高齢者の薬飲み忘れ・飲み間違いを防ぐ 視覚障害者を助けるスマートグラスとAIの最前線

高齢者の薬飲み忘れ・飲み間違いを防ぐ 視覚障害者を助けるスマートグラスとAIの最前線

最終更新日 2022.11.22

この記事では、高齢に伴い視覚障害を患った方の薬の飲み忘れや飲み間違いについて、およびそれらを防ぐスマートグラスとAIの研究についてご紹介します。

2017年にWHO(世界保健機関)が報告したところによると、世界には約2億8,500万人の視覚障害者がおり、そのうち約50%が高齢者(ここでは50歳以上とされた)です。そして、視覚障害をもつ高齢者のうち約79%が複数の慢性疾患を抱えているとのことでした(参照:WHO「Blindness and vision impairment」より)。

高齢者は複数の慢性疾患に立ち向かうために、服用しなければいけない薬が多い状態にあります。そして薬は、正しく服用しないと効果が現れなかったり相互作用で苦しむことになるので、服用する種類が多いほどリスクと戦うことになります。
しかも視覚障害のある高齢者は、薬の飲み忘れや飲み間違いを起こす可能性が比較的高いです。視覚障害のみならず、認知機能の低下を抱えることも一因です。

本人が気をつけること、周りが気をつけることだけでは薬を適切に服用する工夫にも限界があるかもしれません。しかし、現代はテクノロジーの時代です。スマートグラスとAIを用いて、薬の飲み忘れ・飲み間違いを防ぐ研究が行われているのをご存知でしょうか

※スマートグラスとは:メガネ型のウェアラブル端末(身体に装着して利用する端末)。視界を確保しながら両手が自由に使えることがメリットと言われている。画像認識機能や音声認識機能が備えられているものがある。


画像認識技術がAIの分野で著しく発展し、小型のウェアラブル機器も市場に出るほどに開発が進んでいます。今回は「スマートグラスとAIで防ぐ薬の飲み忘れ・飲み間違い」について掘り下げていきます。

この記事の要点

  1. 視覚障害者は薬の服用に問題を抱えている
  2. スマートグラスとAIを用いて薬の服用を助ける研究が行われている
  3. AIの精度は良く、実用化が期待されている

薬の飲み忘れ・飲み間違の実態

複数の薬イメージ

視覚障害を持つ高齢者による薬の飲み忘れ・飲み間違いについては、従来からその深刻さが訴えられてきました。

ある調査によると、ネパールでは視覚障害者の65.8%が服用するべき薬の情報を理解していないことが明らかになったそうです(論文「MEDICATION UTILIZATION PROBLEM AMONG BLIND POPULATION IN NEPAL」より)。
また他の調査によると、サウジアラビアにおける視覚障害者の82%が「用量を守ること」に課題を感じ、さらに75%が「適切な薬を認識して飲むこと」に課題を感じているそうです(論文「Exploring medication use by blind patients in Saudi Arabia」より)。薬の不適切な使用に関連する死亡者数は、一説によると病気による死亡者数の3分の1を占めているとも言われます。

薬の飲み忘れ・飲み間違いが解決されることによる社会的なインパクトは計り知れません。これまで課題解決のために多くの取り組みがなされてきました。その多くは、薬の錠剤認識技術の開発と、服用のリマインダーの開発でした。薬箱の認識技術も一部で研究されましたが、錠剤そのものを認識するよりも有用性に劣っていました。

性能、また使いやすさの点でも優れている技術的ソリューションを確立することが求められる中、台湾の研究者らはメガネに着目しました。視覚障害者は必ずと言っていいほどメガネを使用しています。そして昨今のウェアラブル端末は、高い性能のコンピュータを搭載しています。そこで研究者らは、メガネの代わりにスマートグラスをかければよいのではないかというアイデアを持ちました。

薬服用に役立つスマートグラスシステムを作る研究者たちの挑戦

参照する科学論文の情報
著者:WAN-JUNG CHANG, LIANG-BI CHEN, CHIA-HAO HSU , JHENG-HAO CHEN , TZU-CHIN YANG , AND CHENG-PEI LIN
タイトル:MedGlasses: A Wearable Smart-Glasses-Based Drug Pill Recognition System Using Deep Learning for Visually Impaired Chronic Patients
URL:10.1109/ACCESS.2020.2967400

台湾にある南台科技大学の研究者らは、視覚障害者が薬を適切に服用できるようになる効果を目指したスマートグラスの開発に乗り出しました。その技術的ソリューションを「MedGlassesシステム」と名付けました。

MedGlassesシステム(薬服用スマートグラスシステム)の概要

研究者らはまず、開発すべきシステムの全体像を下図のようにデザインしました。ユーザーの手元(ローカル)でスマートグラスと薬剤認識ボックスを接続して使用し、離れた場所(リモート)にあるクラウドストレージを通してスマートフォンアプリと通信する仕組みです。

