日本と世界で研究が進む介護へのAI活用 認知症高齢者に役立つAI技術とは

日本と世界で研究が進む介護へのAI活用 認知症高齢者に役立つAI技術とは

最終更新日 2022.11.22

この記事の要点

  1. AIを認知症高齢者の介護に用いると「介護者の負担軽減」「要介護者の尊厳保持」のメリットがある
  2. 認知症高齢者へのAI活用については世界中で研究が進められている
  3. すでに日本でも多くのAI搭載システムが認知症高齢者の介護に役立てられている
  4. 今後ますます介護業界へのAI普及は拡大が予想される

最近の介護現場では、さまざまな形でAIが活用されています。日本だけでなく世界中の研究者が、AIを認知症介護に役立てるために、日々研究を重ねています。

具体的には認知症高齢者へのAI活用についてどのような研究がなされ、現在はどんな製品が存在しているのでしょうか。

今回は認知症とAIに関する最新の研究成果と、すでに介護の現場で活用されているAI製品について解説します。

認知症介護にAIを導入するメリット

認知症の方を介護する際にAIを活用すると、以下2つのメリットが発生すると考えられます。

認知症高齢者の尊厳の保持

例え認知症になったからといって、その方が人間の尊厳を失ってしまったわけではありません。

過去の記憶や判断能力がなくなり、日常生活にもサポートが必要になってくる認知症の方は、ともすれば何もできない赤ん坊のように扱われてしまい、プライバシーを侵害される恐れがあります。

AIを搭載した製品の中には、認知症高齢者の安全を遠くから見守れる機能を持った製品もあります。要介護者と介護者の間にいったんIT技術をはさむことで、プライバシーに配慮した介護が行えるようになります。

介護者の負担軽減

高齢者介護は大変な仕事ですが、特に認知症になっている方の介護ではコミュニケーションが円滑にとれず、介護者の精神的な負担が大きくなる傾向にあります。

認知症高齢者の行動などをAIで分析することにより、言葉によるコミュニケーションができなくても精神状態や健康状態を把握でき、いま要介護者が何を求めているのかを知ることが可能です。

介護者が行っている作業についても因果関係がはっきりするため、介護者は自信をもって作業に携われます。

認知症高齢者のAI活用に関する研究成果

ここからは日本および世界の技術者・研究者たちが発表した、AIの認知症介護への活用に関する研究成果をまとめてご紹介します。

AIによる認知症リスク診断

認知症になる前、もしくは認知症のごく初期段階から適切な治療と対処を行えば、高齢者の健康寿命を伸ばすことができます。

イランの研究者Alireza Roshanzamirは、認知症の中のひとつの型であるアルツハイマー病患者170人と99人の健常者、合計269人の認知能力をAIで分析したところ、88.08%の精度でアルツハイマー病患者と健常者を区別できたとの研究結果を発表しました。

この研究成果をもとに、これまで人間の感覚のみに頼っていた認知症診断がAIを使えば容易になり、より初期の認知症治療が可能になると期待されています。

Alireza Roshanzamir氏の研究に関する詳細は以下の記事をご覧ください。

認知症のリスクはAIの技術でわかる イラストテストの回答を分析し、約88%の精度

顔写真でAIが認知症を識別

高齢者の「顔」で判断する見た目年齢は、対象者の余命、動脈硬化、骨粗鬆症の指標となることが知られています。

そこで東京大学医学部附属病院老年病科と東京都健康長寿医療センター放射線診断科の共同研究グループでは、AIを用いれば顔の情報から認知機能低下も見つけ出せるのではないかと考え、研究を行いました。

その結果、もっとも優れた成績を示したAIモデルでは顔の情報により認知機能の低下度合いを87.31%~94.57%の精度で識別できたことが報告されています。

この方式を用いることで、これまでよりも簡便かつ迅速、さらに少ない費用で認知症の判断が可能なのではないかと期待されます。

参考:東京都健康長寿医療センター|認知機能低下患者の顔を見分けることができる AI モデルの開発

認知症高齢者の転倒リスクをAI解析

高齢者の事故は夜間の排尿の移動時に起こりやすいと言われています。

国立長寿医療研究センターが日本IBMのAI 製品Watson Explorerを用いて共同研究を行った結果、夜間の転倒事故は排尿意図によるものであり、その件数は認知症になっている人の方が圧倒的に多い事実が立証されました。

この研究結果は、認知症になっている方の行動意図による転倒リスクを統合的に検討できたことを示唆しています。

認知症高齢者の表情でAIが疼痛を評価

認知症になった高齢者は感情の起伏がとぼしくなる場合があるため、痛みが生じているときでも思うように第三者へ疼痛感覚を伝えられない可能性があります。

オーストラリアのヘルスケアテクノロジー企業PainChek Ltdは、スマートフォンで撮影した認知症高齢者の表情をAIで解析して疼痛の有無を調べるアプリ「PainChek」を研究開発しました。

