日本の理化学研究所(以下、理研)などの研究者グループが、AIによって軽度認知障害を検出する技術を開発しています。この記事では、認知症を早期発見するメリットについて基本を見ながら、研究の内容についてお伝えします。
目次
認知症を早期発見するメリット

認知症の種類と軽度認知障害
認知症とは、脳の病気や障害などにより認知機能が低下し、日常生活に支障が出てくる状態のことです。
日本における65歳以上の認知症の人の数は2020年時点で約600万人と推計されており、2025年には高齢者(65歳以上)の約5人に1人が認知症になるとも予測されています(※)。今後、認知症に向けた取り組みはますます大事になっていきます。
認知症には主に以下のような種類があります。
- アルツハイマー型認知症:物忘れで発症することが多く、ゆっくりと脳の一部が萎縮する。
- 脳血管性認知症:脳出血などが原因で、一部の認知機能に障害が起こる。
- レビー小体型認知症:手足が震えたり歩幅が小刻みになって転びやすくなる。
- 前頭側頭型認知症:感情の抑制がきかなくなる、社会のルールを守れなくなる。
また、認知症のように日常生活に支障をきたすほどではなく、しかし記憶などの能力が低下しており、正常とも認知症ともいえない状態を軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)と言います。軽度認知障害の人の約半数は5年以内に認知症に移行すると言われています(※)。
※厚生労働省「みんなのメンタルヘルス > 認知症」より引用
なお、認知症と軽度認知障害については以下の記事でも取り上げています。
▶︎認知症は主に4種類|特徴的な症状と原因・治療法・その他の原因疾患を解説
治療効果の最大化、本人・家族の負担軽減
認知症を早期発見し、対応を行うことには、以下のようなメリットがあります。
- より適切な医療や介護を行うことに繋がる。
- 進行を食い止められる可能性が出てくる。
- 本人や家族への身体的、精神的、経済的な負担を減らせる。
- 将来的なプランを考える時間的な余裕が生まれる。
早期発見のためには、少しでも症状に気付いた際に早期受診を行うことが重要です。なお受診の結果「認知症だと思っていたが症状が似ている別の病気だった」というケースもありますが、別の病気だった場合においても、発見が早いほどその治療の精度が上がります。
なお、早期受診を行う必要性に気付くためには、認知症の初期症状をあらかじめ把握することも重要です。認知症の初期症状については以下の記事で取り上げています。
▶︎認知症の症状を理解しよう【初期症状・中核症状・周辺症状の違い】
また認知症のセルフチェックを含む各種検査に関しては以下の記事で取り上げています。
▶︎認知症を調べるスクリーニングテストと各種検査を解説 セルフテストも紹介
AIによる軽度認知障害の検出技術も研究されている

