リモート介護の弊害はあるのか。高齢者の孤独を助けるロボットの倫理的問題とは

リモート介護の弊害はあるのか。高齢者の孤独を助けるロボットの倫理的問題とは

最終更新日 2022.11.22

パンデミックのように、移動したり接触したりすることが避けられている状況では、介護のあり方も見直す必要がでてきました。厚生労働省の「介護事業所等向けの新型コロナウイルス感染症対策等まとめページ」という特設ページも参考になります。

身体的な介助が重要な部分を占める介護業においては、医療や看護と同様に、接触が避けられない場面は多くあります。それでも、遠隔的に行える業務については、リモートワークを推進していくことが求められています。

いま、リモート技術を介護で活用することに対しての課題と可能性を見直してみるのはいかがでしょうか。

今回のテーマは「リモート介護と倫理」です。

この記事の要点

  1. 高齢者の孤独を和らげるためにリモート技術が有効である
  2. リモート技術「ロボット・テレプレゼンス」を長期利用することによる問題は明らかになっていない
  3. 新たに倫理ガイドラインが提案された

なお、リモート技術の中でもなじみのある製品はZoomなどのビデオ会議システムです。さまざまな職種で使われるようになりましたね。

ただし、この記事でテーマとして扱うリモート技術は、「ロボット・テレプレゼンス」。遠隔地からロボットを操り、本人があたかもそこにいるような体験をもたらす技術のことです。

孤独を救え

介護施設に住む高齢者に対しては、孤独およびそれに起因するうつ病が危険視されています。それを救うこと自体も介護施設に求められているのかもしれませんが、身近な存在である家族や友人の力を超えるものはなかなかありません。

家族が施設に近いところにいたり時間的に余裕があれば話は別ですが、そのようなケースばかりでもありません。まして、パンデミックの状況であれば、接触の機会は避けられてしまいます。

そこで存在感を増してくるのがリモート技術です。古典的なものは電話ですが、最近では高速インターネットを利用したビデオ通話も一般的になりました。「距離を越えて、あたかもそこにいるような体験をもたらす」というのが技術の本質です。

ロボット・テレプレゼンス

さて、ビデオ会議をさらに超える体験をもたらす技術が台頭していることをご存知でしょうか?それはロボット・テレプレゼンスです。

簡単に言えば、遠隔地からロボットを操り、本人があたかもそこにいるような体験をもたらす技術のことです。

国内でも少しずつベンチャー企業などによる製品がリリースされ始めており、その可能性が有名になりつつあります。

分身ロボット「OriHime」。ただしこの製品は「体の悪い人がロボットに乗り移る」ことを主としています。

高齢者の方々にとっては、ロボットに乗り移る家族と交流することで、「身体的にも身近である」という感覚を享受することができるようです。

しかし、この技術は本当に出現したばかりなので、長期的に利用した時の問題点については明らかになっていません。
そこでフィンランドのVTTという研究所にいるMarketta Niemeläら研究者たちは、いくつかの観点からロボット・テレプレゼンスの倫理的な問題点(および利点)を洗い出しました。これをもとに倫理的ガイドラインを作る目論見のようです。

★科学論文の情報

著者:Marketta Niemelä, Lina van Aerschot, Antti Tammela, Iina Aaltonen & Hanna Lammi
タイトル:Towards Ethical Guidelines of Using Telepresence Robots in Residential Care
URL:doi.org/10.1007/s12369-019-00529-8

下記にその内容をご紹介します。

先行事例から見えてきた問題点とメリット

彼らは先行事例を綿密に調査し、自ら実証実験を行いました。
まずは浮かび上がってきた問題点が以下です。

電話機能そのものの問題点

これが進化した「電話」であることに起因する古典的な問題があります。

  • お互いが電話を終了、拒否するときのマナー
  • 高齢者が電話を取ったり拒否したりする制御能力
  • これを使用することによる対面コミュニケーションの欠如
  • 誤用や乱用

