場での導入を進めています。

参考▶︎介護関連のICT補助金事業を国と自治体に分けて紹介

ただ介護事業所にはICTのプロフェッショナルが必ずしもいるわけではなく、介護スタッフがICTに不慣れながらも各ツールを何とか使いこなそうと奮闘しているのが実情です。それでもICTツールの導入が功を奏して、仕事の効率化が実現しているケースも報道されています。

参考▶︎ICTを活用した介護事業所に与えられるメリット【実際の8事例を元に解説】

今後は、介護ICTツールの種類もますます増え、それに伴い現場ではICTツールを上手に使いこなすノウハウの蓄積が必要になってきます。

研究事例 タブレットアプリでセンサー型見守りツールからの情報を管理

介護現場におけるICTツール活用の煩雑さを解決する手段を研究している大学の研究グループがあります。
下記では、彼らの最新の研究成果を紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Simon Klakegg, Kennedy Opoku Asare, Niels van Berkel, Aku Visuri, Eija Ferreira, Simo Hosio, Jorge Goncalves, Hanna-Leena Huttunen & Denzil Ferreira
タイトル:CARE: Context-awareness for elderly care
URL:doi.org/10.1007/s12553-020-00512-8

ノルウェイのUniversity of Ouluに所属するSimon Klakeggら研究者は、(Android)タブレットアプリケーションを利用することで介護士がセンサー由来の情報を一括管理できるシステムを研究しました。そうすることで、現場のスタッフが効率的に高齢者の健康状態を把握・共有することができるというコンセプトです。なお、アプリケーションを含むシステム全体の名称は「CARE」と名付けられました(以下CAREと呼ぶ)。

研究全体としては、以下が目標とされました。

  • センサー機器を高齢者および介護士の邪魔にならないように張り巡らせる方法を模索する
  • 2ヶ月にわたる実証実験によりCAREを評価する
  • テクノロジーが介護現場をいかに救うか考察する

施設内にいる高齢者をデータドリブンで見守る

※データドリブン・・・勘や経験ではなく、数字等のデータ(情報)を基にするという意。考え方や方法、技術に対して装飾することが多い言葉。

下図は、研究者らが設計したアプリケーションの操作画面イメージです。

アプリケーションの操作画面イメージ
アプリケーションの操作画面イメージ

CAREでは、以下のような情報を知ることができます(それぞれ、上図の左・中・右を参照)。

  • 施設内高齢者のケアニーズ一覧(左):施設に住む高齢者の一覧と、それぞれの高齢者に関する注意が必要な介護指標
  • 各高齢者個人に関する詳細なステータス(中):医療的な情報(健康記録やアレルギー)、家族の情報(家族の名前や電話番号)および性格の情報(物の好き嫌いなど)
  • 各高齢者個人に関するセンサーデータの履歴(右):センサー機器によって取得された健康に関するデータ履歴(長期的な時間軸で表示)

センサー機器類は日常用品に設置

下図は、CAREで管理するデータを集めるためのセンサー機器や通信モジュールの配置イメージです。

センサー等配置位置イメージ

センサー類はベッド、靴、車椅子や杖などに取り付けられました。
一部の高齢者は物を動かしたり壊したりするため、センサーが取り付けられないエリアもありました。

センサー設置の様子
実際に設置されたセンサー類の様子

センサー類は耐久性があり長寿命バッテリーのものが選ばれました。メンテナンスが原因で介護士のワークフローを邪魔しないようにするためです。

まずはデータ収集が必要

センサー機器によって収集されたデータは下記の種類のもので、それぞれ時系列順に記録されました。

  • 高齢者の位置
  • スタッフと高齢者の距離
  • 特定の高齢者同士が共に過ごした時間の長さ
  • 身体活動(運動量)
  • ベッドで過ごす時間
  • スタッフ同士で共有される事項に関するデータ(高齢者の食欲、健康、気分)

