AIで褥瘡(じょくそう)を予防 就寝中の高齢者に対して姿勢をモニタリングする技術を開発

AIで褥瘡(じょくそう)を予防 就寝中の高齢者に対して姿勢をモニタリングする技術を開発

最終更新日 2022.11.22

この記事では、褥瘡(じょくそう)のリスクおよび褥瘡防止に役立つAIによる姿勢推定技術を紹介します。

褥瘡のリスクと予防

就寝中の高齢者

褥瘡とは、一般的に「床ずれ」とも呼ばれている症状です。寝たきりなどによって血流が悪くなり、皮膚の一部がただれたり傷ができてしまうことです(日本褥瘡学会「褥瘡について」より要約)。

寝たきりになる原因は様々ですが、脳卒中や認知症、骨折などが挙げられます。いずれも高齢になるにつれて発生率が高くなるため、高齢者が多い国や地域では寝たきりの方も多くなり、必然的に褥瘡への対策も課題になります。

介護施設によっては「褥瘡があっても受け入れ可能な施設」であることを売り文句にしている場合もあり、褥瘡対策マニュアルや指針を制作・公開している施設もあります。

高齢者にとっては褥瘡が発生するとQOL(生活の質)が下がるとともに感染が引き起こされるなど治療が長期に及ぶことにもなりうるので、本人や周囲の工夫によって褥瘡を予防することは非常に重要です。

褥瘡の予防方法としては、「栄養摂取」「スキンケア」「体圧分散寝具」「体位変換」などが有効です。
栄養摂取、スキンケアに関しては身体そのものを強くするための基本的な習慣で、体圧分散寝具や体位変換に関しては高齢者の姿勢を一定に留めないための対策です。

体圧分散寝具の利用には介護保険を適用することが可能で、利用者は年々増加しています。ただし、体圧分散寝具の利用の有無に関わらず日常的な体位変換は重要で、体位変換に関しては介護者の支援が必要になるケースが多くみられます。

褥瘡対策に役立つ製品の種類

褥瘡ケアの製品

褥瘡の予防や発生時のケアに役立つ製品にはいくつか種類があります。下記に例を挙げます。

  • グローブ:介護者が背抜き、腰抜き、足抜きなどをスムーズに行うことができるように着用する
  • クッション:背中や手の平などに当てて、ただれを予防する
  • シール、シート:褥瘡でできた傷に当て、悪化を防ぐ
  • マットレス(前項の「体圧分散寝具」に該当):体にかかる圧力を分散することで、褥瘡の発生や悪化を防ぐ

また、製品販売に向けてスマートパッドの研究が進められています。別の記事で取り上げているので併せてチェックしてみてください。

▶︎おしり褥瘡(じょくそう)防止テクノロジー 高齢者向けのスマートパッドとは

褥瘡ケアの課題

高齢者の褥瘡には上記のように多くの対策が考えられていますが、日常的な体位変換を介護者がサポートする点に関しては、マンパワーが不足しがちであることが課題として挙げられます。

また、体位変換のスケジュールを綿密に実行する場合は、当然夜間にも介護者がサポートすることになりますが、介護する高齢者の睡眠を妨げることにもなります。

研究紹介:AIにより姿勢推定、褥瘡リスク発生前に通知

人間の姿勢イラスト

体位変換を行う必要があるのは、姿勢が長時間一定になっている場合なので、本来はそのタイミングでのみ外部から手を加えれば良いはずです。しかし実際のところは姿勢が長時間一定になっていることを認識して知らせるシステムは普及していないため、時間で区切って体位変換を行う場合が多くなっています。

そんな中、台湾の研究グループは高齢者の就寝中に画像をAIでモニタリングすることによって姿勢を認識するシステムを開発したと論文で報告しています。

参照する科学論文の情報
著者:Jui-Chiu Chiang, Wen-Nung Lie, Hsiu-Chen Huang, Kuan-Ting Chen, Jhih-Yuan Liang,Yu-Chia Lo and Wei-Hao Huang
機関(国):国立中正大学(台湾)
タイトル:Posture Monitoring for Health Care of Bedridden Elderly Patients Using 3D Human Skeleton Analysis via Machine Learning Approach
URL:doi.org/10.3390/app12063087