認知症の早期発見における課題とは
認知症の早期発見におけるメリットは上述の通りですが、現状では本人や家族が必ずしも自ら早期発見できるとは限りません。そのため、早期発見につながるノウハウの更なる確立やテクノロジーの発展および周囲環境の整備は非常に重要です。
認知症の早期発見・対応においては、とりわけ軽度認知障害の検出が役に立つと言われています。前述したように軽度認知障害の人は近い将来に高い確率で認知症を発症します。もし軽度認知障害の段階で早期発見することができれば、運動などの予防的活動を行うことで、認知症の進行を遅らせることが期待できます。
そのため、軽度認知障害の検出技術の向上が期待されています。
そんな中、日本の理研などの研究者グループがAI(機械学習)を用いた軽度認知障害の新しい検出技術を開発しています。
参照する科学論文の情報
著者:Tomasz M. Rutkowski, Masato S. Abe, Marcin Koculak and Mihoko Otake-Matsuura
機関(国):理研革新知能統合研究センター(AIP)(日本)、Jagiellonian University(ポーランド)
タイトル:Classifying Mild Cognitive Impairment from Behavioral Responses in Emotional Arousal and Valence Evaluation Task – AI Approach for Early Dementia Biomarker in Aging Societies –
URL:doi.org/10.1109/EMBC44109.2020.9175805
なお、認知症とAIに関する研究事例は以下の記事でも取り上げています。是非チェックしてみてください!
AI×センサー×行動・心理症状▶︎AIとセンサーで認知症高齢者の行動・心理症状を検出。韓国の研究グループが開発
AI×App×疼痛評価▶︎認知症高齢者の疼痛評価をAI表情分析で行うアプリ「PainChek」
AI×イラストテスト▶︎認知症のリスクはAIの技術でわかる イラストテストの回答を分析し、約88%の精度
ワーキングメモリによる検査をDX
研究者ら(ほとんどが理研の革新知能統合研究センター(AIP)に所属)の目的の一つは、社会のためにAIを如何に活用できるかを模索することでした。そこで研究者らは、現代社会で最も重要な課題である認知症の早期発見におけるAI活用に照準を定め研究を行いました。
彼らは軽度認知障害をコンピューターが識別できるようにするため、スマートフォンやタブレットで収集可能なデータをAI(機械学習)に読み込ませるアプローチをとりました。そのデータとは、個人のワーキングメモリテストにおけるスコアでした。
なお、ワーキングメモリとは作業や動作に必要な情報を一時的に記憶・処理する能力で、作業記憶とも呼びます。
ちなみに高齢者のワーキングメモリを鍛えるコンピュータゲームの研究事例は以下の記事で紹介しています。
ワーキングメモリテストはもともと高齢者の認知能力を測定する役割で活用されていますが、今回の研究はそのテスト方式をデジタル化(DX)し、さらにそのテストデータをAIに読み込ませることにより高い精度で軽度認知障害を検出する試みを行なっているのが新しい点でした。
データを学習させたAIの検出精度は約90%
AIに読み込ませるデータ元となるワーキングメモリテストの具体的な実験手順は以下の通りでした。なお、実験の参加者は軽度認知障害の人々と正常な認知状態の人々の両方を含んだ35人でした。
- 実験の参加者はマインドリーディングデータベース(※1)からランダムに選ばれた顔を閲覧します。顔は特定の感情を表現しています。
- 表示された顔に関する「感情価」と「覚醒度」(※2)のスコアを閲覧します。
- 1〜2のステップで覚えた顔と各スコアの組み合わせを入力します。
- 1〜3のステップを繰り返します。
※1:マインドリーディングデータベース・・・自閉症スペクトラム障害を持つ人々が感情を読み取る能力を育てるために開発された、特定の感情を表す顔と感情数値データの組み合わせデータベース。
※2:「感情価」と「覚醒度」・・・上記のデータベースにおける感情数値データ。共に心理学で用いられる。
上記のワーキングメモリテストの実験中のデータは全てAIの学習に使用され、実験の参加者のうち軽度認知障害の参加者と正常な認知状態の参加者を分類できるようにAIの調整が行われました。
結果、学習が完了したAIは約90%の精度で軽度認知障害を検出できるようになりました。
研究者らはこの精度に対して「信頼できる精度だ」とし、この技術が高齢者における認知症の早期発見に貢献すると結論付けています。一方で、近い将来に包括的なデータと更に精巧なAIを使用することで、分類性能を向上させたいとしています。
まとめ

この記事では、認知症を早期発見するメリットについて基本を見ながら、認知症を早期発見するための新しい研究についてお伝えしました。
紹介した研究は、日本の理研などの研究者グループによる、AIで軽度認知障害を検出する技術の開発に関するものでした。
今回の技術に関しては、軽度認知障害の分類精度が既に高い数値として出ていることから、社会実装に進むことも期待されます。
一方で、記事冒頭で紹介したように、認知症にはさまざまな種類があり、軽度認知障害以外の兆候を経て重篤な症状に進む場合もあります。今後、あらゆる種類の認知症における早期発見に役立つ技術が出てくることも予想されます。AIケアラボでは引き続きこのようなテーマでも研究の動向をウォッチしていきます。
国内でこのような革新的な技術の研究が進んでいることを知らない方も多いと思われますが、介護福祉分野では本当に多岐にわたるテーマで新しい研究が世界的に進んでいます。この記事でいくつか紹介した他の研究事例なども併せてチェックして、是非今後の介護福祉に光明を見出していただければと思います!
