高齢者の転倒リスクが少ない「安全な歩行ルート」を薦めるシステム 広島大学などが開発

高齢者の転倒リスクが少ない「安全な歩行ルート」を薦めるシステム 広島大学などが開発

最終更新日 2022.11.22

この記事では、ウォーキング(歩行)に役立つアプリおよびウォーキングでの転倒リスクを回避する研究を紹介します。

健康におけるウォーキングのメリット

歩く高齢者

ウォーキングは、身体にとって良い運動となり肥満や糖尿病などの罹患率を低下させ、更に高齢者における寝たきりや死亡のリスクを減少させる効果があります。長期的には10分程度のウォーキングを1日に数回行う程度でも健康上の効果が期待できるとされています。

他にも、ウォーキングには以下のようなメリットがあります。

  • 気分の向上(うつ病などの予防)
  • 生活習慣病の予防
  • 日常生活動作障害の予防

またウォーキングを続けるコツは、記録をすることや友人と一緒に行うことなどが挙げられます。

ウォーキングに役立つアプリ3選

最近では、個人のウォーキング習慣を支える様々なテクノロジーが登場しています。ここではスマートフォンで使用できるウォーキングに役立つアプリを3つ紹介します。

Maipo

Maipo
アプリストアより「Maipo」ページから画像引用

特徴

  • 歩数をカウント
  • 歩いた距離、時間、消費カロリーを自動で計算
  • 目標に対する達成度がわかる
  • カレンダー形式で毎日の歩数を表示

以下リンクからダウンロードできます。
iOS▶︎歩数計Maipo – 毎日歩こうダイエット!(App Store)
Android OS▶︎毎日歩こう 歩数計Maipo 人気のアプリでウォーキング(Google Play ストア)

ALKOO

ALKOO
アプリストアより「ALKOO」ページから画像引用

特徴

  • 歩数をカウント、グラフで表示
  • 移動距離、消費カロリー、移動軌跡、撮った写真、行った場所を記録
  • 降雨情報や高低差情報をチェックできる
  • 周辺の店舗検索ができる

以下リンクからダウンロードできます。
iOS▶︎歩数計-ALKOO(ウォーキング) by NAVITIME(App Store)
Android OS▶︎ALKOO(あるこう) by NAVITIMEー歩数計アプリ(Google Play ストア)

Pacer

Pacer
アプリストアより「Pacer」ページから画像引用

特徴

  • 歩数をカウント、グラフで表示
  • 地図上に歩行ルートを記録
  • トレーニング動画を閲覧できる
  • 同アプリを利用する友達同士で交流、競争できる
  • 体重やBMIを記録できる

以下リンクからダウンロードできます。
iOS▶︎Pacer-運動記録と健康ダイエット(App Store)
Android OS▶︎Pacer歩数計 : 人気のウォーキングアプリ、ステップカウンター、カロリー計算、減量トラッカー(Google Play ストア)

転倒のリスクと予防

ウォーキングには複数のメリットがありますが、当然ながら転倒のリスクもあります。高齢者は特に転倒が大きな事故につながる場合があります。

高齢者の歩行を助ける製品としては歩行器や杖などがあります。なお、歩行器や杖を進化させて更に便利にする研究も記事で取り上げましたので是非チェックしてみてください。

▶︎歩行器・歩行車にAIが搭載されスマートロボット化するとどうなるのか
▶︎視覚障害者でなくても欲しい「スマート杖」とは

ただ高齢者の転倒を予防するには、歩行器や杖などで歩行能力を強化するだけでなく、そもそも転倒しやすい場所や経路などを避けるといった工夫も大事です。

研究紹介:転倒リスクが少ない歩行ルートを推めてくれるシステム

マップ

国内では広島大学と産業技術総合研究所の研究グループが、転倒リスクの少ない歩行ルートを推奨するシステムを開発し、論文で報告しています。以下でご紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Mayuko Minakata, Tsubasa Maruyama, Mitsunori Tada, Priyanka Ramasamy, Swagata Das and Yuichi Kurita
機関(国):広島大学(日本)、産業技術総合研究所(日本)
タイトル:Safe Walking Route Recommender Based on Fall Risk Calculation Using a Digital Human Model on a 3D Map
URL:10.1109/ACCESS.2022.3143322

研究者らは、パンデミック下でのステイホームなどがもたらす運動不足の解消にはウォーキングが推奨されていることを研究の背景に挙げています。そして、安全なウォーキングを妨げる転倒のリスクから身を守るためには、適切な経路を知る手段が必要だと考えました。

過去には他の研究者により、特定の状況下での移動ルートを推奨するシステムの研究、転倒リスクを計算する研究、3Dマップでの歩行ルート案内を行う研究、さらに歩行中の人間がとる行動や心理を分析する研究が行われてきました。広島大学などの研究グループはこれら複数の研究事例を参考にして、「特定の状況・環境下で転倒リスクが低いルートを3Dマップ上で表示するシステム」を作りました。

