ロボットによる高齢者の自宅エクササイズ支援。スペインの研究グループが開発

ロボットによる高齢者の自宅エクササイズ支援。スペインの研究グループが開発

最終更新日 2022.11.24

この記事では、高齢者の自宅エクササイズをサポートするロボットの研究を紹介します。

高齢者とエクササイズ

エクササイズの重要性

高齢期においては、適度な運動をすることで健康・体力を保持・増進することが推奨されています。運動は、疾病を予防するだけでなく身体の運動機能を高め、転倒や骨折などにより寝たきりになることを防ぐ効果などもあります。例えば自宅でストレッチや体操を毎日10分程度行うだけでも違いが出てくると言われています。(厚生労働省「健康日本21(身体活動・運動 )」より)

厚生労働省から「高齢者を対象にした運動プログラムe-ヘルスネットより)」なども公開されていますが、ポイントを押さえながら運動することも重要です。また上記資料は、施設の器具活用などが紹介されていますが、自宅で暮らす高齢者も増えていることから、自宅でのエクササイズを習慣づける工夫も重要になってきています。
本人の努力だけでは難しい場合は、介護者や周囲の人間が手助けすることも大事です。

自宅エクササイズに役立つ器具例

下記のような器具を使用すると、効率的に自宅エクササイズを行うことができると期待されます。

自転車エルゴメーター(エアロバイク)

大広株式会社 DAIKOUの商品ページより画像引用

エルゴメーターは、自転車を漕ぐような動きをその場でできる製品です。少ない負荷で持久力や心肺機能が鍛えられるという特徴があります。また体脂肪の燃焼に効果的で、運動を継続すると大筋群の筋量が増加して更に燃焼効果が上がります。

製品を選ぶ上では、背もたれの有無や運動量の確認ができるモニターの有無、設定できる強度の範囲などがチェック項目になります。また比較的大きな器具のため、家庭用と記載があってもサイズをしっかり確認し、自宅の空いているスペースに収まるかどうかを把握しておくと良いでしょう。

あまり器具を置けるスペースのない家で有酸素運動や筋力トレーニングを効率的に行いたい場合には、ステッパーや筋電気刺激(EMS)機器など座りながら運動ができる器具も選択肢になります。

ステッパー

モダンロイヤル株式会社 AERO LIFEの商品ページより画像引用

ステッパーとは、両足を交互に踏むことで自宅などでスペースを取らずに有酸素運動ができる製品です。大腿四頭筋(だいたいしとうきん)や内転筋(ないてんきん)、腹斜筋(ふくしゃきん)の筋力アップなどにもつながります。
製品を選ぶ上では、耐荷重や連続使用可能時間などをチェックすると良いでしょう。

筋電気刺激(EMS)機器

foot fit lite
株式会社MTG SIXPAD Foot Fit Liteの商品ページより画像引用

装着したり足を置くだけで筋力トレーニング効果がある筋電気刺激(EMS)機能搭載の機器は近年登場し話題になっています。

筋電気刺激とは、筋肉や運動神経へ電気刺激することで筋収縮を起こし、筋力増強などを行う手法です。医療の現場ではリハビリ治療にも用いられています。製品の種類は多くはなく、代表的な製品としてはSIXPADシリーズがあります。

効率は群を抜いていますが比較的高価なため、利用者のニーズを正確に把握した上で必要かどうか判断することをおすすめします。

エクササイズを支える先端テクノロジー

高齢者のエクササイズを手助けする技術は日夜研究されています。AIケアラボで紹介した例としては、タブレットを介して行うオンライン運動プログラムがあります。503人の高齢者を、オンライン運動プログラムを行うグループとそうでないグループに分けたところ、転倒率などに有意な差が出ました。

▶︎高齢者の転倒予防にはオンライン運動プログラムが効果あり

また、VR内でゲームを楽しみながら運動することで腰痛を治す技術も研究されています。腰痛に関わる姿勢が改善される傾向が示されているだけではなく、ゲームを通すことで運動に対する満足度が高くなることを示唆する結果も得られています。

▶︎VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善

また、高齢者が運動などを通して感じるストレスなどを検出するテクノロジーも開発されています。運動は「とにかく体にいいから積極的にやりましょう」という流れになってしまいがちですが、技術の発展によって高齢者の見えない負担をカバーしながら適切に運動を勧められるようになるかもしれません。

▶︎トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー

研究紹介:高齢者の自宅エクササイズを助けるロボットの目

高齢者の自宅エクササイズを手助けする技術としては、ロボットによる支援も研究されています。今回紹介するのは、スペインの研究グループによる「高齢者の運動認識」技術です。家庭に導入できるロボットによって高齢者のエクササイズを視覚的に認識し、フィードバックを行うことで、運動習慣の継続と改善を手助けする目的での研究です。

