リズムゲームのeスポーツで高齢者の認知能力は向上する

リズムゲームのeスポーツで高齢者の認知能力は向上する

最終更新日 2022.11.18

この記事では高齢者とeスポーツに関する社会の取り組みと近年行われている研究事例をご紹介します。

高齢者とeスポーツ

eスポーツとは「エレクトロニック・スポーツ」の略で、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉えた言葉です。eスポーツは市場の拡大傾向も強く(※)、各方面から注目を集めています。
また近年では、eスポーツが高齢者の健康に良い影響をもたらすことに着目した企業が高齢者とeスポーツに関する取り組みを行っています。

※国内のeスポーツ市場は2018年から2022年の年平均成長率は20%であり、2022年には91億円に達すると試算。(参考:経済産業省発行資料「日本のeスポーツの発展に向けて(令和2年)」より)

eスポーツ施設

人材事業を手掛ける合同会社ISRパーソネル(兵庫県)は、2020年から高齢者向けeスポーツ施設「ISR e-Sports」を運営しています。同施設は60歳以上のみに会員資格を付与しており、会員はゲーム用PCで様々なゲームで遊ぶことができます。若年層にも人気のオンラインゲーム「Fortnite」(フォートナイト)」が施設内では人気で、「孫との会話の幅が広がった」と語る会員もいるようです。

ISR e-Sports
ISR e-Sportsの公式ページより画像引用

ゲーミングレクリエーション

eスポーツ事業を展開している株式会社NTTe-Sports(東京都)は、高齢者施設でゲーミングレクリエーション(コンピュータゲームで遊ぶレクリエーション)を実施する取り組みを行なっています。同社は、高齢者施設におけるレクリエーションに関する「内容のマンネリ化」などを解決する方法の一つとしてeスポーツを導入することが有望だとしています。

また、福祉分野でのeスポーツに特化して事業を展開している株式会社ハッピーブレイン(熊本県)はシルバー世代の「生きがいづくり」を目的として高齢者施設などでのeスポーツ環境整備などをサービス提供しています。

高齢者がeスポーツを行う様子
株式会社ハッピーブレインの公式ページより画像引用

他、岡山県eスポーツ連合はeスポーツを認知症予防に役立てることを目的としてeスポーツ体験講座を公民館で高齢者向けに開いています。各館での体験講座では、音楽に合わせて太鼓をたたくリズムゲーム「太鼓の達人」やパズルゲーム「ぷよぷよ」などのゲームを貸し出し、講師が遊び方を教えているそうです。

プロチーム

IT関連会社のエスツー(秋田県)は平均年齢69歳のeスポーツプロチームを発足させ運営しているとして話題になっています。高齢者プロチーム「マタギスナイパーズ」は全国で最も高齢化が進む秋田県を拠点とし、県内在住の66〜73歳の男女8人で国内外の大会出場を目標に活動しているようです。

同チームの活動記録が更新されるYouTubeチャンネルには「「孫にも一目置かれる存在」を目指す」とある。

研究紹介:新規開発のリズムゲームで効果検証

企業が行なっているeスポーツと高齢者に関する取り組みは上述の通り、eスポーツを高齢者の健康増進に役立てることを主な目的とした事例が多く見られます。
こうした取り組みが増えているのは近年、高齢者におけるコンピューターゲームの健康効果が大学などの研究機関によって数多く報告されていることも要因となっています。
その一例として、台湾の大学研究グループから報告されている研究結果をご紹介します。研究者らは、高齢者の身体機能および認知機能を向上させる目的でリズムゲームシステムを開発し、健康増進におけるコンピューターゲームの更なる可能性を模索しています。

参照する科学論文の情報
著者:YU-HSIANG LIN, HUI-FEN MAO, KAI NENG LIN, YUAN LING TANG, CHAO-LIN YANG, AND JUI-JEN CHOU
機関(国):国立台湾大学(台湾)
タイトル:Development and Evaluation of a Computer Game Combining Physical and Cognitive Activities for the Elderly
URL:doi.org/10.1109/ACCESS.2020.3041017

なお、AIケアラボではこれまでに高齢者の健康とゲームにおける複数のテーマで記事を出しています。興味深い話ばかりなので是非チェックしてみてください。

▶︎VRゲームで軽度認知障害(MCI)が改善!認知テストや脳波、身体テストで効果を確認
▶︎コンピュータゲームが認知症に非常に有効かもしれない件について。
▶︎VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善

トレーニングに有効なゲームとは

国立台湾大学の研究者らは、近年リハビリ分野でコンピューターゲームの活用が注目を集めていることを背景に、新たに身体トレーニングと認知トレーニングを同時に実現するコンピューターゲームシステムを開発しました。下の図は、開発されたゲームシステムの大まかな概要を示しています。

提案されたゲームシステムの概要を示す図
提案されたゲームシステムの概要を示す図

ゲームのプレイヤーはモーションセンシング(※)機能搭載コントローラーを使用して操作を行い、画面上に表示されるリズムゲームで(対戦者よりも)高いスコアを出すことを目指します。
このゲームシステムの特徴は以下の5つでした。

