今日のテーマは「転倒」です。
どんな年齢であれ、「転倒」は恐ろしいものです。しかし、高齢者にとってはそれが深刻なリスクをもっています。
この記事の要点
今回も、先に要点を並べておきます。このような話題に身近な人にとっては、これだけでピンとくるものがあるかもしれません。
- 突発的な転倒は、死をも引き起こす。
- いわゆる「AI」の技術で、転倒を予測することが研究されている。
- 転倒にいたるまでの3段階すべての時系列で、高い性能を出すことに成功している。
こうして見ると、高齢者だけでなく、すべての年齢層にとって重要な技術だと思えてきますね。
★この記事で参照している科学論文の情報
著者:Xiaoqun Yu, Hai Qiu, Shuping Xiong
タイトル:A Novel Hybrid Deep Neural Network to Predict Pre-impact Fall for Older People Based on Wearable Inertial Sensors
URL:DOI
転倒を甘くみてはいけない
さて、このサイトをみている方は、普段から高齢者を気にかけているかと思うので、おそらく言わずもがなでしょう。
転倒は、高齢者にとって、想像以上に大きな災害としてリスクを孕んでいます。
調査によると、年間転倒率は、
- 65歳以上の高齢者で30%
- 85歳以上の高齢者では50%
に及んでいます。つまり、「ひどいことになるが、頻繁に起こる」ということです。
高齢者にとっては非死亡事故だけでなく、死亡事故の主要な原因ともなっています。
転倒と社会
転倒は、個人の問題ではありません。れっきとした、社会問題です。
年間医療費で考えてみましょう。
高齢者の転倒による年間医療費は、2015年以降、米国で313億ドルと推定されています。したがって、転倒を予防することができれば、他の医療問題に費やす余裕が生まれる可能性があります。
そんな状況下において、韓国科学技術院(KAIST)という韓国の大学のXiaoqun Yuら研究者たちは、転倒の「発生過程」に着目しました。
彼らは、コンピューターの力で、身体が地面に衝突する前に転倒を予測することを考えました。
さあ、その結果、なにがわかったのでしょうか。
リアルタイムな予測ができるように

結論から言えば、彼らの技術では、「リアルタイム」な転倒を、9割を超える正確さで予測できることがわかりました。
ここで、それまでの歴史をみてみます。
彼らの研究よりも前に、高齢者の転倒についてのコンピューターを使用した研究は行われています。
それらの多くは、
- 転倒後の状況を認識するシステムの研究
- ウェアラブルデバイスの研究
が主でした。
しかし、お気づきかと思いますが、これらは、「既に起こった転倒」をデータとして取得するものです。
それらのシステムから取られたデータを元につくられた転倒リスク評価ツールは、主に「1年以上の長期的な転倒リスク」を予測し、全体的なリスクを減らすことを目的としています。
突発的な転倒にはフォーカスが当てられていなかったということです。
というよりも、「突発的な転倒を防ぐことは難しい」と思われていました。
機械学習の方法を工夫
別の記事でも紹介した通り、機械学習とは、AI(人工知能)の一分野と言われています。
Xiaoqun Yuら研究者たちは、この機械学習の手法を工夫して、オリジナルの技術を組み立てることで、今回の課題に取り組みました。
オリジナルといっても、全ての材料を自分たちで用意したわけではありません。
世の中にある、「誰でも使って良いよ」という大量データのパッケージを使用したりと、他の研究者たちが残した財産を有効に活用しました。
具体的には、ウェアラブルセンサー(体の動きや加速を察知するセンサー)で取得した15種類の転倒タイプや、19種類の日常生活動作が含まれるデータセット(データのまとまり)である「SisFall」を使用しました。
この「SisFall」のような共有ツールのコンセプトは、皆で、力を合わせて、世の中を便利にしよう、というわけです。
日常でいうところの、銭湯の桶のようなものです。必要に応じて使える道具という認識でもいいかもしれません。
それらのデータから、
- 転倒していない状態
- 転倒の衝撃が起こる手前の状態
- 転倒する状態
この3段階を、9割を超える正確さで予測することが可能になりました。
この先に見えるもの
さて、以上の研究結果を聞いたあなたは、もしかしたらこんなことを思うかもしれません。
「なんだ、少しがっかり。もう、転倒を防ぐデバイスが出来たのかとおもったのに」
その「がっかり」は、実は重要です。なぜなら、今回のような研究が、そもそも行われていなかったなら、そのような期待は生まれなかったからです。そして、小さく見える成果が、忘れている間に大きな力をもつ製品に生まれ変わっていることが、よくあります。

そんなとき出来上がっているものは、今あなたが「こんなものあったらいいのに」と思った製品かもしれません。
研究成果がある以上、それは単なる空想ではないのです。
