「せん妄」の早期発見は可能か AI技術で危険因子の分類に成功

「せん妄」の早期発見は可能か AI技術で危険因子の分類に成功

最終更新日 2022.11.24

この記事では医師による監修のもと「せん妄とは何か」そして「せん妄の早期発見に役立つAI技術の研究」をご紹介します。監修者のプロフィールは記事の最後に記載しています。

せん妄とは

高齢者によく起こる精神障害として、「せん妄」が知られています。疾患が原因であれば疾患の改善に伴ってせん妄も次第に治まることが多いですが、実際は原因が様々であり、長期間せん妄が続く場合もあります。
せん妄は早期発見によって発生率や医療負担を大幅に減らすことができますが、早期発見に繋がるツールは複数あるものの、既存ツールの有効性や使い勝手は十分に確立されていません。

せん妄の症状

せん妄は突然発生する精神障害の一種です(病名ではなく、状態を指す用語)。意識レベルが変動することにより注意力や思考力、記憶力が低下するのが特徴です。
主な症状は以下の通りです。

  • 突然暴れ出す
  • 意味不明なことを口走る
  • 妄想、幻覚、幻聴を経験する

また認知症とせん妄は同時に発生することもありますが二つは全くの別物です。認知症がゆっくりと進行していく不可逆性が高い病気であるのに対し、せん妄は突然発生しますが急激に悪化し治る可能性も高い(可逆性が高い)精神状態です。

せん妄の原因

せん妄の病態は厳密には明らかになっていませんが、引き金になりやすいと言われている因子は以下の通りです。

  • 疾患(インフルエンザ、脳卒中、癌、甲状腺機能異常、重度の便秘など)
  • 薬の副作用(鎮静薬、抗うつ薬、睡眠補助薬など)
  • 長期間服用していた薬を急に中止する行為
  • 急性アルコール中毒
  • 脱水
  • 感覚遮断(社会的に隔離された状態、眼鏡や聴診器を使えない状態)

ただし、実際の原因は多岐に渡る上、人によっては原因を特定できない場合もあります。せん妄の原因を詳しく調査した研究事例は、この記事の後半で紹介しています

せん妄への対処法

せん妄への対処法は、予防の観点と発生後におけるケアの観点があります。

予防

本人が罹らないようにするには、元になる疾患への対応やリスクのある薬物を使用しないことは第一の予防になります。他にも、周りの協力などを含めて出来ることがあります。

  • 家族や介護者、医療関係者が話しかけ、昼夜の区別を付けられるようにする
  • めがねや補聴器によって、視力や聴力を矯正する
  • 水分補給やトイレを促して体調を整える
  • 住環境を大きく変えない

発生後のケア

  • 薬物療法を行う
  • 光や音の過度な刺激を避ける
  • 見慣れた物(カレンダー、時計、家族の写真など)を周囲に置く
  • 転倒や失禁、褥瘡(床ずれ)など二次的な障害を予防する

二次的な障害を予防する上では、新しく開発されている技術も役に立つようになってきています。
参考▶︎失禁関連皮膚炎を防ぐ 高齢者用スマートおむつ開発はここまで進んでいる!

また予防から発生に至るまでに出来ることとしては、早期発見があります。せん妄は早期発見することで発生率を下げたり重症化を防いで医療負担を減らすことができます。

研究紹介 せん妄の早期発見に向けてAIで原因分析

下記では、せん妄の早期発見に役立つ技術についての研究報告をピックアップしてご紹介します。韓国・慶明大学の研究者たちが挑んだのは、AI技術によるアプローチでした。

参照する科学論文の情報
著者:Jong-ha Lee and Sangwoo Cho
タイトル:The Novel Deep Learning Algorithm and Computer Aided System for Early Prediction of Delirium
URL:proquest.com/openview/15a570c3fdd0b51250203617c30e5958/1

早期発見の診断技術そのものではなく、画期的な診断技術のために「せん妄に関わる危険因子」の分類に着手した研究です。

せん妄には素因と誘発因子がある

以前、他の研究者によって行われた研究で、せん妄の素因(ある病気にかかりやすい素質)が幾つか明らかになっています。

素因

主な素因は以下の通りです。

  1. 高齢
  2. 精神疾患の合併
  3. うつ病
  4. 認知症
  5. 睡眠障害
  6. 栄養の偏り
  7. アルコール習慣
  8. 喫煙習慣
  9. 薬物乱用
  10. せん妄の病歴

