在宅介護の見守りAIが高齢者の救急搬送を防ぐ スマートフォンを活用

在宅介護の見守りAIが高齢者の救急搬送を防ぐ スマートフォンを活用

最終更新日 2022.11.24

この記事の筆者 | Dr. カワゴエ

博士(医学)。転倒予測AI、メディカルAI、医療データサイエンスを専門とする。人工知能学会、日本メディカルAI学会等所属。

近年増加している在宅高齢者は、救急搬送や想定外の入院リスクが高いとされています。しかし、高齢者の健康問題を事前に把握し予測することで、それらは未然に防ぐことができるかもしれません。

※救急搬送・・・事故などが原因で緊急的に救急車で医療機関に搬送されること。

この記事では、地域社会で暮らす在宅高齢者の救急搬送をAI技術により予測する手法についての研究を紹介します。

今日のテーマは「救急搬送の予測」です。

この記事の要点

  1. 救急搬送の半数以上は高齢者
  2. スマートフォンに入力された問診情報から短期的な救急搬送を予測する技術が開発された
  3. 救急搬送に大きく関与する9項目が明らかになった

自宅で生活する高齢者と救急搬送

在宅高齢者の現状

国内では、高齢者(65歳以上)が生活する世帯のうち約6割は「高齢者だけ」あるいは「一人暮らし」です(参考:内閣府「高齢社会白書令和3年版」より)。

近年では(執筆時2021年10月)、新型コロナウイルス(Covid-19)が高齢者の孤立をますます深刻化させています。以前にも増して、自宅で生活する高齢者は気分の落ち込みや不安定な生活リズムに苦しめられている現状があります。脳機能の低下から、認知症の発症にまで至ることもあります。

そのような状況下では、地域の医療・介護機関による訪問医療・介護が重要となります。厚生労働省によると、2017年9月時点では、病院の「医療保険等による在宅サービスを実施している」は 5,328 施設(病院総数の 63.3%)、「介護保険による在宅サービスを実施している」は 2,630 施設(同 31.3%)となっています。(参考:厚生労働省「平成29年(2017)医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」から「結果の概要Ⅰ 医療施設調査 3 診療等の状況」より)

在宅高齢者が増える現状に対して、在宅サービスの拡充が進められています。しかし在宅サービスが普及すれば在宅高齢者の安全は十分保証されるのでしょうか。

救急搬送の現状

自宅で生活する高齢者にとっては、転倒などの事故リスクは施設で生活するよりも高く、緊急事態になったとしても対応までのスピードが保証されるものではありません。
今回はこの「緊急事態」への対策に着目します。

総務省消防庁によると、令和2年中に約330万人の高齢者が救急搬送されており、救急搬送全体における高齢者が占める割合は半数以上(約6割)です。
また全搬送人員のうち約16%が一般負傷による救急搬送です。年齢別の事故種別は公開されていませんが、単純に計算すると年間約50万人前後の高齢者が日常生活による事故で救急搬送されていると推測できます(参照:総務省「「令和2年中の救急出動件数等(速報値)」の公表」より)。
また米国でも、救急医療サービスの緊急対応の3分の1が高齢者に関係しており、今後、高齢化に伴い増加し続けると予想されています。このように高齢者の救急搬送は国内外で多い傾向が読み取れます。

本来的には、救急搬送の大部分は回避可能です。高リスク高齢者を特定することができれば、救急外来の適切な利用と医療費の改善に役立つ可能性があります。

しかし救急外来への搬送を予測、ひいてはリスクのある高齢者を特定する有効な手法はまだ確立されていません。新しいテクノロジーの開発が求められてきました。

地域在住高齢者の緊急搬送と計画外入院の予測

そんな中、オーストリアの研究者Jacques-Henri Veyronらは、地域社会で暮らす高齢者における救急搬送を予測するテーマで研究を行いました。

彼らは訪問介護スタッフによりスマートフォンに入力された高齢者の観察結果を用いて、AIの予測性能を検証しました。

より具体的には、在宅介護を受けている75歳以上の高齢者の「7日間以内」および「14日間以内」の救急搬送のリスクを予測することができるかという検証を行いました。

★この記事で参照している科学論文の情報

著者:Jacques-Henri Veyron ,Patrick Friocourt,Olivier Jeanjean,Laurence Luquel,Nicolas Bonifas,Fabrice Denis,Joël Belmin
タイトル:Home care aides’ observations and machine learning algorithms for the prediction of visits to emergency departments by older community-dwelling individuals receiving home care assistance: A proof of concept study
URL:doi.org/10.1371/journal.pone.0220002

