この記事の要点
- 介護業界で起業する人が増えている
- なかでも介護事業の開業はハードルが高い(指定申請・有資格者の配置など)
- 介護関連事業は起業しやすいが経営・資金調達の策は考える必要あり
- 起業家が利用できる公的・民間のサポートをフル活用しよう
現在会社勤めをしている方の中には、自ら会社を起業しようと考えている方もいるのではないでしょうか。
日本では介護業界は成長分野だとされているため、介護業界での起業は他の業界に比べて成功しやすいと考える方が多いかもしれません。
介護業界で起業するときにはどのような手続きが必要になり、どんなサポートが得られるのでしょうか。
今回は介護業界での起業と、起業に際して得られるサポートについて解説します。
目次
介護業界で起業する人が増えている
介護そのものを提供する介護事業所の開業から介護テック等の介護関連事業の起業まで、介護業界で起業している人は増えています。
東京商工リサーチの調査によると、2020年に日本で新設された介護事業者の法人数は、前年2019年に対して10.3%多い2,746社でした。新型コロナウィルス感染症の流行の始まりにより2020年6月までは前年比を下回ったものの、7月以降は一転して増加しています。
今後、新型コロナウィルス感染症の流行が沈静化すれば、さらに開業者数は増加すると予想されます。
参考:東京商工リサーチ|2020年「老人福祉・介護事業者」新設法人調査
介護関連事業で起業したベンチャー企業も増加
介護施設や介護事業所ではなく、介護に関連する製品やサービスを提供する会社の起業も増加しています。
特に介護とテクノロジーを組み合わせた介護テック(ケアテック)の分野では、AIなどの最新技術を使った革新的なサービスを提供するベンチャー企業が続々と誕生しています。
介護関連のベンチャー企業については以下の記事でも詳しく紹介しています。
▶介護業界で活躍するベンチャー企業と出会うには? 魅力的なベンチャーを紹介
介護事業所の開業
介護事業所の開業は、介護施設の種類の違いや提供する介護サービスによって程度は違うものの、一般的な起業よりもハードルが高く設定されています。
まず介護事業の開業には、法人の設立が必須です。個人事業主やフリーランスでの営業は行えません。
また介護事業の運営拠点となる物件は、省令や条例で定められる指定基準や、さまざまな関連法規を満たす必要があります。
上記は厚生労働省が指定する通所介護施設の設置基準です。提供する介護サービスごとに基準は異なります。
介護事業所の運営には資格や申請が必要
法人を設立して基準を満たす拠点を準備した後にも、実際に介護事業所の運営を開始する前にはさまざまな条件を満たす必要があります。
介護事業所の開始には各自治体に指定申請を行わなければならず、さらに業務にあたっては規模に応じた有資格者の配置も必要になります。
参考:東京都福祉保健財団|新規に介護保険事業者として指定申請をお考えの方へ
介護事業開業コンサルティングへの相談もおすすめ
介護事業所を始めたいとする方は、介護事業所等の開業方法を熟知している開業コンサルティング会社に相談し、サポートを受けながら開業手続きを行うこともできます。
開業コンサルティングのサポートがなくても指定申請などの手続きは可能ですが、手続きの不備などにより手戻りを繰り返さなくてすみますので、間違いがないよう開業コンサルティングへ相談してもよいでしょう。
介護事業所の開業までの流れ
介護事業所を立ち上げるためには事前の準備が重要です。
ここでは、実際に介護事業所を開業するまでの手続きをご紹介します。
事業内容の決定・計画作成
まずは、介護保険のサービスの中からどの事業を運営するかを選定し、事業の開始時期を決めます。事業内容は通所介護(デイサービス)、訪問介護、施設介護などがあります。
サービス提供を予定している地域の地理的条件やニーズの情報収集・分析も進めておきます。
上記の準備を踏まえて、損益計画や資金繰り計画といった事業計画書を作成し、必要な人員や設備的要件、申請先行政機関を確認します。
法人格の取得もしくは目的変更
介護事業の営業許可は法人のみに与えられているため、法人格の取得が必要です。個人・個人事業主では介護事業の許可を取ることはできません。
介護事業所によく使われているのは、株式会社、合同会社、NPO法人、一般社団法人などです。
株式会社や合同会社は営利法人なので、事業で得た利益を構成員に分配することを目的としています。一方で、NPO法人や一般社団法人は非営利法人のため、利益は分配せず社会貢献活動に用いることとなっています。
