高齢ドライバーの「運転事故リスクを予測する技術」スマートスピーカーによる音声アシスタントを活用 IBMと筑波大学が共同で研究

高齢ドライバーの「運転事故リスクを予測する技術」スマートスピーカーによる音声アシスタントを活用 IBMと筑波大学が共同で研究

この記事では、国内で研究が行われている高齢ドライバーの事故リスク予測技術についてご紹介します。

高齢ドライバーの認知機能と事故リスク

高齢ドライバーは自動車事故に巻き込まれるリスクが他の年代に比べて高く、また事故に遭った際に重傷を負うことも多いため、高齢ドライバーの交通事故は社会問題と考えられています。
高齢ドライバーの運転事故原因の一つは認知機能の低下だと言われています。特に「視覚的注意」「短期記憶」「実行機能」などの認知能力が運転の安全性と関係しています。

「短期記憶」の関連記事はこちら▶︎
高齢者の認知機能に重要な「作業記憶」を改善するARゲームが開発されている
リズムゲームのeスポーツで高齢者の認知能力は向上する

高齢ドライバーによる死亡事故を人的要因で比較すると、75歳以上の「運転操作不適(運転操作を誤る)」の割合は75歳未満と比べて3倍近く多くなっています(※)。このことからも、交通状況を正しく認識・判断・操作する機能が低下した結果、重大な事故が起きていると考えられます。

※参考:警視庁「令和3年における交通事故の発生状況等について

音声アシスタントと高齢者の会話をAIで分析

従来の認知機能のテスト結果をもとに高齢ドライバーの事故リスクを予測することは(ある程度)可能ですが、日常的に取得できるデータを参考にできればより効率的です。

IBMと筑波大学の研究者らは、日常生活の中で取得できるデータとして「発話」データがあると考えました。
人が発話するとき、「注意」「記憶」「実行機能」などの認知能力が関与していることが知られています。日常的に発話データを取得して分析すれば認知機能の変化に気づきやすく、運転事故のリスクを予測して高齢者の安全を更に守れる可能性があります。

近年ではスマートスピーカーデバイスや音声アシスタント(「Googleアシスタント」、Appleの「Siri」、Amazonの「Alexa」など)が普及しています。音声アシスタントに対する人々の関心は高く、彼らが音声アシスタントと会話することへの心理的障壁は無くなってきています。これまでにも音声アシスタントとの会話データから高齢者の健康状態を分析する研究は複数行われており、成果も上がっています。

上記の背景から研究者らは、音声アシスタントとの会話から高齢者の発話データを取得し分析することで、運転事故リスクを予測することは可能か実験で検証を行いました。

参照する科学論文の情報
著者:Yasunori Yamada, Kaoru Shinkawa, Masatomo Kobayashi, Hironobu Takagi, Miyuki Nemoto, Kiyotaka Nemoto, Tetsuaki Arai
機関(国):IBM Research(日本)、筑波大学病院(日本)、筑波大学医学部(日本)
タイトル:Using Speech Data From Interactions With a Voice Assistant to Predict the Risk of Future Accidents for Older Drivers: Prospective Cohort Study
URL:10.2196/27667

iPadで音声アシスタントと会話

被験者は61〜80歳の高齢者71人で、うち38人が女性でした。音声アシスタントと彼らの会話による発話データ取得後、1年半後に事故の有無について追跡調査が行われる段取りでした。ただし、追跡調査に同意したのは60人でした。全員に関して、重篤な疾患(精神疾患を含む)や障害はありませんでした。

高齢者らは、音声アシスタントと下記3種類のタスクを実行するシナリオで会話を行いました。

  1. 明日の天気を訪ねる
  2. 映画のチケットを予約する
  3. スケジュールを設定する

どのタスクも、まず音声アシスタント側からの「何がお手伝いできますか?」という問いかけからスタートし、タスクを進めるために必要な質問が展開される流れでした。3つのタスクで合計22の質問が高齢者に投げかけられました。
音声アシスタントの媒体(スマートスピーカー)として機能した端末はAppleのiPad Air2で、高齢者は実験中タブレットの前に座って会話を行いました。