歩行ルートを地図上でシミュレーション

研究者らが考案したシステムの基本は以下のようなものでした。

  1. ユーザーがスタート地点とゴール地点を入力する
  2. システムが複数のルートを導き出す
  3. ルートごとの距離と転倒リスクが推定される
  4. ユーザーの年齢を考慮して最も適切で安全なルートが決定される

まず、ユーザーが定めたスタート地点とゴール地点を結ぶ複数のルートが表示されるのは、3Dマップ上であることが前提となります。3Dマップは実際の地面をレーザースキャンすることにより作られます。

左:レーザースキャンにより作成される3Dマップ
右:3Dデータ上で導かれた複数のルート情報
左:レーザースキャンにより作成される3Dマップ
右:3Dデータ上で導かれた複数のルート情報

このとき、3Dマップには道路表面の凸凹も再現されています。この3Dマップにコンピュータ上の人間モデルを歩かせることで、転倒リスク(つまずき率)に関する精細なシミュレーションが行われます。

道路表面の凸凹が再現されている3Dマップ

このシミュレーション上では足と歩行面の衝突が何度も試されることで、人間がつまずく危険性が数値で算出されます。

そして最終的にはユーザー(歩行者)の年齢に対応するつまずき率(転倒リスク)と移動距離から、適切なルートが推められるという流れです。

ケーススタディの結果

上記のようなシステムが、実際に機能するのかどうか試されました。
異なる条件での挙動を確認するために、2つの異なるスタート地点とゴール地点(条件1、条件2)が設定され、それぞれに対する異なる年齢層(若年齢と高年齢)における転倒リスクのシミュレーションが行われました。

左:条件1
右:条件2
左:条件1
右:条件2

なお、マップには日本大学工学部キャンパスの3Dデータが使用されました。

日本大学工学部キャンパスの3Dデータ
日本大学工学部キャンパスの3Dデータ

その結果、以下のように転倒リスクの異なる複数のルートが導き出されました。まずは1つ目に試された条件(条件1)について。

条件1に対して導かれた複数のルート
条件1に対して導かれた複数のルート

条件1に関しては、スタート地点とゴール地点を結ぶルートが3種類表示され、そのうちの1つ(上図における真ん中の図のルート)が若年齢、高年齢どちらにとっても転倒リスクが低いルートだという計算結果が出ました。

次に2つ目に試された条件(条件2)について。

条件2における複数のルート
条件2における複数のルート

条件2に関しても、スタート地点とゴール地点を結ぶルートが3種類表示され、そのうちの1つ(上図における左のルート)が若年齢、高年齢どちらにとっても転倒リスクが低いルートだという計算結果が出ました。残り2つのルートに関して若年齢にとっては転倒率がどちらも50%を切っているのに対し、高年齢にとっては転倒率がどちらも50%を超えているという特徴もありました。

これらの計算結果が信頼できるかどうかについては、検討を重ねる必要があります。しかし、各条件で転倒リスクが高いルートを確認すると50 mm を超える段差があることが確認できました。この高さの段差があると転倒リスクが高まることは、過去に行われた他の研究の結果でも示されていました。

また転倒リスクを若年齢と高年齢で比較すると、どのルートでも高年齢の方がリスクが高い計算結果が出ました。年齢を考慮したコンピュータ上の人間モデルがシミュレーション上で適切に機能したと考えられます。

高いつまずき率を示す場所の例
高いつまずき率を示す場所の例

研究者らは、今回開発されたルート推奨システムはあくまでも「距離が短い」「転倒リスクの少ない」ルートを推奨することを前提としていますが、もちろんユーザーは「長めに歩きたい」あるいは「少し難しい道を歩きたい」などのニーズを持っている場合もあるとしています。
そのため、将来的には単純に年齢からだけでなく身体能力に応じたルート推奨も実装できればと考えています。

まとめ

今回は、ウォーキングのメリットや転倒リスク、ウォーキングに役立つアプリおよび転倒リスクを回避する歩行ルートを推奨するシステムの研究を紹介しました。

研究事例として紹介したシステムが優れている点は、既存のアプリやサービスには無かった「歩行環境の安全面をユーザーに教える」という発想と、それを実現する技術的な工夫でした。

現実的にこのようなサービスが展開可能かどうかは、レーザースキャンによる3Dデータがどれだけ収集できるかに依存します。地面の凸凹を再現できるほど精密な3Dデータをあらゆる場所でくまなく収集するのは難しいため、まずは局所的に効果的な場所で使用されるのが想定されます。
介護施設など高齢者が多い環境の周辺をデータ化し、散歩コースを推奨することは近い将来に実現可能かもしれませんね。

ウォーキングにはメリットが多いだけに、時に転倒リスクによって習慣が妨げられるのは非常にもったいないものがあります。このような技術の発展などによって、転倒リスクを抱える高齢者の方々が、本人や家族の心配なくウォーキングを楽しめるようになると良いですね。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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