歩行器・歩行車にAIが搭載されスマートロボット化するとどうなるのか

歩行器・歩行車にAIが搭載されスマートロボット化するとどうなるのか

最終更新日 2022.11.22

この記事では、高齢者が歩行する際に助けとなる歩行器・歩行車のスマート化についての研究を紹介します。

歩行器・歩行車の基本

高齢者と歩行器

人は歩くことで様々な健康効果を得ることができます。副交感神経が優位に働くことで便秘が解消されたり、セロトニンが分泌されることで精神が安定したりします。
そんな歩く行為は高齢になるにつれて難しくなってくる場合があります。筋力や骨が弱くなったり、平衡感覚障害を発症したりするのが原因です。また一度転倒を起こすと転倒に対する恐怖感が生まれ、恐怖感から積極的に歩くことができなくなるケースもあります。

転倒の予防に関する記事▶︎高齢者の転倒予防にはオンライン運動プログラムが効果あり

高齢者の歩行をサポートするツールにはいくつか種類があります(※)が、今回は歩行器・歩行車についての基本と、歩行器の将来的な進化について考えてみましょう。

※高齢者の歩行をサポートする他のツールとして杖(白杖)がありますが、スマート杖の研究開発も進められています。参考▶︎視覚障害者でなくても欲しい「スマート杖」とは

歩行器・歩行車の特徴と種類

歩行器・歩行車の役割は、高齢者が歩く際に体重を一部預けることで本人の身体にかかる負担を軽減することです。筋力や骨にかかる重さが減るとともに、姿勢が安定するようになります。

歩行器・歩行車は大きく以下の4タイプに分かれます。

歩行器の種類
  • 持ち上げ型歩行器:両手で歩行器を持ち上げて前に進めるタイプの歩行器。
  • 前輪歩行器:4脚のうち2脚にキャスターがつき、持ち上げ型より軽く動かせる歩行器。
  • 四輪歩行器:最も軽く動かせ、方向転換も楽にできるが、バランスを崩しやすい歩行器。
  • ブレーキ付き歩行車:前輪が360度回転する。グリップについているブレーキでスピードを調整しながら歩く。

使う場所や目的をクリアにし、かつ使用者の身体状況に合わせて選ぶことが重要です。

国内のメーカー例

国内には歩行器・歩行車メーカーがいくつも存在しますが、ここではシェアの高い2社を参考に紹介します。

株式会社 幸和製作所

1965年に設立され、大阪に本社を持つ介護用品メーカーです。TacaofブランドとGENTIL MARRONEブランドを展開しており、2022年3月時点で21種類の歩行車を販売しています。東証JASDAQに上場しています。

HP:kowa-seisakusho.co.jp/

株式会社 島製作所

1948年に設立され、大阪に本社を持つ介護用品メーカーです。2022年3月時点で11種類の歩行車を販売しています。歩行車の他にシルバーカーや高齢者用ショッピングカートなどを販売しています。非上場企業です。

HP:www.shima-seisakusyo.com/

歩行器・歩行車の課題

歩行器と介助の様子

現在の一般的な歩行器・歩行車は原始的なアナログ方式で、安全の確保(事故の回避)は使用者である高齢者に委ねられています。環境に合った操作ができなければ転倒も起きうるため、歩行器・歩行車そのものを進化させることができなければ使用者への徹底した教育や環境の整備などを行う必要が出てきます。

歩行器・歩行車の進化系、スマートロボットウォーカー

歩行器・歩行車の改善を目指した研究開発は様々な機関によって進められています。以下では、その中でもあらゆるニーズを満足させることを目指した設計のスマートロボットウォーカー(ウォーカー:歩行器・歩行車)を開発した研究グループの事例を取り上げます。

参照する科学論文の情報
著者:Xiaoyang Zhao, Zhi Zhu, Mingshan Liu, Chongyu Zhao, Yafei Zhao, Jia Pan, Zheng Wang and Chuan Wu
機関(国):香港大学、南部科学技術大学(中国)
タイトル:A Smart Robotic Walker With Intelligent Close-Proximity Interaction Capabilities for Elderly Mobility Safety
URL:doi.org/10.3389/fnbot.2020.575889