研究者たちは、これまで研究開発されてきた姿勢モニタリング技術を見直したところ、ウェアラブルデバイス(手首や足首につけるセンサー機器)やマットレスに取り付けるデバイスなどは高齢者に不快感をもたらすことが問題だと気づきました。そのため、画像をモニタリングする非接触型の方法を開発することにしました。

この方法の難しいところは、毛布を被っている人間の姿勢検出を可能にしなければいけないことでした。これは、人間の目にとっても難易度の高いことではないでしょうか。

高い位置からのカメラで就寝中の高齢者をモニタリング、AIで分析

研究者らは、毛布で覆われた人体の姿勢を推定するために、人体の姿勢の特徴を4つの関節(鼻、首、左肩、右肩)から得ることにしました。そのために、下図のように高い位置に設置したカメラで就寝中の高齢者をモニタリングする形式を考案しました。

カメラの設置

撮影された画像はAI(機械学習)のツールであるOpenPoseで解析され、下図のようにデフォルメされた人体の構図が抽出されます。

骨格検出

この二次元的な情報と、画像から得られた深度情報(高さ方向の情報)を合わせて、姿勢を三次元的に捉えることができます。

就寝中の高齢者はさまざまな姿勢を取りますが、今回認識させる対象となった姿勢は横臥位(左側、右側)と仰臥位でした。
AIが姿勢を認識するための学習用の画像データは、ボランティア20名と寝たきりの高齢者2名の協力で収集されました。ボランティアの協力が必要になった理由は、寝たきりの高齢者の健康状態が考慮され、寝たきりの高齢者からだけでは十分な量のデータを収集することができないと判断されたためです。
ボランティアからは1人あたり合計162枚、寝たきりの高齢者2名に関しては男性からは合計1525枚、女性からは合計1056枚の画像が収集されました。

AIが毛布を被っている人間の姿勢を学ぶための画像例
AIが毛布を被っている人間の姿勢を学ぶための画像例

褥瘡防止に役立つ姿勢推定システムの性能と今後

結果、今回開発されたシステムは、設定を工夫すれば9割以上の精度で姿勢認識を行うことができたとのことです。

ただし、姿勢推定が上手くいかない場合には明らかなパターンがあります。

「毛布が肩を完全に覆っている」「スカーフが枕の色と似ている」「高齢者が自分の顔をしばらく引っ掻いた(手が顔を覆っている)」などの場合には上手くいかないことが分かりました。

姿勢推定が上手く行った場合、AIに見えている画像
姿勢推定が上手く行った場合、AIに見えている画像

研究者らは、今回開発したシステムを応用して、高齢者が就寝中に長時間一定の姿勢を撮っていた場合に介護者に通知するツールを設計できるだろうとしています。

まとめ

この記事では、褥瘡のリスクおよび褥瘡防止に役立つAIによる姿勢推定技術を紹介しました。

今回紹介した研究の新しい点は、骨格分析を用いることで毛布の上からでも高齢者の姿勢を検出できることです。機器としては一般的なカメラに深さ検出のカメラを追加するだけで実施できるため、臨床で使用できる可能性が高いとのことです(研究者談)。導入すれば人件費の削減に役立つことでしょう。

普及している既存の製品やマンパワーだけでは、増加する高齢者に対して褥瘡のケアを十分に行うことが難しいという現状があります。今回紹介したような新しい技術を用いることで、現場の負担を減らしつつ、高齢者のQOLも上げることができると良いですね。

また、AIを活用する際の利点には、コストを解決する他、プライバシー問題を回避できる可能性が挙げられます。
例えば今回のような撮影画像のモニタリングは通常プライバシー侵害の問題が発生しますが、AIに対してのみ使用される範囲では問題を回避できる場合があります。
この点に注目した研究は他にもあります。下記の記事でもAIによるモニタリングを取り上げているので是非チェックしてみてください。

▶︎独居(一人暮らし)高齢者の健康・安全は見守りセンサーとAIで守られていく
▶︎認知症高齢者の疼痛評価をAI表情分析で行うアプリ「PainChek」
▶︎トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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