スマートホームに対する高齢者の感じ方 IoTはシニアの目にどう映るか

スマートホームに対する高齢者の感じ方 IoTはシニアの目にどう映るか

最終更新日 2022.11.21

介護の人材不足を補う手段の一つに、高齢者住宅のスマートホーム化があります。
スマートホームは、経済産業省によって以下のように定義されています。

子育て世代、高齢者、単身者など、様々なライフスタイル/ニーズにあったサービスをIoTにより実現する新しい暮らし

経済産業省Webページ『「スマートホームの安心・安全に向けたサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」を策定しました』より

※IoTとは:Internet of Things(モノのインターネット)の略。従来オフラインのみで動いていた様々な物がインターネットに繋がること。

スマートホームを構成する身近な機器の例としては、声だけで様々な機能が利用できるGoogle HomeやAmazon Echo、Apple Homepodなどのスマートスピーカー、あるいは屋内使用時の便利な機能ももつApple Watchなどスマートバンドがあります。またスマートスピーカーやスマートバンドと連携して働く家電(電灯や掃除機など)も登場し、スマート家電として親しまれています。

昨今のスマートホームは便利に思えますが、高齢者にとっても受け入れられるものなのでしょうか?これから更に進んでいくことが見込まれる高齢者住宅のスマートホーム化に先駆けて、「高齢者がスマートホームに思うこと」を掘り下げていきましょう。

技術を受け入れる準備はあるか

リスク管理できるスマート機器が台頭

現在、高齢者住宅では転倒検出をはじめとした「リスク管理の機能を備えた機器」がスマートホーム機器として特に必要だと考えられています。

例えば、最新のスマートバンドには転倒検出機能が備わっています。ある高齢者が屋内での転倒した時、スマートバンドを装着していれば転倒した情報が検出され、その情報が屋内外の離れた場所にいる必要な人物に自動で送信されます。
またスマートバンドには転倒検出以外にも、睡眠分析機能や家電操作機能など屋内での生活を豊かにする機能が備えられているものがあります。蓄積されたデータをPCでさらに詳しく解析することも可能です。

スマートバンドのように身につけて使用する電子機器をウェアラブルデバイスと言いますが、ウェアラブルデバイスを用いて介護施設でのリハビリ・トレーニングによるストレスを検出して高齢者を守る技術も研究されています。
参考記事▶︎トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー

ちなみに転倒検出は、カメラや床センサーなど非ウェアラブル技術でも実現することが可能です。ウェアラブルデバイスであれば屋内のどの位置にいても検出が行える点でメリットがありますが、装着が条件になります。
とある高齢者介護施設では、入居者全員にApple Watch(スマートバンド)を提供し健康増進を目指す実証事業が行われている事例もあります。

スマートバンドの他にも、空気質をモニタリングするセンサー機器や床ずれを検出するマットレスなど、家庭内で使用することでスマートホーム(IoTにより実現する新しい暮らし)を促進するテクノロジーは続々と生み出されてきています。

高齢者の気持ちはどうか

しかし、どんなに便利そうな技術があっても使用する本人に意欲がないと力が発揮されません。
スマートスピーカーやスマート家電、スマートバンドなど、ある程度は市場に出ている製品であれば高齢者に受け入れられているかどうかの調査が比較的簡単に行えます。しかし、それ以外はどうでしょうか?

