VRとアロマで高齢者の「心の健康」が改善する

VRとアロマで高齢者の「心の健康」が改善する

最終更新日 2023.10.23

この記事では、VR(バーチャルリアリティ)とアロマテラピーを組み合わせることで高齢者の心理的健康が改善する、という最新の研究結果を紹介します。

高齢者の心理的健康にはアロマが効く

多くの高齢者が心の不調を抱えている

国立長寿医療研究センターによると、日本の研究ではニュータウン在住(※)の高齢者の3分の1に「うつ状態」が認められました。

※ニュータウン・・・都市の過密化対策として郊外に新たに建設された新しい市街地(国土交通省により定義)

外国においても同様の問題が確認されています。例えば以前アメリカの研究では65歳以上の高齢者の10%には何らかのうつ病性障害が認められたそうです(2003年の研究)。
また、台湾のとある高齢者介護施設の居住者を対象とした調査では、不幸を訴える高齢者は50%でした。

アロマの効果は有名になりつつある

アロマテラピー

最近街中でよく見かける「アロマテラピー」とは、植物から抽出した香り成分である「精油(エッセンシャルオイル)」を使って心と身体を癒す自然療法です。

アロマテラピーは慢性的な痛み、不安、うつ病、認知障害、不眠症、ストレス関連疾患の治療に広く使用されるようになってきました。Report Ocean Co. Ltd. による調査報告によると、2021年におけるアロマテラピーの世界市場規模は17億米ドルで、2030年には48億米ドルまで達すると予測されています。

台湾のとある調査によると、同国では高齢者のうつ病患者の20.9%が過去1年間にアロマテラピーを使用したことがあり、7.3%が毎日使用しているとのことです。
また別の研究によると、認知症高齢者の抑うつ症状を緩和する上では、アロママッサージが認知刺激療法や回想法よりも効果的であるとも示されました。

VRと組み合わせると効果がさらに増す

以前、「過去の楽しい思い出」を回想させるVR 認知症の回復にも有効との研究結果という記事でVRによる回想法について取り扱いましたが、VRは認知症の治療効果という側面からも注目されています。
またVRは回想法以外にも、場所や時間に囚われず対人コミュニケーションなど社会参加の機会を増やすことができるため、あらゆる面から高齢者の健康状態改善に対する有効性が認められています。

国内でも、介護施設で「VR旅行体験会」などを実施する取り組みなどが話題になっており、高齢者を元気にするためにVRが役立つことが認知されてきています。

心の不調を改善させるためのツールという点では、VRによる取り組みはアロマテラピーと同じ方向性を持つアプローチと言えます。

そんな中、VRとアロマテラピーを組み合わせることで、より強力な体験を作り出すことを考えた研究グループが台湾にいました。
彼らは高齢者がアロマテラピー活動を行う際の指導ツールとしてVRの活用を試み、その結果アロマテラピーによる治療効果が増大した可能性を示唆しました。

参照する科学論文の情報
著者:Vivian Ya-Wen Cheng, Chiu-Mieh Huang, Jung-Yu Liao, Hsiao-Pei Hsu, Shih-Wen Wang, Su-Fei Huang, Jong-Long Guo
タイトル:Combination of 3-Dimensional Virtual Reality and Hands-On Aromatherapy in Improving Institutionalized Older Adults’ Psychological Health: Quasi-Experimental Study
URL:doi.org/10.2196/17096

9週間にわたるプログラムで対照実験

研究グループは2つの高齢者介護施設に居住する各30名の高齢者を対象に実験を行いました。一方の30名にはVRを使用したアロマテラピーのプログラムを行い、もう一方の30名にはプログラムを行わず、両者の比較を行いました。すべての被験者は65歳以上(平均年齢はそれぞれ83歳と82歳)で、重度の精神病歴や重度の病気(脳卒中など)を持っていないことが確認されていました。

実験は9週間にわたって、週2時間ずつ行われました。実験において被験者に与えられたプログラムは9つのセッション(1週間に1セッション)で構成されたもので、1つ目のセッションのみ「VRに慣れること」を目的としていました。他8つのセッションはアロマテラピーの実践に合わせてVRコンテンツを履修しました。その様子が下の図です。

アロマ実践練習
左列:VR体験の内容、右列:アロマテラピー練習の様子

この9週間で高齢者たちがアロマテラピー製品を使用した回数は、施設のスタッフが記録しました。
また、以下の5つの心理的指標を軸に被験者の心理的健康状態が測定されました。

  • 幸福度
  • ストレスの低下度
  • 睡眠の質
  • 瞑想の体験レベル
  • 人生の満足度

なお、瞑想の体験レベルとは、アロマテラピーを通して瞑想をより高いレベルで体験できるかどうかを測定するための指標です。瞑想には、認知力を向上させる効果や、穏やかな感情を持てる効果などが期待されていますが、それらの効果がアロマテラピーで更に上がることが期待されていました。

幸福と満足を得られるように

9週間のプログラム終了後、全ての指標(幸福度、ストレスの低下度、睡眠の質、瞑想の体験レベル、人生の満足度)がプログラムを受けなかった被験者グループに比べて高い値を示していることが分かりました。

今回の実験が持っていた特徴の一つは、アロマテラピーを日常で実践する前にVRによる実践練習を行っていたことでした。高齢者にとって手順が複雑で定着しづらいアロマテラピーの実践方法が、VRによって定着した可能性が示唆されます。

ただし、今回はVRとアロマテラピーを完全に組み合わせてプログラムを実施しているため、どちらがどれほど心理的健康の改善に役立ったのかは分けて考えることができません。VRとアロマテラピーの相互作用をさらに詳しく分析するには、今回紹介した実験以外に対照実験を追加で行う必要があるでしょう。
また、長期的な効果を知るには実験後のフォローアップを追加する必要があります。
上記は、今後VRとアロマテラピーの組み合わせにおける可能性を研究する上で残されている課題と言えます。

まとめ

今回の記事では、VRとアロマテラピーの組み合わせによる高齢者の心理的健康の改善についての研究結果をご紹介しました。

これまでAIケアラボで取り上げていた福祉用VRは、効果的な回想法腰痛の改善意欲の改善社会参加の促進に対するソリューションでした。今回は新たにアロマテラピーの実践導入支援というソリューションが追加されました。
国外では、VRによる嗅覚刺激(嗅覚受容体の活性化)ソリューションを提供する米OVR社が「嗅覚とメンタルヘルス」をテーマに、アロマテラピー分野でのVR応用を研究しているようです。

アロマテラピーに限らず、高齢者が「実践した方が健康に良いが、複雑で難しいこと」を学習するためのツールとしてVRは非常に有望なのかもしれません。

高齢者介護の現場においては、介護者と高齢者が1対1でいられるほどには労働力が足りていないのが現状です。VR等のデジタルツールが有効に活用されることで、高齢者の自立がますます支援されていくといいですね。

▶︎アロマテラピーでうつ症状を改善 気分の落ち込みにおすすめのアロマ10選

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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