スマートフォンに観察情報を入力、AI技術で分析

10ヶ月間の実験

被験者は、自宅に住んでいる301人の高齢者(75歳以上)でした。いずれもフランス人で、訪問介護スタッフから介護を受けている方々です。高齢者の介護度は、フランスで使用されているグループアイソリソース(GIR)と呼ばれる指標で、「軽度から中度」でした。

※訪問介護スタッフ・・・医療専門職ではなく、通常、非医療の介護支援を実施する職種(例:食事支援、パーソナルケアの支援、ハウスキーピング、買い物支援用事)。

※グループアイソリソース(GIR)・・・高齢者の自律性を6つのレベルに分類する指標。必要とする支援のレベルでもある。

リスク予測に使用されたデータは、訪問介護スタッフによる高齢者の観察記録でした。

訪問介護スタッフが自宅を訪問した時に、高齢者の状態に関する27項目(立っている、動く、食べる、気分、孤独など)を逐一入力し、それらのデータをAIが学習しました。なお、観察記録の合計は9,987件でした。

10ヶ月間に渡る実験期間の中で、97人の参加者(被験者全体の32%)が少なくとも1回救急搬送されていました。そのうち35人が2回以上(最大5回)搬送されました。全体として、合計152回の救急搬送が行われました。

AIによる「救急搬送予測」の能力

結果、予測精度は、7日間以内の救急搬送に関しては70%、14日間以内の救急搬送に関しては63%となりました。
そして、予測性能に大きく貢献した項目がありました。下記の3カテゴリー9項目です。

  • 日常生活の活動(自宅に移動できる、食事を準備できる)
  • 医学的症状(熱っぽい、痛みがある、呼吸困難がある、転倒した)
  • コミュニケーションと社会的支援(ほとんどコミュニケーションをとらない、悲しいように見える、家族の訪問がない、または接触していない)

これらの項目は、「AIによる学習において重要だった」項目です。しかし、人による予測においても役立つ可能性があります。すなわち、高齢者の健康問題の発症や健康状態の悪化を特に反映しているかもしれないということです。

今回の技術が優れていた点

従来の救急搬送を予測する技術は、12〜24ヶ月先のリスクを予測するのに役立つものでした。
対して、今回紹介した技術が優れていた点は下記の2つです。

(1)訪問介護スタッフが取得した問診情報から、短期的な(7日間以内あるいは14日間以内の)緊急外来への搬送を予測するAIを作成した。

(2)救急外来搬送に大きく貢献する9つの項目を見出した。

博士の視点 モニタリングの簡単さは重要だ

ここまでお読みいただきありがとうございました。執筆を担当したDr. カワゴエです。
今回ご紹介した研究はフランスで行われたものなので、日本ではどうなるのか今後が気になるところです。

在宅介護支援において、健康状態のモニタリングは有望な方法です。その上で今回の調査が成功した要因は、「観察記録項目が簡単なものだったこと」と「スマートフォンアプリによる記録が手軽だったこと」だと思います。
医療費を増やすことなく、慢性疾患の管理と健康問題の早期発見が叶う仕組みへのヒントになると考えられます。

スマートフォンは今や低価格で入手でき、AIを開発する企業は増えています。今回紹介した技術が一般的な製品となって市場に現れる日も近いでしょう。

今後はこのような技術とともに、さらに手軽に高齢者の情報を収集することができる仕組みが普及することを期待しています。

Dr. カワゴエ(Takashi Kawagoe, Ph.D.)

この筆者の他記事はこちら▶ トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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