おしり褥瘡(じょくそう)防止テクノロジー 高齢者向けのスマートパッドとは

おしり褥瘡(じょくそう)防止テクノロジー 高齢者向けのスマートパッドとは

最終更新日 2022.11.22

この記事では褥瘡(じょくそう)とは何か、また褥瘡を予防するテクノロジーの研究事例と国内ツール事例について紹介します。

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監修 | 医師 内藤拓人

医師、小児科専門医、公衆衛生学修士(Karolinska Institutet)。新生児、重症心身障碍児者領域等を中心に臨床に従事。研究領域は妊娠中の母体貧血による児の神経発達への影響。

褥瘡の原因と従来の対策

そもそも褥瘡とは何か

褥瘡は、下記のように定義されているものです。

寝たきりなどによって、体重で圧迫されている場所の血流が悪くなったり滞ることで、皮膚の一部が赤い色味をおびたり、ただれたり、傷ができてしまうことです。一般的に「床ずれ」ともいわれています。

日本褥瘡学会「褥瘡について」より

若い人であれば、病気などで長時間寝たきりになった経験があったとしても、褥瘡が起きた覚えはない人が多いことでしょう。体が自由に動けば、長時間床の上にいる間は寝返りをうったり、長時間椅子の上にいる間はおしりを浮かせるなどして、無意識のうちに体の同じ部位に長い時間の圧迫が加わらないようにしているものです。

しかし運動機能に問題を抱えている人は自ら姿勢を変えることができず、長時間同じ部位に圧力がかかったままとなり褥瘡が起きます。このとき、皮膚の表面だけでなく骨に近い組織が傷ついていることもあります。浅い褥瘡では緩やかな痛みを感じ、深い褥瘡であれば耐え難いほどの痛みを感じる場合もあります。

いかにして褥瘡を防ぐのか

褥瘡の予防については、従来より以下の大きく4つの要素があります(日本褥瘡学会「褥瘡の予防について」より)。

  • 体位変換
  • 体圧分散寝具
  • 栄養
  • スキンケア

体位変換

体位変換とは、姿勢を変えることです。基本的には2時間を超えて同じ姿勢にならないように、クッションなどを活用しつつ体の部位を少しずつ移動させます。通常は人力で行うため労働力が必要になります。

体圧分散寝具

体圧分散寝具とは、体の突出部にかかる圧力を低くするケア用品です。自力で体位変換ができない人も、エアマットレスなどの体圧分散寝具を使用することで褥瘡発生率を低下させることが可能です。

栄養

栄養に関して、低栄養の回避と改善が褥瘡予防に重要です。低栄養の人に対しては、疾患を考慮した上でエネルギーやアミノ酸の補給や経腸栄養(チューブを通して補給する方法)の強化、点滴などが勧められています。

スキンケア

尿や便失禁による皮膚のふやけから皮膚トラブルが起こり、褥瘡発生につながることがあります。皮膚洗浄後にクリーム等の塗布を行うことが勧められています。なお、失禁をいち早く検出する技術は研究開発が進んでいます。
参考▶︎失禁関連皮膚炎を防ぐ 高齢者用スマートおむつ開発はここまで進んでいる!

上記で紹介した予防施策の中では、肝になるのが人力による体位変換です。栄養の補給やスキンケアなどを日常的に行なった上でも、体位変換を行わなければ褥瘡はすぐに発生してしまうからです。また体圧分散寝具は高価で、万人が利用できるものではありません。
ただし、人力による体位変換には介護者による多大な時間と労力が必要です。

研究事例 褥瘡予測のモニタリングパッド

人力による体位変換を効率的に行うためには、褥瘡が発生する危険性を把握する必要があります。
現在(記事執筆時2021年11月)のところ、介護者の知識・経験に基づく判断以外にそれを実現する製品はありません。しかし、研究機関では効果的なツールの開発が取り組まれています。事例の一つとして、イラクのアルナフライン大学生物医学工学部から発表された研究を紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Zeena Sh. Saleh, Auns Qusai Al-Neami and Haider K. Raad
タイトル:Smart Monitoring Pad for Prediction of Pressure Ulcers with an Automatically Activated Integrated Electro-Therapy System
URL:doi.org/10.3390/designs5030047

皮膚の健康を監視するツール

研究者たちは褥瘡の発生を予測することを目指して、皮膚の健康状態をモニタリングする製品設計の研究をしました。
具体的には、センサーが取り付けられたパッドを設計し、そのパッドを使用することで褥瘡の発生に関わる健康状態データを取得することが十分に可能かどうかを確かめました。

