介護における栄養管理はAIで効率化できる

介護における栄養管理はAIで効率化できる

最終更新日 2022.11.22

この記事では高齢者介護における栄養管理についての現状と、AIで効率化を進める研究について紹介します。

介護における栄養管理の背景

高齢者と栄養士

食欲が低下したり噛む力が弱くなると、低栄養(栄養不足)状態になります。低栄養になると体重減少や筋力の低下、免疫力の低下などの症状が起こります。高齢者は低栄養になるリスクが高いため、栄養管理が重要になります。
介護における栄養管理は「栄養ケア・マネジメント」と呼ばれており、1990年代に厚生省事業でシステムの基礎が確立されました。
また2005年には「栄養マネジメント加算」がスタートし、栄養管理を行うことで介護保健施設の事業者が報酬上の評価メリットが得られるようになりました。

しかし、最近でも依然として低栄養の高齢者は多くみられます。ある調査(2015年)※ では、介護保健施設(特養および老健)入所者1,646名の54.8%が低栄養の中・高リスクに該当したそうです。

※杉山みち子, 高田健人, 他. 平成26年度厚生労働省老人保健事業推進等補助金(老人保健健康増進等事業分)「高齢者保健福祉施策の推進に寄与する調査研究事業」施設入所・退所者の経口維持のための栄養管理・口腔管理体制の整備とあり方に関する研究 報告書. 2015, 一般社団法人日本健康・栄養システム学会

高齢者に見られる低栄養の原因には体重減少など様々な原因が考えられ、フレイル(加齢に伴う虚弱状態)やサルコペニア(加齢に伴う筋肉量減少)と互いに関連すると言われています。

ちなみにフレイルは低栄養だけでなく様々な問題と関連しています。下記の記事でもフレイルについての話題を取り上げています。

▶︎トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー
▶︎高齢者の虚弱(フレイル)をAIで予測 100万人のデータを活用する最新技術

笑顔の高齢者と食卓

栄養管理の強化・改善状況

低栄養は死亡リスクを高めるだけでなく、QOL(生活の質)を低下させる原因にもなるため、栄養管理の重要性への認識はますます高まっています。

2021年の介護報酬改定にて、通所サービスにおける「口腔栄養スクリーニング」が開始されました。口腔栄養スクリーニングとは、

  • 栄養状態
  • 口腔状態

この2要素をもとに栄養スクリーニング(選別)と栄養アセスメント(評価)を行う、低栄養対策に効果的な取り組みです。

栄養スクリーニングは、BMIや体重減少率、血清アルブミン値、食事摂取量の減少の有無などを基準に低栄養リスクを診ることです。
また栄養アセスメントは摂食・嚥下・食形態、食事中の集中度合いなど合計30項目を確認することです。
栄養スクリーニングと栄養アセスメントを合わせて低栄養状態が分かった場合は管理栄養士による栄養相談が推奨される流れになっています。

また施設系サービスにおいても「栄養ケア・マネジメントの充実」に対して加算新設や人員基準の見直しが行われました。

研究紹介:AIで介護施設内の栄養管理を効率化

各種栄養のイラスト

以上のように、栄養管理の重要性がますます認識されてきています。一方、介護現場の高齢者に対して適切な栄養管理を実施する仕組みには改善が必要です。
そして人の手による栄養管理だけでは限界があるため、テクノロジーの力を利用するべきだという見方があります。

そんな中、カナダの研究グループは、さまざまな技術を用いて介護における栄養管理を効率化するための研究を行っています。

彼らの過去の研究では、食品で得られるエネルギーや栄養素の摂取量を測定するためのシステム要件が確立されました。
そして最近では、介護施設で提供される食事に含まれる食品の分類と量計測を行うAI(機械学習)による画像認識が開発され、その成果が報告されています。