参照する科学論文の情報
著者:Ester Martinez-Martin, Miguel Cazorla
機関(国):RoViT:University of Alicante内の研究グループ(スペイン)
タイトル:A Socially Assistive Robot for Elderly Exercise Promotion
URL:10.1109/ACCESS.2019.2921257

研究者らは、過去に研究されてきたエクササイズ支援ロボットは「高齢者が自宅で行うエクササイズ」に向いていないことに注目しました。そこで、自宅で行うエクササイズをロボットが視覚的に認識できるようにシステムの開発を新たに行いました。

Pepperを介して運動習慣をサポート

介護用ロボットとして利用が進められている製品はいくつか種類がありますが、研究者らは今回Pepper(ソフトバンクロボティクス株式会社)を採用しました。その理由は、下記でした。

  • 友好的
  • 直感的
  • インタラクティブ(相互に影響し合う)
  • 積極的に動く
  • すでに高齢者コミュニティで受け入れられている
  • 愛らしい人間の形をしている

研究者らが開発したのはロボットそのものではなく、ロボットの視覚的な機能をバージョンアップするようなソフトと、システム全体のフレームワークでした。
ロボットによる自宅エクササイズ支援システム全体の概要は以下の図で表されます。

想定された流れを説明すると下記の通りです。

  1. 事前にスケジュールされたエクササイズをPepperが高齢者にリマインドする
  2. エクササイズの内容がPepperから高齢者に口頭と映像で説明する
  3. 高齢者はエクササイズを行い、Pepperはその動きを認識してモニタリングする
  4. エクササイズのパフォーマンスをPepperが高齢者にフィードバックする
  5. Pepperを介して保存されたパフォーマンスデータは理学療法士によって後から分析される

エクササイズの様子を認識する「ロボットの目」を開発

上記のシステムを実現するために、コア技術である「エクササイズの認識」機能の開発が行われました。既存の技術では高齢者のエクササイズを認識することに特化した技術はありませんでした。
研究者らは、高い精度で認識を行うために新しい技術分野であるAI(機械学習)を活用することにしました。

AIに対して高齢者のエクササイズを学習させる手順は、簡単に言うと以下のようなものでした。

まず、高齢者が取りうる動きを示す画像を用意します。
人間の手足は180度の範囲でほぼ自由に動きますが、そのうち運動場の主なポーズが34パターンで決定されました。

高齢者の手足が動くことによって様々なポーズがとられている様子
主なポーズとして決定された34のポーズパターン

11人の参加者により様々なポーズがとられる動画を撮影し、動画内でキャプチャーされた画像が棒人間状のポーズデータとともに収集されました。

人間を骨組み(棒人間状)で抽象化される過程は既存のAIで実施されました。
カメラと人間の距離を変えつつ、さまざまなポーズのデータを取得する様子。

AI技術を応用してほぼ100%の認識性能を達成

上記のように撮影が行われ、最終的に合計39537フレームが保存されました。
そのうち24545フレームがAIの学習用に使用され、残りの14992フレームはAIの認識精度テストに使用されました。全ての画像は人間の手によって、どんなポーズを意味しているのかラベル付け(意味付け)されました。

研究者らは、今回の認識機能を可能な限り精度の高いものにすべく様々なAIを試しました。その結果、最も精度の高い結果で99.87%の認識を行うことができました。
カメラと反対方向を向いている時でさえ、高齢者がどのようなポーズをとっているのかが分かるように設定を工夫したとのことです。

研究者らは今後、以下の取り組みを行う予定とのことです。

  • 認識できる運動の幅をひろげること
  • 食事のパフォーマンスも評価できるようにすること
  • フィードバックシステム全体を実現するために、運動のパフォーマンスを統計する機能を作ること

まとめ

この記事では、高齢者がエクササイズを行う重要性や、自宅エクササイズを助ける既存製品や研究例、またエクササイズを認識する「ロボットの目」の開発研究を紹介しました。

今回紹介した研究の新しい点は、高齢者の自宅エクササイズに特化した考え方で、既存のロボット製品であるPepperの能力を強化する研究を行った所です。これまで高齢者の自宅エクササイズをロボットが視覚的な情報をもとに助けるという取り組みは集中して行われていませんでした。
今回の研究成果は、かなり高い精度を記録しているため、実用性においても大いに期待できると思われます。

自宅でエクササイズをするのは一見簡単そうに思えても、退屈したり、運動量が足らなかったり、過度な運動で負傷したりなど難しい点がいくつもあります。

テクノロジーの発展で、自ら健康習慣を続けられる高齢者が増えると良いですね。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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