転倒リスク評価法TUG(タイムアップアンドゴー)テストがAIで進化する

転倒リスク評価法TUG(タイムアップアンドゴー)テストがAIで進化する

最終更新日 2022.11.21

この記事では、転倒リスク評価法として知られるTUGテストについての基本と、その他の評価法、またウェアラブルセンサーとAIを用いた新しいTUGテスト方式の研究について紹介します。

TUG(タイムアップアンドゴー)テストとは

テストで分かること、評価方法

TUG(Timed Up & Go:タイムアップアンドゴー)テストは、転倒リスク(易転倒性)、バランス能力、歩行能力などの日常生活に関わる身体機能の評価方法として広く知られています。
TUGテストの主な評価項目は転倒リスクです。WHO(世界保健機関)によると毎年世界中で治療されている転倒者は約3,730万人に及び(※)、特に高齢者の転倒を予防することは重要課題となっています。

※WHOによる2021年4月のレポートより。

TUGテストでは以下1〜3の動作を完了する所要時間を計測して、評価に用います。

  1. 椅子にゆったりと腰かけた状態から立ち上がる。
  2. 3mを自分の心地よいペースで歩く。
  3. 折り返してから再び着座する。

参考:一般社団法人日本運動器科学会「Timed Up & Go Test(TUG)について」より

TUGテストの課題点

現在の標準的なTUGテストは、歩行環境の要素を考慮していません。
歩行における環境は必ずしも快適とは限りません。例えば障害物や傾斜、段差など、歩行者の転倒リスクを高める要因は複数あり、頻繁に登場するのが日常の一般的な歩行環境です。

さらに高齢者は若年層よりも歩行において環境から影響を受けやすい傾向にあるため、高齢者に対する転倒リスク評価では環境に応じて評価できるのが理想です。

今のTUGテストは、平坦な地形で歩行することが前提になっており、他の環境での歩行における転倒リスクも対応できるようにすべきだという考え方があります。

その他の転倒リスク評価法

TUGテスト以外にも高齢者の転倒リスク評価法は存在します。

(1)ファンクショナルリーチテスト

前方に手をどれだけ伸ばせるかを測定します。リハビリやデイサービスでの体力測定で簡易指標として指標されることが多い評価方法です。

(2)継ぎ足歩行テスト

腕を組んだ状態で継ぎ足歩行(両足が一つの直線上に乗る形で交互に足を前に出していく)を行い、何歩進めるか(最大10歩)を測定します。2018年に提案された新しい評価方法です。

(3)ボルグバランススケール

合計14項目のバランス課題のスコアを合計し、点数に応じて転倒リスクを評価します。複合的な要素から評価を行うため信頼性が高いとされていますが、所要時間が比較的長く専門家による測定が必要なため介護現場ではなかなか普及していません。

研究紹介:ウェアラブルセンサーとAIでTUGテストの新方式を開発

前述した通り、既存の転倒リスク評価方法には歩行環境を考慮できていないという課題があります。この課題に対してウェアラブルセンサーとAIを用いた解決法の模索に取り組んだ研究を紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Yanan Diao, Nan Lou, Shengyun Liang, Yu Zhang, Yunkun Ning, Guanglin Li, Senior Member and Guoru Zhao
機関(国):Shenzhen Institutes of Advanced Technology(中国)、香港大学 深セン病院(中国)、
タイトル:A Novel Environment-Adaptive Timed Up and Go Test System for Fall Risk Assessment With Wearable Inertial Sensors
URL:10.1109 / JSEN.2021.3082982

なお、AIケアラボでは転倒リスクに関連する研究事例を下記の記事でも紹介しています。是非チェックしてみてください!

▶︎転倒予防には「デジタル日記」 高齢者が自ら転倒を管理する未来がくる
▶︎高齢者の転倒予防にはオンライン運動プログラムが効果あり
▶︎突発的な「転倒」、AIの技術で防ぐ 転倒の生まれる過程をリアルタイムに追跡

障害物や段差のある環境に対応

深セン(中国)の研究者らは、歩行環境が悪い地形で転倒リスクがどう変化するかを考慮に入れたTUGテストを開発することにしました。
そこで、下記3種類の環境でTUGテストを行い、取得した歩行データを新しいTUGテストシステムに反映させる計画を立てました。

  • 平坦な地形(図a)
  • 障害物のある地形(図b)
  • 段差のある地形(図c)

なお、平坦な地形でもデータを取得するのは他環境との比較対象が必要なためです。

歩行環境が悪い状況

被験者として60歳以上の高齢者103人が参加し、アンケートから推定された転倒リスクレベルによって2つのグループ(高リスクグループ、低リスクグループ)に分けられました。高リスクグループには32人、低リスクグループには71人がそれぞれ分類されました。

両グループ共に全員の両足にはウェアラブルのセンサー(Xsens)が取り付けられ、合計14項目から成る複雑な歩行データが取得されました。新しいTUGテストシステムでは、この歩行データがAI(機械学習)により分析され転倒リスクが評価されます。

従来のTUGテストを大幅に改善する性能

まず、リスクレベルによって、地形ごとに歩行データがどれほど変わるのかが調べられました。
高リスクグループの場合、平坦な地形でのTUGテストと障害物のある地形でのTUGテストを比較した時、データ間の有意差は小さいものでした。また、平坦な地形でのTUGテスト(標準的なTUGテスト)と段差のある地形でのTUGテストを比較した時、データ間に明らかな有意差(統計的に意味のある差)がありました。この結果の理由は、転倒リスクが高い高齢者にとって、段差のある地形は(より)複雑な地形であるためだと推察されます。
低リスクグループの場合、いずれの場合もデータ間の有意差が少ないことが分かりました。これは、高齢者の中でも転倒リスクが低い者にとっては障害物や段差があろうが安定した歩行にはあまり影響しないことを示しています。

また、データ分析のプロセスが組み込まれた新しいTUGテストと、通常のTUGテストの予測性能が比較されました。通常のTUGテストの平均予測精度が80.9%だったのに対して、新しいTUGテストの平均予測精度は90.5%でした。また感度はそれぞれ71.4%と85.7%、特異度はぞれぞれ85.7%と92.9%でした。
このことから、提案されている新しいTUGテストが転倒リスク評価方法として優れていると言えます。

※感度と特異度・・・今回のケースでは、転倒リスクがある場合にリスクありだと判定される精度が感度、転倒リスクがない場合にリスクなしだと判定される精度が特異度。陽性率と陰性率とも言う。

研究者らは、この新しいTUGテスト手法をEATUG(Environment-Adaptive TUG:環境適応型TUG)テストと名づけ、環境を考慮して転倒リスクを評価できる優れた新手法だと結論付けています。

ただし、更に多くの高齢者が参加する実験を行う必要があること、また被験者のグループに「中リスクグループ」を作るべきであることを課題として挙げ、将来取り組む予定だとしています。

まとめ

この記事では、転倒リスク評価法として知られるTUGテストについての基本と、その他の評価法、またウェアラブルセンサーとAIを用いたTUGテストの新方式を開発する研究について紹介しました。

紹介した研究に関しては、従来なかった「環境を考慮して転倒リスクを評価できる新手法」の開発にテクノロジーを用いて取り組んだことがユニークな点でした。開発された新しいTUGテストが十分な精度を持っていたことから、今後の展開に期待できると考えられます。

転倒により苦しい思いをする高齢者が一人でも減るように、このようなアップデートが積極的に行われると良いですね。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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