なお、最後の項目「スタッフ同士で共有される事項に関するデータ」に関してはスタッフがタブレットに情報入力することで溜まっていくデータです。

CAREを適切に評価するためには、ある程度長い期間データを収集し、そのあと実際にCAREをユーザーに使用してもらう必要がありました。そのため、まずは1ヶ月にわたりデータ収集のみが行われ、2ヶ月目からCARE(がインストールされたタブレット)がスタッフに配られました。
2ヶ月目もデータ収集は継続的に行われ、最終的に2ヶ月間が経った頃にはデータ数は2億6,000万行になっていました。

ツールなしでは気が付けなかった事実を把握

介護とテクノロジー

1ヶ月のユーザー体験を終えて、合計8人のスタッフ(年齢は26〜56歳、男女比1:7)からCAREに関する評価が以下のように寄せられました。

システムの使いやすさについて寄せられたフィードバック

  • シンプルで使いやすい
  • 驚くほど情報が手に入る
  • 情報入力用のタブレットを忘れずに持ち運ぶのが難しいが段々慣れていった
  • センサーは日用品に取り付けてあるため忘れる心配がなかった

後半の2点は、新しいツールに現場が馴染むためには時間が必要であることを表していました。

テクノロジーを使用することに対するフィードバック

  • 引き継ぎ(申し送り)の質がより良いものになった
  • 会議に欠席した介護士が情報をキャッチアップすることが容易になった
  • 連絡が欠けた情報もアプリを通して全員が知ることができた
  • データを基にして高齢者の変化に気づくことができる

高齢者との関わりについてのフィードバック

  • ほとんどの時間を自室で過ごす高齢者とスタッフが接する時間がいかに短いかを知って驚いた
  • 高齢者の食欲、健康、気分がどのように変動するのかを知る機会となり興味深かった
  • 高齢者の気分に関する長期的で緩やかな変化は、このようなツールなしでは気付けない可能性がある

技術はスタッフの仕事を助け、介護の質を向上させる

介護士とテクノロジー

実験を終えて研究者らが結論付けたところによると、概してCAREは利点に富んでいました。

CAREのようにデータを統合的に管理するシステムであれば、タブレットを確認するだけで迅速にデータを見ることができます。時々、センサーデータとの通信が途切れているなどのトラブルはありましたが、その問題はすぐに解決されるものでした。

さらに収集されたデータはビッグデータとして分析に応用することができます。高齢者の様々な傾向をデータから読み取って、介護の質をより良いものにできる効果が見込めます。

また、システムで記録されたデータを皆で共有することにより、引き継ぎなどをはじめとするスタッフの仕事が簡略化・効率化されます。見守りツールを使用するために既存のワークフローを無理やり変える必要はなく、必要なことはタブレットを持ち運ぶだけです。多忙によってケアの質が低下してしまうこともある介護の現場をICTツールで救える可能性を示唆しました。

なお、今回の研究で収集されたデータについては、分析手法と共に下記のURLで技術者向けに公開されています。

github.com/sklakegg/Estimote-Analysis-R

まとめ

現場を変えるテクノロジーに対する期待感は様々な業界で醸成されつつあり、色々な企業がそれぞれの形で製品を作り上げています。ただし、テクノロジーを使用するスタッフの気持ちに立つと、様々なツールを使いこなすのは骨が折れる作業です。今回紹介したような、「使いやすさ」に目を向けた研究は重要ではないでしょうか。

また、スタッフ間のデータ共有が緻密で分かりやすくなることにより、ケアの効率だけでなく質の向上も実現するであろうことは注目に値します。
例えば今回の研究では、調査結果を踏まえて「自室で時間を多く過ごす高齢者により多くのケアの時間を使うために、ワークフロー全体を見直す必要がある」との議論にまで至りました。様々なアンケートで、スタッフは「もっと入居者(患者)に時間を使いたい」と答えていますが、今回「どのような患者に時間をつかうべきか」仮説が出ています。

テクノロジーを有効に使えば、介護士の仕事の多くが効率化され、引いては離職を防止することにもつながり、さらにはケアの質が向上する可能性があります。今後のICT活用に注目していきましょう。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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