それぞれの法人格によって設立に要する時間や費用はもちろんのこと、設立後の意思決定スピードや資金運用の方法が異なります。特徴を確認したうえで適切な法人格を選ぶようにしましょう。
なお、すでに法人格を取得している場合は、会社の事業目的にこれから実施する介護サービス名を入れ、定款変更と目的の変更登記を行います。
事務所の賃貸借契約・人員確保・備品準備
介護事業を実施するための事務所を準備します。介護事業を運営できることを証明するために、内部の広さや設備・備品の配置状況が分かる写真が必要になります。事務室は机や椅子などの備品もこの時に準備しておきましょう。
また、介護事業所の開設にはサービスの内容に応じて人員配置基準が設けられています。事業の種類や利用種類に応じ、定められた管理者や有資格者を採用し確保します。
介護事業者指定申請
事業を開始する地域を管轄する市もしくは都道府県に指定申請を行います。一般的には、実際に自治体が事業所に指定を出す「指定日」を毎月1日、その2カ月前の末日に書類提出期日を設けている自治体が多いようです。
なお、東京都など一部の自治体では指定日の原則3カ月前ごろに「指定前研修」の受講が組み込まれています。指定前研修とは、申請する事業所の管理者または法人代表者が対象となっており、法令遵守や適切なサービス提供に関する事項、申請のための注意について講習を受けるものです。また、通所介護など一部のサービスは、指定申請前に自治体との事前協議が必要です。
詳細な申請スケジュールや受付窓口については、各自治体のページをご覧ください。
書類作成・ソフト導入
指定申請から開業までの間に事業所内外向けに使用する書類を準備をしておきましょう。例えば、利用者とのサービス契約締結時に用いる重要事項説明書、社内規定やマニュアル、従業員の採用・保険・給与に関わる準備は早めに進めておくと安心ですね。
介護事業所の開業
原則毎月1日の、自治体からの指定を受けた日に事業を開始することができます。
介護関連事業の起業
介護施設や介護事業所等の開業ではなく、介護テックなどの関連事業を行うために起業したい方もいるでしょう。
介護関連事業の起業は、介護事業所の開業のように必要な条件はありません。
近年はリモート・テレワークでの業務も盛んになっていますから、特に事業所を用意しなくても自宅等で仕事が可能です。
起業コストを削減したい起業家にとってみれば、最近のテレワーク普及は起業の後押しにもなるでしょう。
資格等は必要ないが経営と資金調達は要検討
介護関連事業の起業は個人事業主でも可能ですし、事業運営に必要な資格を除き必須資格も存在しません。
介護事業の開始に必要な指定申請なども不要です。
ただし、そのような起業であっても、会社を軌道にのせるためには経営面の努力と資金調達の手段は十分に検討しておく必要があります。
介護業界で起業するときに得られるサポート
介護事業・介護関連事業ともに新規事業を開始したい起業家が得られるサポートを紹介します。
公的支援のひとつとして、中小企業庁が主体となって行っている起業家向けサポートは以下の9種類です。
研修・セミナー等
これから会社を創業しようとする起業家に対して、創業に関する基礎知識やビジネスプランの立て方などに関する研修や講座を開催しています。
- 都道府県等中小企業支援センターによる創業セミナー
- 商工会・商工会議所による創業講座
- 全国商工会連合会(全国連)・日本商工会議所(日商)による創業塾、他
また、すでに起業した方に対しても講演会や公開討論会等が全国で開催されています。
経営支援体制
全国に8箇所ある中小企業・ベンチャー総合支援センターでは、資金・技術面での支援や経営・財務・法務等の相談を受け付けています。
また地域中小企業支援センターは全国に260箇所あり、創業予定者や地域の中小企業経営者が、いろいろな経営上の悩みを気軽に相談できる身近な支援拠点になっています。
マッチング支援
中小企業基盤整備機構は自治体の産業支援センターなどと連携してベンチャープラザ・ベンチャーフェアなどを開催し、販路開拓やビジネスパートナーとのマッチングを支援するための出会いの場を設けています。
融資
条件を満たすことで金融機関や自治体の融資を受けることもできます。
例えば、日本政策金融公庫には無担保、無保証人で利用できる「新創業融資制度」があります。
利用できるのは、新たに事業を始める方または事業開始後税務申告を2期終えていない方です。新たに事業を始める方、または事業開始後税務申告を1期終えていない方は、創業時において創業資金総額の10分の1以上の自己資金を確認できることが要件です。
融資限度額は3,000万円(うち運転資金1,500万円)となっています。
民間ローンよりも比較的低利息で事業資金が借りられるため、事業開始時に設備投資などが必要な起業家が利用しています。
