VRで高齢者の日常生活動作(ADL)に関わる認知機能を評価 イタリア・アメリカの研究グループが開発

VRで高齢者の日常生活動作(ADL)に関わる認知機能を評価 イタリア・アメリカの研究グループが開発

最終更新日 2022.11.22

この記事では、高齢者の日常生活動作(ADL)に関わる認知機能を評価するVRについて、研究事例をご紹介します。

高齢者が満足のいく生活を送るための認知機能検査

高齢者と介護職

高齢者介護において、介護者が高齢者の認知機能を把握することは重要です。高齢者が日常生活に満足しながら暮らすために、日常生活を送る上で困難なことを適切に支援する必要があるためです。

高齢者が日常生活を送るために最低限必要になる日常的な動作をADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)と呼び、ADLレベルは身体能力や日常生活を送る能力を測るための重要な指標として用いられています。ADLレベルは筋力など身体的な理由によってだけではなく、認知機能によっても変化します。

高齢者の認知機能に問題があることを早期診断できると、適切な対応や効果的な対応ができるため、認知機能の評価を定期的に行うことが重要です。

ADL(日常生活動作)に関連する認知機能検査手法の例

現場で使用されている検査手法の例を4つご紹介します。

評価シート

Barthel Index(バーセルインデックス)

略してBIとも呼ばれます。1965年に発案された、ADLレベル評価の基礎とも言える手法です。移乗・移動・階段昇降・食事・入浴・トイレ動作・排尿コントロール・排便コントロール・更衣・整容(歯磨きなど)からなる10項目に点数をつける検査手法です。特徴として、移動・移乗の項目の配点が高くなっています。

Katz Index(カッツインデックス)

入浴、更衣、トイレの使用、移動、排尿・排便、食事の6項目を7段階で判定する検査手法です。それぞれの項目が「自立」と「依存」の二択に振り分けられるルールも設けられています。典型的なADLの障害を見分ける上では分かりやすい一方、障害の状況によっては解釈が難しい検査手法だとされています。

DASC-21

認知機能と生活機能を総合的に評価することができると言われている検査手法です。入浴、着替え、トイレ、身だしなみ、食事、移動などの21項目から構成されています。軽度認知症の生活機能障害を検出しやすいのが特徴です。

ABC-DS(ABC Dementia Scale:ABC認知症スケール)

日本の医療イノベーション推進センター(神戸市)が開発した比較的新しい検査手法です。13項目の質問を通して認知機能、行動・心理症状、日常生活動作を同時に評価できるという特徴があります。専門医や臨床心理士でなくても評価でき、スクリーニング(発症が予測される者を集団から選別すること)だけでなく臨床研究での評価にも使用できます。医療イノベーション推進センターによる専用ページから使用申請ができます。

現在の課題

上記で紹介した検査手法はそれぞれ一長一短ありますが、以下のような共通している課題があります。

  • 比較的簡単な評価手法でも技術の習得に時間や努力を要する
  • ほとんどアナログで人の手を必要とするため、現場のリソースをさく必要がある
  • まだ十分に普及していない

観察や質問など人手が必要になり、さらに技術習得にもコストがかかるため、なかなか十分に普及していないのが現状のようです。
これらの課題に対する一つの解決策は、検査をデジタル技術によって効率化または自動化することです。いわゆるDXが期待されます。

研究紹介:VR(バーチャルリアリティ)で高齢者の認知機能を評価する

VRを体験する高齢者

身体活動をデジタル情報に変換し、整理・分析するテクノロジーは多く存在しますが、特定の環境を仮想的に再現した上で人の動きをモニタリングする目的ではVR技術が有望視されています。

日常生活動作に関わる認知機能をチェックするために、日常の特定場面をVRで再現し高齢者が実際に動作を行い評価する検査手法が研究開発されています。
従来は非没入型(平面的なモニター画面上に空間を映し出してマウスで操作する)が研究されてきましたが、近年は没入型(VRゴーグルなどを用いて3次元的な空間の中で比較的自由に動く)の研究が始まりました。
没入型のVRでの認知機能検査の実現を目指す研究グループが実験の様子や現状を詳しく報告している論文があったので紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Andrea Chirico, Tania Giovannetti, Pietro Neroni, Stephanie Simone, Luigi Gallo, Federica Galli, Francesco Giancamilli, Marco Predazzi, Fabio Lucidi, Giuseppe De Pietro and Antonio Giordano
機関(国):ローマ・ラ・サピエンツァ大学(イタリア)※、テンプル大学(アメリカ)など
タイトル:Virtual Reality for the Assessment of Everyday Cognitive Functions in Older Adults: An Evaluation of the Virtual Reality Action Test and Two Interaction Devices in a 91-Year-Old Woman
URL:doi.org/10.3389/fpsyg.2020.00123