同社は2020年にオーストラリア政府から500万豪ドル(約4億円)の助成金を受けており、アプリをさらに進化させるべく現在も研究を続けています。

既にオーストラリアでは1500カ所以上で使用されており、他の国でも認可、使用されています。 

「PainChek」に関する詳細は以下の記事をご覧ください。

認知症高齢者の疼痛評価をAI表情分析で行うアプリ「PainChek」

AIによる緊急時の救急搬送予測

2020年から始まった新型コロナウィルス感染症の流行により、在宅介護を受けている認知症高齢者の状態が把握しづらくなっています。

オーストリアの研究者Jacques-Henri Veyronらの見守りAIに関する研究が、そのような在宅介護中の認知症高齢者の健康状態を把握できるカギになるかもしれません。

Jacques-Henri Veyron氏はフランス在住の高齢者301人を対象に、10ヶ月間の観察期間で確認されたデータをAIに分析させ、健康問題の発症や健康状態の悪化が予測できるかを検証しました。

その結果、AIは在宅高齢者の救急外来搬送に大きく貢献する9つの項目を見出したとのことです。

Jacques-Henri Veyron氏の研究については以下の記事で詳しくまとめてあります。

在宅介護の見守りAIが高齢者の救急搬送を防ぐ スマートフォンを活用

AI搭載トイレが認知症高齢者の排便を管理

住宅設備機器業界最大手の株式会社LIXILは自社研究の結果、画期的なトイレを開発しました。

同社が研究開発中のトイレ「トイレからのお便り」には、使用者の排便タイミングや便の形、大きさなどをAIで自動判定し、排便データをトイレ外から確認できる機能が搭載されています。

高齢者施設では介護職員などが利用者の排便管理を目視で行っていますが、「トイレからのお便り」が導入されれば介護職員が汚物を見ることなく、利用者のプライバシーにも配慮しながら排便管理ができる可能性があります。

まだ「トイレからのお便り」は研究段階のため実際には製品販売されていませんが、一日も早い製品の完成が望まれるところです。

すでに活用されている認知症介護にも役立つAI製品

次に、すでに実用化され実際の介護に役立てられているAI製品を確認していきましょう。

ケアプラン作成支援システム

認知症高齢者が利用する介護サービスを決定するための介護サービス計画書(ケアプラン)は、AIによる総合的なデータ分析を元にすればもっと作成が容易になります。

またケアプラン作成支援システムを使って作成したケアプランを実行した場合に、認知症の状態がどのように進行あるいは改善するかを予測できるシステムも存在し、未来を見据えたケアプラン作りが行えます。

AI搭載のケアプラン作成支援システムについては以下の記事を参考にしてください。

介護サービス計画書作りにAIを活用すべき4つの理由 AI搭載のケアプラン作成支援システム紹介

見守りロボット

介護ロボットの一種である見守りロボットについても、現在はAIが搭載されたさまざまな製品が登場しています。

見守りロボットの導入により介護スタッフの負担軽減と要介護者のプライバシー配慮が両立でき、また介護事業所としても介護報酬加算がされるなど、副産物としてのメリットがあります。

介護事業所向け見守りロボットの詳細は以下の記事をご覧ください。

介護用見守りロボットとは? 導入メリット・利用者の声も紹介

ソーシャルロボット

AIBOやPAROなどに代表されるソーシャルロボット(セラピーロボット・コミュニケーションロボット)は、認知症高齢者の精神状態を良くする効果があります。

またベルギーのZora Robotics社が開発したヒューマノイド型ロボットZORAは、他のソーシャルロボットとは異なり、目の前にいる相手が誰かを識別できる機能を備えています。

ZORAが与える効果の実証実験に関しては以下の記事で詳しく紹介していますので、あわせてお読みください。

新しい介護ロボット「ZORA」2年にわたる実証実験の結果

最新の介護現場AI・ロボット普及状況

認知症介護へのAI活用に関する研究はますます進み、これからも介護業界向けのAI搭載システムは増えていくものと考えられます。

実際に、介護ロボットなどのAI搭載製品を利用している介護事業所は増えているのでしょうか。

北九州市が行った市内の介護施設等へのアンケート調査によると、2020年(令和2年)時点で介護ロボットを導入している介護施設は24.8%でした。2018年(平成30年)時点の回答は18.6%でしたので、およそ6%増加したことがわかりました。

介護施設の種類を特養・地域密着特養に限定した場合には、2018年の36.3%に対して2020年では45.7%と、導入割合と拡大率がいずれも高くなります。

今後も介護ロボットやその他AI製品の導入は増加が見込まれ、AIはますます介護業界に普及していくものと推測できます。

まとめ

今回は認知症高齢者の介護にAIがどのような形で役立てられるか、認知症とAIに関する最新の研究成果、すでに実用化されているAI製品と普及状況について解説しました。

日本の高齢化に伴い、認知症高齢者の数はますますの増加が予想されています。

認知症になった高齢者が少しでも穏やかな人生を過ごせるよう、そして介護する側が少しでも楽に介護できるよう、AIの力を使ってできる策を模索しましょう。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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