ある調査によると、身体活動をリアルタイムにモニタリングすることや、リモート環境でヘルスケアを行うサービス、またエネルギーの使用状況管理などに関しては高齢者の意欲は高いようです(論文「Unobtrusive in-home monitoring of cognitive and physical health: Reactions and perceptions of older adults」より)。

一方、プライバシーを侵害されるような技術や、操作が煩雑なデバイスに対しては高齢者の気持ちは否定的だと言います(論文「Needing smart home technologies: the perspectives of older adults in continuing care retirement communities.」より)。

介護人材不足を補う一手としても有望な高齢者住宅のスマートホーム化ですが、技術の活用方法によってニーズに変動がありそうですね。
業界としても社会全体としても、高齢者がスマートホームに対してどこまで順応できそうなのか、はもう少し詳しく知っておきたいところです。
関連する調査研究が最近行われているので、下記で少し紹介します。

参照する科学論文の情報
著者:Tae Hee Jo, Jae Hoon Ma and Seung Hyun Cha
タイトル:Elderly Perception on the Internet of Things-Based Integrated Smart-Home System
URL:doi.org/10.3390/s21041284

どんなテクノロジーなら受け入れられるのか?

韓国にある漢陽大学の研究者らは、スマートホームに対する高齢者の気持ちをより実証的に調べたいと考えました。
そこで、なんとスマートホーム自体を設計し、実際にそれを試した高齢者から意見を聞くという研究を行いました。

実験的スマートホーム

スマートホームに備える機器を選ぶ上で、研究者らは以下の4点を重視しました。

  1. メリット
  2. 使いやすさ
  3. コストパフォーマンスの良さ
  4. プライバシーを侵害しないこと

1. メリットに関しては、一般的に高齢者がスマートホームに対して期待していると考えられている基本的な機能が挙げられました。高齢者が期待する基本的な機能とは、「転倒検出」「ヘルスケアモニタリング」「日常動作認識」「空気質モニタリング」「エネルギー消費モニタリング」です。

まず「転倒検出」と「ヘルスケアモニタリング」「日常動作認識」を実現するデバイスとして、スマートバンドが採用されました(下図)。このスマートバンドには、心拍数、昇降階数、歩行距離、消費カロリー、睡眠パターンを記録する機能が備わっています。

また、スマートバンドと連携するレシーバーが屋内にいくつか取り付けられました(下図)。収集されたデータに関しては、高齢者のプライバシーを侵害しないように、高齢者本人に許可された人物でないとデータにアクセスできないような取り決めが交わされました。

次に、「空気質モニタリング」を実現する機器が設置されました(下図左)。
この機器では、温度、湿度、CO2量、揮発性有機化合物(健康被害を引き起こすガス)、ハウスダストを検出することができます。機器本体にディスプレイがあって結果が見やすい上、ボタンも一つしかないので高齢者が扱いやすいという見込みでした。

「エネルギー消費量モニタリング」を行う機器、スマートメーターも設置されました(下図中央)。スマートメーターは各家電の異常な動作も検出します。この機器は高齢者が家電製品を使う際のストレスから解放すると考えられます。

実際に使ってみた

研究者らは、韓国の高齢者向け住宅内にて実験を行いました。各機器は適切に機能することを確かめられた上で、この実験的スマートホームを試した高齢者たちが何を思うか確かめました。

実験に参加する高齢者は、自ら志願した9人でした。年齢は68歳〜87歳(平均78歳)、全員がアジア人でした。
9名の参加者たちには、事前に今回の実験的スマートホームについて十分な説明を行われ、また彼らが各機器を試す中で感じた疑問にも、すぐに応答されました。

実験期間中は、実際のユーザー体験が徹底して再現されました。例えばスマートバンドに関しては、24時間装着するようにしました。

高齢者からのフィードバック

結果、以下のようなフィードバックが得られました。

快適さについて

高齢者らは、スマートホーム機器によって快適さと同時に不快感も経験したとのことでした。

例えばスマートバンドに関して、9人中8人の高齢者は装着感に対しては快適だと回答しました。一方、同様に9人中5人の高齢者は日常的に使用することに対しては不快感を示しました。特に、洗い物をするときや手を洗うとき、シャワーを浴びるとき、睡眠中に関しては、スマートバンドを外したいという意見が出ました。
しかし特に睡眠時には、健康上の何らかのトラブルが起きる可能性が高いのが高齢者です。よって身につける必要のない機器でモニタリングすることが代替案として提案されることになります。