※ローマ・ラ・サピエンツァ大学・・・中世時代の1303年に起源を持つ、イタリア最大規模の大学。(2019年時点で)104,000人の在籍者数を誇る。

91歳の女性をVR空間に

高齢者と台所グッズ

サピエンツァ大学などの研究グループは、高齢者が日常生活を送る能力(認知機能)を評価するのに没入型のVRがどれほど有効なのか調査するために、91歳の女性を被験者にして実験を行いました。被験者に選ばれたティナ(Tina)という91歳の女性はコンピューターに精通してはいない平均的(典型的)な高齢者でした。
現実世界で日常的なタスクを行なった時と、VR上で再現された同様のタスクを行なった時を比較して、客観的にパフォーマンスに違いがあるのか、主観的に気分が変わるのかを確かめました。

日常的なタスクとして選ばれたのは「朝食タスク」でした。なぜ朝食タスクが選ばれたのかというと、従来から認知症などの神経障害がある人々の認知機能レベルを評価するNaturalistic Action Test(NAT)というテストで用いられているためです。朝食タスクは以下のような状況と課題で構成されます。

  • 状況
    • トースター、ナイフ2つ、スプーン1つ、バター(バター皿)、砂糖(ボウル)、ボトルが乗ったテーブルに座る
    • キッチンには、ミルク、ぬるま湯が入ったマグカップ、パン、インスタントコーヒー、ジャム、ナプキンがある
  • 課題
    • バターとジャムが乗ったトースト(カットも行う)、ミルクと砂糖が入ったコーヒーを準備する

ティナは、できるだけ早く静かにタスクを完了するように指示されました。彼女がタスクを行なっている間、客観的なパフォーマンスを分析するために生理学的データ(ストレスレベル)と運動学的なデータ(手の動く回数や速さ)が取得されました。また、実験終了後にティナの主観的な気分がアンケートで調査されました。

現実とVRで同じタスクをさせた結果・・・

高齢者の写真

VR上での朝食タスクを実験する前に、まず現実世界で朝食タスクが実験されました(上図)。現実世界でタスクを行なった時に取得されたデータがVR上でタスクを行なった時のデータの比較対象になります。

VR上では、現実のキッチンやテーブル、それぞれの上に乗ったパンやマグカップなどの物が再現されました。VRのデバイスとして選ばれたのはHTC VIVELeap motionの2種類でした。

VIVEとLeap motion
左:HTC VIVE(画像はWebサイトから引用)、右:Leap motion(画像はWebサイトから引用)

VRを用いた検査は、HTC VIVE本体にもともと備えられたコントローラーを使用するパターンと、センサー(Leap motion)を使用するパターンの2種類で実験が行われました。コントローラーを使用する場合は、タスクを行う際にトリガーを引いたり現実とは異なる動きをするのに対し、センサーを使用する場合はセンサー上(空中)で手を動かすことによりVR空間上で物を操作できる仕組みです。

現実での朝食タスク実験とVR上での朝食タスク実験それぞれから得られたデータから、次のような結果が得られました。

  • 主要なエラーの回数や全体的なパフォーマンススコアは、現実とVRで同じだった。
  • 小さなミスはVRよりも現実の方が少なかった。
  • タスクの完了時間は、コントローラーを使用するVRの方が時間がかかった。
  • タスクの手順は現実とVRで同じだった。
  • タスクを行う手の速さは現実とVRでほとんど同じだった。
  • コントローラーを使用するVR上の検査のときは、右手に依存する傾向にあった(下図)。
VR空間
右手(青)と左手(赤)の動きを追跡した図。上から、現実世界、コントローラーを使用するVR、センサーを使用するVR
  • ストレスレベルに関しては現実でのタスクが最も低く、センサーを使用するVRで最も高かった。
  • 25段階で検証された「タスクに対する前向きさ」では、コントローラーを使用するVRで25点、現実で24点、センサーを使用するVRで16点だった。
  • 「VR酔い」は発生しなかった。

VRによる検査手法の有効性が確認された

現実とVRそれぞれで朝食タスクを行なったときの客観的・主観的な結果をまとめると、次のようなことが言えると研究者は結論付けています。
高齢者が日常生活動作を行う認知機能がどれほどあるのかをVRを使用して評価する手法は、実現可能性があります。また、コントローラーを使用するVR、センサーを使用するVRどちらに関してもポジティブな結果が得られています。
ただし、ストレスレベルや小さなミスの数を見ると、VRよりも現実の検査手法の方が高齢者にとって「やりやすい」ものであったことが窺えます。今回の被験者はVRの使用歴がそれまで無かったため、VRに慣れた状態では結果が変化するのかを確かめる必要があるとのことです。

まとめ

この記事では、高齢者の日常生活動作(ADL)に関わる認知機能を評価するVRについて、研究事例をご紹介しました。

記事の前半でお伝えしたように、高齢者の認知機能を評価する検査手法は、現在のところほとんどアナログで、コストやリソースの観点からまだまだ改善の余地があるようです。研究紹介で取り上げたVR技術の活用などでDXが進み、ケアが効率化したり、行き届いたケアができるようになると良いですね。

VRを活用したケアの最新技術に関しては他にも記事があるので、併せてチェックしてみてください。

▶︎VRとアロマで高齢者の「心の健康」が改善する
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臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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