まず、センサーが取り付けられたパッドは下図のように設計されました。

健康状態データを取得するためのセンサーが固定されていること、柔かく滑らかな触感であることが特徴です。

さらに、患者の状態に合わせて皮膚を電気刺激する治療を行うためのユニットも取り付けられました。電極を通して背中に与えられる刺激で、仙骨(おしりの上あたり)周辺の血流を増進させる役割を持ちます。

褥瘡の発生に関わる主な指標は、血中の酸素濃度です。センサーを経由して取得された血中の酸素濃度レベルをもとに、褥瘡の発生につながる予兆をソフトウェアで検出し、電気刺激を与える仕組みになっています。

さらに、褥瘡の発生に伴って起こる細菌感染リスクも予期すべく、細菌感染の主な指標である温度と湿度もモニタリングを行います。取得された温度・湿度データをもとに細菌感染リスクを推定し、しきい値を超えるとアラームが鳴る仕組みになっています。アラームが鳴った際には、「発汗を取り除く」「皮膚の温度を調整する」など介護者が介入します。

各種センサーから得られたデータを閲覧したり、アラームを受け取るためのツールとしては、モバイルアプリケーションが開発されました。下図がモバイルアプリケーションのデザインです。

実験結果

研究者たちは開発したツールの有効性を確かめるために、4人の被験者にツールを体験してもらいました。年齢は20代〜40代、性別は全員が男性で、そのうち1名(43歳)は仙骨に褥瘡を患っていました。

仰向けの状態で4時間にわたりツールを使用しました。モニタリング対象である仙骨領域における温度・湿度、血中酸素濃度、荷重データがセンサーを通して読み取られました。

褥瘡を患っている1名の被験者と、健康な状態の3名の被験者を比較すると、血中酸素濃度や温度において差が見られました。

研究紹介は以上です。
今回紹介した研究はデザインのアイデアがメインであり、実験結果を受けて技術的な観点から実用可能性が深掘りはされませんでした。
ただ、褥瘡を患っている被験者と健康な状態の被験者を比較した際に差が見られたということは、そこから傾向を読み取り実際にリスク予測ができるようになる可能性があると解釈できます。
また要素技術であるセンサー機器や回路基盤などはそれ自体だけではケアの現場で使用することはできません。なのでパッドに組み込み、ツールの形として設計すること自体に意義がある研究だったと言えるでしょう。

国内でのツール事例

褥瘡予防の課題に対して、比較的最先端のテクノロジーを駆使して製品化を行なった企業の事例を下記で紹介します。

アルジョ・ジャパン株式会社「国内初の医療機器認証取得済褥瘡予防マットレス」

同社のプレスリリース「国内初の医療機器認証取得済褥瘡予防マットレス」より引用

2020年9月より、アルジョ・ジャパン株式会社が国内初の医療機器認証取得済褥瘡予防マットレスを販売しているようです。

体圧分散状態の評価と調整機能、温度と湿度を下げる機能などが備わっています。臨床試験は海外で行われたとのことです。

同社はマットレス以外にも褥瘡予防の機器を販売しており、ラインナップは同社のホームページで確認できます。

パラマウントベッド株式会社「メーティスPRO」「楽匠Z」

同社のWebページ「ベッドで褥瘡予防はここまで変わる」より

パラマウントベッド株式会社が病院用に販売している「メーティスPRO」、住宅用に販売している「楽匠Z」には、体圧を適切に分散させる機能(同社が「カインドPLUSモーション」と呼称している機能)が備えられています。
通常、背上げ座位(上半身を起こした姿勢)は尾骨に圧力が集中し、褥瘡の原因になりやすいと言われています。「カインドPLUSモーション」機能が働くと、背上げ座位の状態でも体圧が適切に分散され、食事やテレビ鑑賞などを快適に行うことができるようです。

まとめ

この記事では、褥瘡についての基本的な説明および予防に関する従来の方法と、最新の研究事例および国内ツールを紹介しました。

2025年には寝たきりの高齢者が230万人に達し、そのうち30〜35%の割合で褥瘡が発生するとの推定もあり(医学書院「いまなぜ褥瘡なのか」より)、褥瘡の予防と治療に対する関心は高まっています。

医療に関わる分野なので、技術的なハードルだけでなく製品販売に向けての規制面でのハードルも存在しますが、課題の認識と対処法の発展に目を向ける人口が増えれば、ハードルを超えるきっかけが生まれやすくなります。

ぜひ今後のテクノロジーの可能性に注目し続けてみてください!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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