センサーを駆使して次世代の設計

香港大学などの研究グループは、認知症高齢者や運動機能に難を抱えた高齢者が屋内で歩行器・歩行車を動かす際に、現在の設計では安全性や利便性に問題があることに着目しました。
そこで、以下の条件を満たす歩行車を開発することにしました。

  • 傾斜のある地面(16°以下)でも平均的な体重の高齢者を支える構造を持つ
  • 利用者の足元を検出し、進行方向に合わせて自動で進む
  • ユーザーの意図を汲み取り、かつ緊急事態を察知する安全性能がある
  • AI(機械学習)により自律的な運転を行う

まず機能設計は下図のようなものでした。

スマート歩行器の概念図

高齢者が歩行車につかまる際には立ち上がりをサポートし、運転時には圧力を感知するハンドルで方向を認識し、電動のモーションシステムで走行します。最近の自動運転車でもよく搭載されているような、目的地(今回の場合はユーザーの場所)まで自律走行するなどの機能もついています。また、転倒の危険を察知して防止することもできるように設計されました。
自律走行を実現する際には、AI(機械学習)も搭載されました。ユーザーの声による指示を的確に聞き取り、動きに反映させます。機体がユーザーと別の離れた部屋にいたときでもユーザーの呼ぶ声が聞こえたら一人で駆けつけることができるようになっています。

また、機体の設計は下図のようなものでした。

設計概念図

重要なパーツとしては、センサーハンドル、バッテリー、ブレーキ、LIDAR(物体を検知するセンサー)、マイク、CPU(コンピューターの脳)、赤外線カメラ、リニアガイド、電気モーターが挙げられます。またユーザーが握るセンサーハンドルは柔軟な素材でできており、加えられた圧力を感知してモーションシステムに伝えるようにできています。
これらが組み合わさり、ユーザーを安全に案内するスマートロボットウォーカーが出来上がります。

安全性能に関するチェックも

機体は実際に作製され、機械構造の安全性能に関するチェックも行われました。

傾斜テスト

さまざまな傾斜で転倒することなく安定するかどうかを確かめられ、ブレーキが自動でかかることも確認されました。

実際に使ってみた結果・・・

研究グループは、今回設計したスマートロボットウォーカーを実際に使用してみた様子を動画で公開しています(英語)。

ユーザーが呼びかけたら歩行車が適切な姿勢でユーザーの手前に到着する様子や、ハンドルによる圧力感知で方向やスピードを定めている様子が記録されています。

研究グループは、今回の開発によって「ユーザーの意図や緊急事態を検知する」「ユーザーの歩行方向を検知する」「ユーザーが離れた位置から歩行車を呼び出す」などの機能を実装することができたとしています。これらによって高齢者が安全に歩くことをサポートできると結論付けています。

今後は、高齢者の歩行スタイルに関するデータを多く収集し、歩行車の動きをより自然にすることを目指したいとしています。

まとめ

今回の記事では、歩行器・歩行車の基本と、今後AIの搭載などでロボット化する歩行車の将来像について研究事例からご紹介しました。

研究事例で紹介したようなスマート歩行車はまだ市販されてはいませんが、動画でも実際の動作が確認できるように設計上は実現可能性が高いと言えるでしょう。
国内企業にも最先端の技術を搭載した歩行車を開発している事例があり、開発企業はアロン化成株式会社株式会社シンテックホズミ株式会社竹虎など。坂道や段差、傾きを感知して補助する機能を持つ歩行車が展示会などで発表されています

歩くことは高齢者に身体的な健康をもたらすだけでなく、自立した気持ちを持つことで尊厳が保たれるなど気持ちの面でもプラスの影響を及ぼします。
医療の発達で健康な高齢者が増えていく流れと同時に、外部機器のサポートでもQOL(生活の質)を上げて行くことができればよいですね。

ロボット機器の最新事例については以下の記事も参考にしてみてください。

▶︎「自動シャワー装置」ユーザー体験の調査結果 〜高齢者・介護スタッフ両方の視点から〜
▶︎「痛みを訴えるロボット」で介護職員の教育・訓練を効率化 立命館大が開発
▶︎2021年おすすめロボットペット5選 「高齢者の孤独感を解消する」科学的調査結果をもとに

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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