VRゲームで軽度認知障害(MCI)が改善!認知テストや脳波、身体テストで効果を確認

VRゲームで軽度認知障害(MCI)が改善!認知テストや脳波、身体テストで効果を確認

最終更新日 2022.11.22

この記事では、高齢者の軽度認知障害(MCI)を改善させるテクノロジーの研究をご紹介します。

軽度認知障害(MCI)とは

軽度認知障害=MCI

3つの特徴

認知症ほどは日常生活に支障をきたさないものの、記憶力などが低下し、正常とも言えない状態を「軽度認知障害」と言います。軽度認知障害は英語でMild Cognitive Impairment、略してMCIと呼ばれています(本記事では以下MCIで統一)。
MCIの特徴は、以下の3つが挙げられます。

  • 以前と比べて認知機能が低下していると周囲に気付かれている、または本人に自覚がある。
  • もの忘れが多い自覚がある。
  • 日常生活には大きな支障はきたしていない。

なお、MCIから認知症に進行すると記憶障害や見当識障害、理解力・判断力の低下、行動・心理症状(イライラしやすくなるなど)が起こります。

早期対処が肝

MCIの方のうち約半数は5年以内に認知症に移行すると言われています。そのためMCIの段階から予防的活動を開始することで認知障害の進行および認知症への移行を遅らせることが期待されています。

予防的活動としては適度な運動、バランスの良い食事、良好な睡眠、余暇活動を楽しむこと、認知トレーニングなどが挙げられます。なお、余暇活動が有効なのは知的刺激や身体的刺激が含まれるためだと言われています。

なるべく早期から対処するために、「認知症ではないものの以前より物忘れが増えている」などの自覚、周囲の方の気付きがあったら念のために専門医を受診することが大事です。

最新の科学による認知症対策

テクノロジーと脳のイメージ

これまで本メディアでは認知症と科学技術について幾つかの記事で取り扱ってきました。例えばAIとの関連は下記の記事でまとめています。認知症対策でのAI活用はあらゆる角度から研究されています。

▶︎日本と世界で研究が進む介護へのAI活用 認知症高齢者に役立つAI技術とは

AIのほかに、ウェアラブルデバイスやVR活用も広く研究されています。下記が事例となります。

▶︎アンクレット型のデバイスで認知症を自動検出
▶︎「過去の楽しい思い出」を回想させるVR 認知症の回復にも有効との研究結果

また、ゲームをすることで認知症の症状改善が期待できるとの研究結果も報告されています。

▶︎コンピュータゲームが認知症に非常に有効かもしれない件について。

もちろん薬理学的治療の研究も進歩していますが、一方で上記のようにデジタル技術の応用による認知症対策の研究も進んでいます。
また、一概にデジタル技術の応用と言ってもそれぞれ特徴があります。AIやウェアラブルデバイスの応用は認知症に関わる要素の測定と分析に有効であり、VRやゲームなど脳を刺激するテクノロジーの応用は認知症の改善に相性が良いです。

MCIの改善における没入型VRの可能性

VRに没入する高齢者のイメージ

上述したように、認知症の予防にはMCIの段階でのアプローチが期待されており、またデジタル技術の応用も進歩しています。 そんな中、MCIの改善に有効な認知トレーニングとしてのVRゲームの可能性が調査されたユニークな研究事例があります。調査を行ったのは韓国の研究グループです。

参照する科学論文の情報
著者:Ngeemasara Thapa, Hye Jin Park, Ja-Gyeong Yang, Haeun Son, Minwoo Jang, Jihyeon Lee, Seung Wan Kang, Kyung Won Park and Hyuntae Park
機関(国):東亜大学(韓国)、ソウル大学(韓国)
タイトル:The Effect of a Virtual Reality-Based Intervention Program on Cognition in Older Adults with Mild Cognitive Impairment: A Randomized Control Trial
URL:doi.org/10.3390/jcm9051283

研究者たちが注目したのは、「没入型VR」の可能性でした。没入型VRとは、コンピュータが作り出した人工的でインタラクティブ(相互作用的)な世界にユーザーがまるで入り込んだように錯覚させるVRのことです。
感覚の一部のみが刺激される「非没入型VR」や「半没入型VR」と比較して、没入型VRは本当に(実際に)別の場所にいるかのように感じさせるのが特徴です。
没入型VRはリハビリの分野などでの研究は進んでいるものの、MCIや認知症対策における研究はまだ十分に行われていません。そこで研究者らは没入型VRがMCI患者の認知機能に及ぼす影響に焦点を当てて調べることにしました。

記憶力を必要とするVRゲームでトレーニング

研究には、MCIと診断されている68人(平均年齢は72.5歳)が被験者として参加しました。半数の34人がVR介入グループ、残り34人が対照グループとして分けられました。実験は8週間にわたり行われました。