さらに、空気質モニタリングの機器に対しては、一部の高齢者は置かれているだけで不快感を示しました。なぜならそれは、ダイニングテーブルに設置されていたからでした。日常生活の大事なスペースに機器があるのは不快なので、廊下や壁際など目立たないところに置いて欲しいという意見が出ました。

使いやすさについて

スマートバンドやスマートメーターにはディスプレイが備えられ、モニタリング結果や操作内容を画面で確かめられるようになっています。しかし今回実験に参加した全ての高齢者は、ディスプレイが読みにくいと主張しました。特にスマートバンドに関しては画面が小さすぎる(テキストが小さすぎる)ようでした。さらに、スマートバンドは空気質モニタリング機器と連動して双方のディスプレイに結果が表示されますが、表示内容が理解しづらいとの意見が出ました。

さらに、今回実験に参加した全ての高齢者は、全ての機器に対して「充電が難しい」との意見を述べました。現在の電子機器の多くは充電式のバッテリーが採用されていますが、高齢者は「それより長持ちする電池を使って欲しい」とのことでした。

使いやすさに関しては、特定の不満な点に対して満場一致で意見が挙げられたのが特徴ですね。

プライバシーについて

従来の調査では、プライバシーの侵害こそがスマートホーム機器における最も重要な問題とされていました。ただし今回の実験においては逆とも言える結果が出ました。9人中8人の高齢者が、スマートホーム機器で収集された健康データが周り(介護者や医療機関)に共有されることに対して好意的でした。「機器がデータを収集することで、遠く離れた家族や友人、専門家が私たちを助けることができるようになる」とのポジティブな意見を持っていました。
ただしエネルギー消費モニタリングのデータに関しては、9人中2人の高齢者は他人に共有されたくないとはっきり主張しました。

一部の研究者は、「情報技術に対するリテラシーが高い方がむしろプライバシーの侵害に対する懸念を表しやすいのではないか」と予想しています。仮にその説が正しければ、今の若年層が高齢化した際にはプライバシー侵害に対しての懸念を大きく表すようになるので、更に対策を強める必要があるかもしれません。

スマートホーム全体のメリット

今回実験に参加した全ての高齢者は、スマートホーム全体のメリットを認める姿勢でした。「自分たちの子供の世代も便利に暮らせるように、国が進歩していくことを望む」との回答もありました。

特に挙げられた意見としては「リアルタイムに健康情報をモニタリングされることによって、緊急事態でも迅速に対応できることがメリットだ」とのことでした。

また、何人かの参加者は「機器の使用に慣れていくことで使いづらさをカバーしていく」という前向きな意見を挙げていました。使いづらさを差し引いてもメリットを享受したいと感じられているようです。

驚くべきことに、今回の実験から得られた結果(高齢者からのフィードバック)は、従来の研究結果とは異なるものでした。その大きな点はプライバシーに関するものでした。
参加者の一部(9人中4人)は、モニタリング結果から健康状態に関する診断を医師から受け取るようにしたいと述べました。プライバシーに対する懸念よりもメリットが大きいと感じられているケースですね。

まとめ

上記で紹介した研究が従来の研究と違う点は、実際にスマートホーム機器を体験してフィードバックを得る実証的な研究であったという点です。
「百聞は一見にしかず」ということわざがあるように、体験してみることでメリットの大きさ、デメリットの小ささが感じられたのではないでしょうか。
一方、改善を行うために有用な、細やかな課題のフィードバックがあった点も見逃せません。

また、新しいスマートホーム技術も研究開発が盛んに行われています(高齢者でも簡単に命令できるスマートホーム技術など)。

快適で使いやすいスマートホーム環境を知ることは、高齢者だけでなく今を生きる全世代にとって有益です。

ちなみに国内の高齢者向けスマートホームの事例としては、パナソニックの事業が助成金を受けています。

スマートスピーカーやスマート家電に続く今後のスマートホーム機器に、注目していきましょう!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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