自治体の融資制度については各自治体のページをご確認ください。
信用保証
融資の借入に際して信用保証が必要な際に、信用保証協会が債務保証を請け負う制度もあります。
信用保証協会の信用保証制度を利用するためには、サービス業であれば資本金5,000万円以下または従業員数100人以下のいずれかを満たしている必要があります。また、業種や事業を営む区域・業歴に関しても条件があります。詳しくは全国信用保証協会連合会のページをご覧ください。
参考:一般社団法人 全国信用保証協会連合会 | 初めての融資と信用保証
出資等
都道府県のベンチャー財団がベンチャーキャピタルや金融会社・個人的なエンジェル投資家などの支援をし、ベンチャーの資金調達を後押ししています。
ただし、中にはベンチャー財団による資金調達支援を行っていない都道府県もあるため、あらかじめ確認が必要です。
助成金
自治体によっては起業した会社に対して補助金や助成金を出しているケースがあります。起業する会社の登記住所を管轄する自治体の助成金制度を調べてみるのも良いでしょう。
例えば、公益財団法人東京都中小企業振興公社では、都内で創業を予定している方または創業後5年未満の中小企業者等のうち、一定の要件を満たした方を対象に助成を行っています。
助成の対象となるのは賃借料、広告費、従業員人件費などで、助成限度額は上限300万円、下限100万円となっています。
東京都の例:東京創業NET|創業助成金(東京都中小企業振興公社)
創業助成金以外でも、介護に携わる個人・法人に対しては国や自治体のさまざまな助成金が存在します。詳しくは以下の記事を参考にしてください。
▶介護の補助金と助成金の違いとは? 介護事業所・在宅介護向けの助成金をわかりやすく紹介
税制
起業家は税制面での優遇を受けることもできます。
設立後5年以内の法人である中小企業者には、1年間の欠損金の繰戻還付が認められています。中小企業創造活動促進法の認定事業者の場合には欠損金の繰越期間が7年まで延長されます。
介護関連事業の起業で、事業内容が製造業やソフトウエア業・情報処理サービス業に属する中小企業者には、設備投資減税として投資金額の7%または30%の特別償却が受けられるなどの優遇措置も存在します。
ファクタリング
ファクタリングとは、一定の手数料を支払って債権を期日前に買い取ってもらうサービスです。
介護事業所では、介護報酬や診療報酬、訪問看護療養費などが収入源となりますが、これらは請求から入金までに2カ月ほどかかってしまいます。
この2カ月の間にも人件費や設備使用料、水道光熱費などさまざまな費用が必要なため、現預金が少ない事業所の場合、資金繰りができなくなってしまう恐れもあります。
このような創業時の資金繰り悪化を、貸付なしで防ぐサービスがファクタリングです。
介護事業所が主に利用するファクタリングには、介護報酬ファクタリング、診療報酬ファクタリング、調剤報酬ファクタリングの3種類があります。
例えば、介護報酬ファクタリングは、国民健康保険団体連合会(国保連)に対して請求する介護保険給付費を、ファクタリング業者を通じて早く受け取ることができます。
ファクタリングサービスは、融資や消費者金融からの貸付と異なり、本来の売上がベースとなっているため、信用情報を確認されるような審査はありません。負債にもならないうえ、銀行の融資枠や自己資金を温存することが可能です。
ベンチャーキャピタルの投資を受ける策も
起業すると、創業時にかかるお金ばかりでなく、事業が軌道に乗るまでの運転資金も必要になります。
自己資金の準備はもちろんのこと、上記で紹介したような公的な経済支援をフル活用しましょう。
介護テック関連での起業であれば、将来有望なベンチャー企業に対してはベンチャーキャピタルが投資をして、事業資金面から応援してくれる場合があります。
この記事の上部で紹介した介護ベンチャー関連の記事では、日本国内のインパクト投資ファンドも具体的に紹介しています。
ベンチャーキャピタルと出会う機会になかなかめぐりあえない起業家は、事業計画書など 持参してベンチャーキャピタルの門を叩く手段もあります。
また魅力的なベンチャー企業に対してはベンチャーキャピタル側からのコンタクトも期待できます。
ベンチャーキャピタルがぜひ投資をしたいと思えるような、革新的かつ魅力的な事業プランを考え出しましょう。
まとめ
今回は介護業界(介護事業所・介護テック等)で起業する方法や、起業に際して受けられるサポートについて解説しました。
起業は、自分が船長になって広大なビジネスの海に乗り出す船出です。公的・民間のサポートを活用して、航海を成功させましょう。