高齢者がスマートスピーカーと会話する様子

上記の会話で得られた高齢者の発話データから、次の音声的特徴が抽出されました。

  • 音響の特徴(音の周波数や揺らぎ)
  • 発話速度
  • ピッチの変動性
  • 発声時間
  • タスクを完了するために必要な音素の数
  • 応答時間
  • 合計休止時間
  • 長い休止の有無(0.8秒よりも長い)

上記の音声的特徴に対して、のちにAIと統計手法によって事故との関連性が調べられました。

また今回、発話データによる認知機能テスト法を評価するために、従来の認知機能テストも行われました。実施された従来の認知機能テストは一般的なもので、以下の項目で調査されるものでした。

  • 年齢
  • 性別
  • 教育(学習)歴
  • 神経心理学的検査スコア(精神状態や論理的記憶力、エピソード記憶、実行機能、注意力など)
  • 臨床スコア (老年性うつ病、脳萎縮の規模と重症度)

上記の認知機能テストの結果(認知評価スコア)も、発話データと同様に、事故との関連性を調べるために使用されました。

1年半後、事故にあったドライバーには共通点があった

1年半後、追跡調査対象の高齢者60人のうち2人が自動車事故に遭い、23人が自動車事故に近い経験をしたことを報告しました。また1人は事故と事故に近い経験の両方を報告しました。

1年半前に収集された高齢者らの音声的特徴データが、事故の有無との関係性の観点からAIと統計手法によって分析されました。分析の結果、事故または事故に近い経験をした人は「発話速度が遅い」と「揺らぎがある」、「応答時間が長い」、「長い休止が起こる」という傾向があることが示されました。
また、音声的特徴をもとに将来的に事故が起こることを予測するシステムを構築したところ、予測精度は81.7%でした。

従来の認知機能テストから得られた認知評価スコアから事故を予測するシステムは、予測精度が75%でした。そのため、従来のテストよりも発話データ分析のほうが精度が6.7%高いという結果でした。
なお、両方を合わせて事故を予測するシステムを作成すると、予測精度が88.3%まで上昇しました。

以上の結果から研究者らは、「日常生活で収集可能な発話データを使用することで、自動車事故のリスクを予測できる可能性がある」と結論づけました。
さらに研究者らは、近年普及し始めている自動運転車に関して、ドライバーの認知能力の個人差を考慮することの重要性が示唆されていることに言及しています。将来的には自動運転車におけるソフトのパフォーマンスを向上させるために高齢者の発話データが有効に活用できるだろう、と展望を描いています。

まとめ

本記事では、国内で研究が行われている高齢ドライバーの事故リスク予測技術についてご紹介しました。

今回紹介したような技術がサービスとして普及することで、高齢者の事故をもっと未然に防ぐことができるようになると良いですね。ただし、高齢者から運転の機会を強引に取り上げてしまうような施策だけでは、本人のプライドを傷つけることにも繋がりかねません。運転を楽しみたい方の気持ちが満足するような工夫も同時に行っていきたいですね。

自動運転技術も盛んに研究開発が行われています。今後のテクノロジーの進化に期待していきましょう!

なおAIケアラボでは、リスクの予測に関して他にも研究事例を取り上げています。ぜひご覧ください!

「リスク予測」の関連記事▶︎
転倒リスク評価法TUG(タイムアップアンドゴー)テストがAIで進化する
認知症のリスクはAIの技術でわかる イラストテストの回答を分析し、約88%の精度
「せん妄」の早期発見は可能か AI技術で危険因子の分類に成功
高齢者の転倒リスクが少ない「安全な歩行ルート」を薦めるシステム 広島大学などが開発

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
フォローする