MedGlassedシステムの全体図

※クラウドストレージとは:インターネットなどのネットワーク上にあるサーバーにデータを保存して管理するオンラインサービスの一種。

薬剤の種類を認識するAIが実際に搭載されているのは、スマートグラスではなく薬剤認識ボックスです。AIを働かせるほどのコンピュータを載せたスマートグラスは重量も大きくなり、高齢者にとっては負担になってしまいます。またコストも大きくなります。そのため機能を分割した二つの機器が存在する設計になっています。

さらに、ユーザーがどのような流れでシステムを使用するのかについても図示しました(下図)。

システム利用の流れ

プロセスを詳細に説明すると以下のようになります。

  1. 処方された薬剤のパッケージから家族や介護者がアプリを使用してQRコードを読み取り、投薬情報を取得、インターネット回線を通じて情報をクラウドにアップロード
  2. クラウドを経由して視覚障害者の手元にある「薬剤認識ボックス」に投薬情報が転送される
  3. 視覚障害者が着用するスマートグラスで薬剤の画像を取得
  4. 3で取得された画像が薬剤認識ボックスに転送される
  5. 薬剤認識ボックスが服用内容が正しいかどうかを判断し、音声で指示を行う
  6. 服用状況の情報はクラウドストレージ(インターネットで接続可能なデータ保存用ハードディスク)に保存され、家族や介護者が確認することができる

このシステムの中で最も技術的に課題であるのが、スマートグラスとAIが連動して、薬剤を正しく認識するプロセスです。

実際に薬剤は認識されるのか

研究者は実際にスマートグラスと連動して4種類の異なる薬剤を認識するAIを開発しました。

単一の薬剤が写っている4,000枚の画像と複数の薬剤が写っている4,000枚の画像を用い、約46時間かけてAIをトレーニングしました。

その結果、スマートグラスで撮影した手の上の薬剤を最大95.1%の認識率で正しく認識することが分かりました。

薬を認識する様子

服用している薬の数は人によって様々ですが、少なくとも4種類の異なる薬剤を見分けるために必要なプロセスは明確になりました。
今回の研究において肝心なのは、スマートグラスで撮影できるレベルの画質で、錠剤という細かい物体を見分けられることが分かったという点です。もちろん、写真を撮影するデバイスがより高性能(画像が高画質)であればAIの認識率も上がります。

上記の研究では、デザインされたシステム全体を実際に組み立てて現場で実証実験が行われたわけではありません。そのため、今後は使い勝手も含めて検証が行われることが期待されます。

民間企業の関連事例

スマートグラスを用いて医薬品情報の伝達を助ける技術ソリューションの開発は、実は民間でも行われています。

大日本住友製薬とKDDIによる取り組み

2020年9月に、⼤⽇本住友製薬株式会社とKDDI 株式会社がスマートグラスを用いた医薬品情報コミュニケーションに関する取り組みを発表しました。

プレスリリースによると、スマートグラスを用いたXR(VRなどの技術の総称)コンテンツの表示を行うことで、医療関係者が医薬品情報を理解しやすくするという取り組みなどを行うようです。
デジタル技術を利用した新たなコミュニケーション方法を開発することは、パンデミック下での遠隔コミュニケーションを円滑にするための工夫でもあるようです。

今回の記事で紹介したようにスマートグラスとAIの組み合わせではなく、スマートグラスとXRの組み合わせの事例ですね。遠隔コミュニケーションを円滑に行う効果があるという点は共通しています。

Googleによる技術開発

いち早くスマートグラスの可能性を見出していたGoogleは、早くも2016年の段階で関連特許を申請していたようです。「MEAL-BASED MEDICATION REMINDER SYSTEM」(公開特許番号「US 2016/0005299 A1」)として公開された特許申請内容は、薬の服用を忘れないように、スマートグラスやスマートウォッチなどのウェアラブル端末から得た情報に基づきリマインダーを通知するというものでした。
スマートグラスだけでなくスマートウォッチも使用することで、より多くの情報を取得し、ユーザーが食事を食べていることをも認識して食中や食後の服用を助ける仕組みです。

今回紹介した研究内容との違いは、食事の情報も加味してユーザーを助ける設計であることですね。ただし特許申請にあたっては、技術の実証実験などが必ずしも行われるわけではありません。実現可能性にも注目していきたいところです。

まとめ

今回の記事では、視覚障害者、特に視覚障害を持つ高齢者が薬を飲み忘れたり飲み間違えたりすることについての現状と、適切に服用するサポートになるようなスマートグラスAIソリューションの研究についてご紹介しました。

高齢者本人がスマートグラスを着用するという発想は、従来の技術ではなかなか得られないものでした。しかしスマートグラスなど小型のウェアラブル機器と連動するAIが同時に研究され、またスマートグラス自体が高性能化することで、さまざまな新しいソリューションに実現可能の兆しが現れ始めました。

高齢化や、それに伴う視覚障害などは全ての人にとって他人事ではないはずです。新しい便利な技術が生まれることで、介護が楽になるだけでなく、将来の自分の生活も豊かになっていきます。期待の目を向けていきましょう。

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臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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