参照する科学論文の情報
著者:Kaylen J. Pfisterer, Robert Amelard, Audrey G. Chung, Braeden Syrnyk, Alexander MacLean, Heather H. Keller & Alexander Wong
機関(国):ウォータールー大学(カナダ)
タイトル:Automated food intake tracking requires depth-refined semantic segmentation to rectify visual-volume discordance in long-term care homes
URL:doi.org/10.1038/s41598-021-03972-8

介護施設で提供される食事に特化した画像認識

介護での将来的な栄養管理は、テクノロジーによって高齢者一人一人に対して栄養摂取量を追跡できることが期待されています。そのためにはまず食事の分類と量の推定から始めるのが良いと考えました。
そこでAIによる画像認識を行うことにしました。AIによる画像認識は、製造やセキュリティなどあらゆる業界で活躍しています。

研究者たちは1039枚の「介護施設で提供される食品」画像を用意し、AIに覚えさせる作業を行いました。この作業によって、食品の種類を分類することができるようになります。

AIに覚えさせるために用意された食品画像の例
AIに覚えさせるために用意された食品画像の例

次に食事の量を計測できるシステムを作りました。栄養管理においては食品の種類だけでなく食事の量も重要です。特に高齢者の栄養失調を防ぐには、量が十分である必要があります。

通常の画像認識では平面的な分析を行い、面積から量を推定するのが一般的でしたが、研究者たちは高さ方向の盛り上がりを考慮しないと食品の量を正しく認識できないことに注目しました。

写真から食品の量を推定している様子

上の画像は、写真から食品の量を推定している様子を表しています。各写真の横に並んでいる画像は4つの異なる方法で食品の高さ方向を考慮した量推定を行っていることを示しています。
各画像の右下に表示されている数字はエラーの数字で、マイナスがついている場合は摂取量を過大評価していることを意味しています。

このように、研究者たちは複数の手法を試して調整を加え、誤差を小さくする方法を模索しました。

食事のAI認識と栄養管理の今後

以上のようにして、研究者たちは介護施設における食品の分類と量推定を自動化するシステムを開発しました。この研究以前に試されていた従来の手法よりも少ない時間で実行できることを確認し、実際の介護施設での活用に可能性を見出しています。

ただし、さらにシステムの精度を向上させる必要があることも言及されています。より解像度の高い写真を利用するなどを行って更なる改善を行いながら「人間による解釈」とAIの答えの間にあるズレを継続的に見合わせ、調整する必要があるとのことです。

人間の手による注釈で食品のボリュームを推定するAIの様子
人間の手による注釈で食品のボリュームを推定するAIの様子

介護施設には栄養士が配置されていたり、外部の栄養管理サービスが利用されていたりするため、出された食事を全て食べることが前提であれば栄養の摂取量は十分になるように計算されています。しかし高齢者は必ずしも、いつも完食するわけではありません。
そんなとき機械によって残された食事の画像解析を行えば、実際に高齢者が摂取した栄養を素早く把握することができます。
今回開発された技術はそのような製品にいずれ応用されるかもしれません。

また国内のスマートフォンアプリでは「あすけん」「カロママ」「FiNC」「カロミル」などで食事写真から栄養を推定する機能を使うことができます。どのアプリも推定精度はまだ十分ではないものの、大まかな栄養管理に役立てることができます。

まとめ

本記事では、介護における栄養管理の背景と最新の研究を紹介しました。

この記事をご覧になっている方はもしかするとまだまだ健康で一つ一つの食事に細かく気を配る生活をしていないかもしれません。しかし高齢者の健康と栄養の関係を考えると食事の大切さが感じられますね。

介護における栄養管理の重要性が国によって認識され、報酬上の評価に加えられている流れは非常に喜ばしいものがあります。
一方で、年々増えてきている高齢者に対して十分な栄養管理を行うにはマンパワーだけに頼ることはできません。
今回紹介した研究のように、この分野のテクノロジーが発展していくといいですね。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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