対照グループには週1回、合計8回のセッションで30-50分のヘルスケアに関する教育プログラムが実施されました。一方、VR介入グループには週3回、合計24回のセッションで各100分のVRトレーニングが実施され、さらに対照グループに実施された教育プログラムと同じ内容も実施されました。

VRゲームイメージ
a:ジュース作りゲーム、b:カラス射撃ゲーム、c:花火ゲーム、d:家ゲーム、eとf:実施している様子。

VR介入グループに実施されたVRトレーニングでは、4つのゲームが提供されました。下記がゲーム内容です。

  1. ジュース作り:レシピに載っている果物を覚えて棚から選びジュースを作る
  2. カラス射撃:海岸でカラスを射撃する
  3. 花火:花火が打ち上がった順番を記憶する
  4. 家:棚の中やリビングにある物の正しい位置を覚えて誤りを直す

なお、これらのゲームは韓国のSY Innotech社 (CEO:Yeanhwa Lee、Sujin Seo)によって開発され、VR機器にはOculus(米Meta社)が採用されました。

VRトレーニング後のMCI患者を評価

上記のVRトレーニングを実施した結果、MCI患者の状態は改善したのでしょうか?認知機能と身体機能の両面から評価が行われました。

まず認知機能がテストベース、脳波ベースで評価されました。
テストには国際的な評価方法であるミニメンタルステート検査(MMSE)、Trail Making Test(TMT)およびDigit Symbol Substitution Test(DSST)が用いられました。
さらに脳波の記録には米Cognionics社のQuick-20が採用され、脳波データはソフトiSyncBrainで分析されました。

Quick-20
脳波を測定するために使用された機器Quick-20(画像は同製品HPより引用)

身体機能は、下記の3点で評価されました。

結果、まず認知機能に関しては一つのテスト(TMT)で有意に差が生じ、他のテスト(MMSEおよびDSST)でも小さく差が生じました。さらに身体機能に関しては歩行速度と可動性に大幅な差が生じました。いずれも、VR介入グループの方が改善されていました。

脳波に関しては、VR介入グループは認知障害リスクと関連するシータ波が大幅に減少し、注意力の低下に関連するシータ/ベータ比が減少していました。言い換えれば、認知障害リスクが減少し、注意力の低下リスクが減少していました。

VRゲームでのトレーニングはMCI患者の認知機能を改善するだろう

VRトレーニングには4つのゲームが利用されましたが、それらのゲームは記憶力を必要とするものであったため認知機能の改善に役立ったと推測できると研究者らは論文で報告しています。
また、脳波を測定することで認知障害リスクの減少や注意力低下リスクの減少なども示唆されましたが、VRトレーニングとの関係性をはっきりと主張するには更に長期にわたる実験が必要になるだろうとのことです。

さらに身体機能の大幅な改善を示した点についても、身体機能と認知機能は互いに関連していることから、やはり認知機能の改善に繋がっているのではないかという見方をしています。ただし、身体機能と認知機能の関係性の評価にはまだ研究が必要とのことです。

研究者らは総じて、没入型VRによるトレーニングがMCI患者の認知能力に良い影響を与えたと結論付けています。今後は、長期的な有効性を確認すべきだとしています。
なお、今回の実験期間中にVR介入グループからプログラムをドロップアウトしたのはわずか1人だったことも報告しています。

まとめ

上記研究の新しい点は、MCIの段階において没入型VRのトレーニングが認知機能・身体機能の改善に役立つことを調べたことです。
冒頭で述べたように、予防的活動は認知症への移行前に行われることが期待されます。病院に行かずとも家庭の室内で実践可能なVRゲームが効果を発揮することは注目すべき事実と言えます。
なお今回紹介した研究で使用されているOculusは、家庭用のVR機器として(2022年4月現在)家電量販店などでも販売されており、価格も3万円台〜と比較的購入しやすい価格帯となっています。

またVRは認知障害の改善以外にも、様々な角度から高齢者に関する課題解決のためのツールとして注目されています。以下の記事でも事例を紹介しているので併せてチェックしてみてください。

・認知機能評価
▶︎VRで高齢者の日常生活動作(ADL)に関わる認知機能を評価 イタリア・アメリカの研究グループが開発

・精神症状の改善
▶︎VRとアロマで高齢者の「心の健康」が改善する
▶︎VRへの没入は「意欲を失った高齢者」を救う

・社会参加
▶︎VRで遺跡探検!車椅子ユーザーの高齢者・障がい者の社会参加を促す

・腰痛改善
▶︎VRゲームで楽しみながら腰痛を治す 没入してアイテムを拾ううちに姿勢が改善

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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