誘発因子

さらに、素因がわずかにあるだけでもせん妄が発生する原因になる、隠れた要因があることも明らかになっています。隠れた要因を誘発(または促進)因子と呼びます。

主な誘発因子は以下の通りです。

  1. 痛みを感じている
  2. 拘束具を使用している
  3. 手術を行った
  4. 脱水症である
  5. 床ずれが起きている
  6. 感染症にかかっている

高い相関がある因子が明らかに

慶明大学の研究者たちは因子間の相関関係を分析することにしました。
そこで韓国にある2つの介護施設で行われた6ヶ月間の調査から得られた173人のデータを解析しました。被験者の平均年齢は76.9歳で、女性が74%でした。被験者のデータには依存症や喫煙習慣の有無などに加えて、BMIや環境(家にいるのか施設にいるのか等)なども含まれていました。

173人の被験者はまず「せん妄でも認知症でもない」「せん妄はあるが認知症はない」「せん妄はないが認知症はある」「せん妄も認知症もある」という4グループに分けられました。そして、グループおよび因子データの相関性がAI技術で検証されました。

その結果、以下のことが明らかになりました。

因子間の相関性

危険因子(素因および誘発因子)間には以下のような相関性がありました。

  1. 「合併症の多さ」は「高齢(65歳以上である)」「栄養不足」と高い相関がある
  2. 「高齢」は「投薬」「認知症」と高い相関がある
  3. 「褥瘡(床ずれ)」は「栄養不足」「おむつの使用」と高い相関がある

高い相関としているのは、計算上、相関係数が0.25以上で弾き出されたものです。特に2に関しては相関係数が0.5以上でした。
上記以外の因子同士は、低い相関関係(相関係数0.25未満)しか見られませんでした。

非せん妄患者との比較

非せん妄患者と比べて、せん妄患者に頻繁に見られた素因は以下の通りでした。

  • 栄養不足(栄養の偏り)
  • 水分の不均衡
  • 睡眠障害
  • せん妄薬の服用

さらに非せん妄患者と比べて、せん妄患者に頻繁に見られた沈澱因子は以下の通りでした。

  • 手術の実施
  • 床ずれの発生
  • フォーリーカテーテル(尿を排出するチューブ)の使用
  • 経鼻経管栄養の実施
  • おむつの使用

以上より、AI技術により「因子間の相関性」や「非せん妄患者と比べてせん妄患者に頻繁に見られた因子」が分析できました。AI技術による分析ツールは、せん妄を早期発見するために活用できる可能性があります。
ただし研究者たちは、臨床現場で取り扱われる患者のデータは様々なので、実際の臨床現場でせん妄の診断に役立つツールを完成するには更なる研究が必要だとしています。

まとめ

この記事では、高齢者によく見られる「せん妄」について、その基礎と最新研究の事例を紹介しました。

症状がはっきりしているのに原因は必ずしも明確には分からず対処がしづらいという点で、せん妄は現時点ではまだまだ研究対象の症状です。
ただし今回紹介した研究のように、新しい技術を活用して解決しようという動きもあり、成果も出始めています。今回ご紹介した研究は既知の危険因子を基に分析した研究でしたが、今後はAIの活用により新たな危険因子の発見もでき、対処法の改善につながるかもしれません。

従来ではなかなか太刀打ちできなかった問題も、テクノロジーの活用で解決する方向に進んでいるものもあると知っていただけたら幸いです。
また、テクノロジーは自然に発展するものではなく、問題解決に活用することで発展するものでもあります。皆で応援していきましょう。

監修 | 医師 小林敏生

医師、医学博士、社会医学系専門医・指導医。疫学・公衆衛生学、老年医学領域を中心として、これまで大学および療養型病院に勤務して研究と臨床を実施している。研究領域は労働者や高齢者を対象とした、予防医学、ストレスマネジメント、ヘルスプロモーション、QOL研究など。

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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