これはロボット・テレプレゼンスでなくとも起こりうる問題ですね。ただし強いて言えば、誤用や乱用による影響力が電話よりも大きいのかも知れません。

ロボットへの不慣れ

いわゆる「あるある」なのかもしれませんが、ロボットのような新しい技術が導入される際には、現場が少なからず混乱します。

例えば介護施設のほかの住民がびっくりしたり、スタッフがロボットを上手に扱えずに困ってしまうケースが出てきます。

操作を覚えることは導入におけるコストの一部です。そのため、使いやすさが重要だと複数の場所から指摘があるようです。

家族の罪悪感

さらに一部からは、家族が「罪悪感」を抱えるケースがあると報告されています。

介護以外のケースでも、パンデミック下で遠方の家族とビデオ通話するときに罪悪感を感じたことはないでしょうか。

リモート技術を駆使してコミュニケーションを行うと、家族は「自らの都合を優先させてしまっている」という気持ちを感じるようですね。

一方、ポジティブな面も明らかになりました。

ポジティブな面

一方、ある調査では、明らかに高齢者の孤独を減らし、家族や友人とのコミュニケーションを増やすという報告もあります。

さらに、ロボットが動き回ることにより、家族は「位置関係を含めて高齢者を見守る」ことができます。家族にとっては、単なるビデオ通話よりもより安心することができるというのです。

実際に試してみた

上記のような調査とは別に、研究者らはロボット・テレプレゼンスの実証実験を行いました。

ロボット・テレプレゼンスを介してコミュニケーションを行う家族。

6週間〜12週間の間、長期的に介護施設を利用している高齢者3人に対して、ロボットを配置しました。
参加者は、高齢者はもちろん、彼らの家族、介護士たちです。
この実験が終わった後に、参加者に対して、実際どう思ったのかをアンケートで聞きました。

その結果が以下になります。

高齢者の視点

高齢者サイドは、「あまり期待していないが、少しは役に立つだろうと思っている」という気持ちでスタートしているようです。
しかし実験が進むと、「家族の存在感が増しているように感じる」と回答しています。

またプライバシーの問題を気にしてはいない様子で、「秘密などないので、いつでも接続して大丈夫」と答えた方もいます。

家族の視点

一方、家族サイドの関心ごとはプライバシーの問題でした。
高齢者が寝ているあいだなどに勝手に誰かがアクセスしたりすると厄介な問題に発展します。

そのような問題もあり、「一方的にアクセスできる人間と、特定の許可なしではアクセスできない人間を分ける必要がある」という提案も出ています。

また、意外とロボットの「移動」は活用しなかったようです。首が回れば十分であり、限られたスペースでロボットを運転してもあまり意味がないと感じたようです。

介護士の視点

立場が変われば意見も変わるもので、介護士サイドはこの技術に主に好意的だったようです。

ただ、介護サービスの提供に影響があるという印象は受け取ったようです。
ビデオ通話中に介護士が高齢者の部屋を訪れた時には、介護士は家族の指示に従うように行動しました。

さらに、通話をやめてほしいとき、高齢者と家族とのコミュニケーションを切断することが介護士の権利なのかどうかがわからなかったようです。

また、施設内の声が聞こえることにより、他の居住者のプライバシー情報が漏洩するのではないかという懸念も感じているようです。

倫理的ガイドラインに向けて

全体的な印象としては、「メリットは明らかにある」しかし「使用上の注意が色々とある」というところですね。

研究者らはこの結果を受けて、介護施設におけるロボット・テレプレゼンスの使用に対する倫理的ガイドラインの草案を考えました。
それが下記の表です。

介護におけるロボット・テレプレゼンスの利用時の倫理的ガイドライン草案
原文より筆者和訳、一部改変

受け入れられているユースケースとはつまり、(現時点で)ロボットテレプレゼンスの使い方として妥当なものを意味しています。

今後、導入を考える際にはかなり参考になりそうですね。

倫理と向き合う大事さ

高齢者介護にとどまらず、リモート技術の使い方に関する倫理的な問題や、それに基づく倫理的ガイドラインの制定はますます重要になってきています。

新しい技術は可能性に満ちており、先駆けて導入する企業は勇敢ですが、(倫理的)ガイドラインがあることで彼らは一気に活躍しやすくなるのです。

※こちらのインタビューでもそのような話題が出ていましたね。
【芙蓉開発】だれでも使えるAIで、当たり前を作る。【前田俊輔】(介護AI・介護DXインタビュー)

今回紹介した研究もそうですが、皆の関心と協力があってこそ、時代が前に進みます。
アンテナをはって、何か機会があったらチャレンジしてみてくださいね!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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