※モーションセンシング・・・ユーザーの動きを追跡する技術のこと。

  1. 安心してプレイできるように、プレイヤーの体勢は座りながらボルスターピロー(コントローラー内蔵)を抱るようにデザインされている。
  2. 中国医学によるツボの概念をコントローラーに取り入れているため、プレイによってツボが刺激され指圧による治療効果が得られる。
  3. リズムゲームは面白いため、楽しみながらトレーニングができる。
  4. 必要なものはゲームソフトとコントローラー、PCのみである。
  5. リアルタイムにスコアが表示され、また他のプレイヤーと競争できるため、意欲が高められる。

なお、立ちながらプレイしたいユーザー向けにはコントローラーが服(ベスト)の中に内蔵される仕様も考案されました。

下図はゲーム画面の模式図です。

ゲーム画面の模式図
ゲーム画面の模式図

このリズムゲームの基本は、右から左に動いてくる円が「狙える範囲」に移動したらコントローラーを使用して打つことでスコアが加算される仕組みです。太鼓の達人を知っている人であれば容易に想像できるかもしれません。

ゲームには6つのモードが作られ、それぞれ目的となるトレーニング種目が設定されていました。

  1. 円の移動速度を4段階で増やせるモード:反応速度トレーニング
  2. 円の色を覚えて順番に打つモード:短期記憶トレーニング
  3. 円の色を覚え、かつ場合に応じて操作の方法を切り替えるモード:短期記憶・作業記憶トレーニング
  4. 円の色と順序を覚えてその通りに打つ:短期記憶トレーニング
  5. 円の色と番号(番号に対応する順序)を覚えてその通りに打つ:注意の分配トレーニング
  6. 流れてくる円の色通りに、円の信号が赤の時は打たず、緑の時は打つ:抑制トレーニング

なお、このうち後半の3つ(4〜6)はシステムのテストを通して得られた改善提案によって追加されたゲームモードです。改良後は、それら追加された3つのモード(4〜6)が主に使われるようになり、反応速度トレーニング(1)は練習用に使われるようになりました。

システムのテストでは、高齢者8名(65歳から93歳)が参加者としてゲームをプレイしました。参加者のパフォーマンスはリズムゲームのスコアから分析され、また高齢者らがシステムを受け入れられるか否かはアンケートを通して分析されました。テストを通して得られた改善提案は新しいゲームモードだけでなく新しいコントローラーの形式(上述)にも反映されました。

ゲームを行う様子
システムのテストにて参加者がゲームを行う様子

認知能力の向上に成功、身体能力の向上は未知

テストを経て改良されたゲームを使用して、16人の高齢者(65歳以上)のトレーニング実験が行われました。4週間にわたり週2回のゲームによるトレーニングが行われ、実験に参加した高齢者の認知機能と運動機能が評価されました。また実験後にはアンケートによるフィードバック調査も行われました。

4週間にわたるトレーニングの結果、下記の項目におけるパフォーマンスが向上したことが確認されました。

  • 短期記憶
  • 注意の分配
  • 抑制

いずれも認知能力に関する評価項目です。
これらの認知能力が「向上した」と判断されたのは、トレーニングを経てゲームで得点できるスコアが高くなったと同時に、標準的な認知能力評価テストのスコアが高くなったことを理由としています。
また、このことから「認知能力を向上させる目的でゲームの設計は上手くいった」という解釈がされました。ただし、従来の標準的な評価手法と同等であると言えるほどには実験結果のサンプル数が多くはないとしています。

一方、身体能力に関する評価項目である以下の項目は、パフォーマンスの向上は確認されませんでした。

  • 体の動き
  • 手足の動き
  • バランス

この結果について研究者らは、「トレーニングの強度と期間が、身体能力を向上させるには十分ではなかった可能性がある」と分析しています。

実験後のアンケートで参加者の75%が「自分の認知能力や、体を動かす能力が向上した」と回答しています。また参加者の全員が「また研修(トレーニング)に参加したい」と回答し、81.25%が「このデバイスを購入したい」と回答しています。

研究者らは今後の課題として「より多くの参加者と実験を行うことで結果のサンプル数を増やす必要がある」としています。

まとめ

高齢者と少年

この記事ではeスポーツと高齢者をとりまく社会の動きと、研究事例としてリズムゲームによる認知能力向上を目指す研究者たちの開発および効果検証結果を紹介しました。

研究事例で紹介した研究のユニークな点は、「認知能力と身体能力を同時に鍛えることのできるゲームを制作する」という課題設定でした。結果として彼らが開発したリズムゲームは身体能力に関しては結果が得られなかったものの、認知能力の向上に関しては明らかな効果がありました。
世の中には数多のゲームがあり、記事の前半でお伝えしたように高齢者の健康増進をテーマにして様々なeスポーツ事業が立ち上がっていますが、「本当に効果のあるゲーム、eスポーツとはどのようなものか」を実験を通して明らかにする取り組みは非常に有意義だと言えます。

国内でもNTT東日本(東京都)が2022年4月より東北福祉大学、仙台市などと共同プロジェクトで、高齢者施設でeスポーツの認知症予防効果の検証を開始しています。半年間をかけてeスポーツの体験、体力測定、認知機能テストなどを実施するとのことです。

科学的な調査をもとにゲームに対する価値観がアップデートされ、より多くの人に優れた製品が楽しまれるようになると良いですね!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
フォローする