トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー

トレーニングによる過度なストレスからフレイル高齢者を守るには?ウェアラブルとAIテクノロジー

最終更新日 2022.11.24

この記事の筆者 | Dr. カワゴエ

博士(医学)。転倒予測AI、メディカルAI、医療データサイエンスを専門とする。人工知能学会、日本メディカルAI学会等所属。

軽度認知障害を抱えるフレイル(虚弱状態)の高齢者は、認知機能トレーニングや運動を行うことにより、その状態が回復することがあります。

しかし高いストレスを抱えている状態でそれを行うと、ストレスレベルを高めてしまう危険性もあります。

この記事では、ウェアラブルとAIにより、高齢者のストレスレベルを検出する技術についての研究を紹介します。

今日のテーマはフレイル高齢者とストレス検知です。

※ウェアラブルとは、Apple Watchに代表される、人間の身体にとりつけるデバイスおよびそれを活用した技術のことです。

この記事の要点

  1. 運動や認知トレーニングによりストレスレベルが高まる危険性がある
  2. 皮膚や心拍の信号からフレイル高齢者のストレスを検出する技術が開発された
  3. リハビリ中のストレス状態を高い精度で検出可能になった

高齢者の見えない危機をどう乗り越えるか

フレイルとは?

まず、フレイルのおさらいをしましょう。今日、フレイルは通常65歳以上が関与しており、転倒、事故による障害、入院、死亡などの健康状態の悪化のリスクが高い脆弱な状態を表しています。

※こちらの記事でもフレイルを取り扱っています。高齢者の虚弱(フレイル)をAIで予測 100万人のデータを活用する最新技術

さて、フレイルの一般的な兆候と症状は、

  • 体重減少
  • 倦怠感
  • 筋力低下
  • 身体的および精神的パフォーマンスの低下

このようなものがあります。フレイルの状態は、社会的孤立の可能性に加えて、心身のストレスの増加にも寄与することがあります。それにより、睡眠の質、気分、および認知能力に悪影響を与える危険性があります。国内でもフレイルに対する認知は増えつつあり、厚生労働省により定義の紹介もあります

認知トレーニングや運動で歯止めしたいが・・・

フレイルのリスクを遅らせ減少させるためには、認知トレーニングおよび運動の両方の観点から、個別プログラムを提供する必要があります。
しかしこうしたトレーニングは高齢者にストレスを感じさせる危険性があります。そしてストレスは認知機能を下げることがあります。そのためトレーニングの効果とそれによって生じるストレスの間にジレンマがあります。
よってトレーニング等によって生じるストレスも考慮に入れ、理想的なプログラムをつくる必要があります。

しかし実際は、フレイル状態の高齢者が感じるストレスと、特定のトレーニングセッションとの関係はほとんど明らかになっていません。適切なトレーニングが効率的な認知能力と運動能力の維持に役立つことが実証されているにもかかわらず、ストレスの問題は未解決のままというわけです。

軽度認知障害フレイル高齢者のストレス検知

そんな中、イタリアの研究者Franca Delmastroらは、慢性的なストレス状態にある軽度認知障害のフレイル高齢者における、急性的なストレスの検出をテーマに研究を行なっています。

彼女らはストレス検出を目的として、市販のウェアラブルセンサーから得られる心拍数、心拍変動、皮膚電位(皮膚から得られる電気信号)などを用いて検証しました。

★この記事で参照している科学論文の情報

著者:FRANCA DELMASTRO, FLAVIO DI MARTIN, AND CRISTINA DOLCIOTTI
タイトル:Cognitive Training and Stress Detection in MCI Frail Older People Through Wearable Sensors and Machine Learning
URL:10.1109/ACCESS.2020.2985301

ウェアラブルで検出、AI技術で分析

今回対象となった参加者は、ふだん介護施設で過ごす9人の高齢者(フレイル状態)です。その内訳は、5人の女性(平均年齢83.6±4.3歳)、4人の男性(平均年齢74.7±11.6歳)でした。

心拍、心拍変動、皮膚の電位の計測のため、2種のウェアラブルデバイスが使用されました。また、ウェアラブルで受け取った心拍や皮膚電位のデータを分析する際には、機械学習(AI技術の一つ)が用いられました。

彼らが実験中に行ったのは、日常の介護施設で一般的に行われる標準的なリハビリ活動に基づいた、特定のトレーニングのセットでした。軽い運動(12分間)と交互に行われる認知トレーニング(*)で構成されるものです。

*参考資料:長岡技術科学大学「認知症予防のための前頭葉セルフトレーニングシステムの試作」(論文)

上記により、運動、認知トレーニングと生理的なストレス反応の関係がモニタリングおよび評価されました。

認知トレーニングと皮膚からの信号

その結果、認知トレーニングにより、皮膚電位(皮膚から得られる電気信号)が増加する傾向があることがわかりました。また、安静状態後に、認知トレーニングを繰り返すことで、より大きな反応が生じることも明らかになりました。

認知トレーニングよってストレスが引き起こされることを前提にして考え、皮膚電位が「認知トレーニングによるストレス」を敏感に検知していることがわかりました。

さらに、収集された生理学的データを活用して、さまざまな機械学習の手法に基づいたストレス検出システムの性能を評価しました。その結果、最終的に、ストレスの検出精度は、85%程度まで高めることができました。

運動と、それに伴う生理学的データ(皮膚電位や心拍)も確認されましたが、今回は認知トレーニングと皮膚電位に関する結果に注目しています。

従来のストレス検出の技術に対して今回の技術が優れていた点

それは以下の3点でした。

①ウェアラブルを使用するため、認知トレーニングや運動時のリアルタイムな心拍や皮膚電位のデータを検出できる

②認知トレーニングにより皮膚電位が変化することがわかり、ストレスレベルの検出方法を確立した

③生理学的データから認知トレーニング中のストレスを検出するAIを作成できた 

また、今後の研究拡大の方向性は次の通りです。
認知トレーニングと運動の両方の観点から、1人1人の高齢者に合わせてリハビリテーション活動を修正します。
こうした新たなリハビリテーションプログラムにもAIを活用したオンラインシステムを適用して、異なるリハビリテーションプログラムを受ける方々を継続的にモニタリングし、その効果を研究する予定のようです。

以上が研究紹介でした。この研究は、イタリアで行われたものなので、日本ではどうなのか、今後が気になるところです。

テクノロジーでより安全なリハビリを

ここまでお読みいただきありがとうございました。執筆を担当したDr. カワゴエです。

認知トレーニングやその他のリハビリテーション活動は、軽度認知症のフレイル高齢者が、認知や身体機能の維持や改善を行うための基本です。ただし通常、ストレス状態を引き起こす可能性も秘めています。この事実自体、もしかしたらあまり知られていないことなのではないでしょうか。

介護施設のフレイル高齢者に、より安全で無理なく、最適なリハビリテーション活動を提供できるようにしたいですよね。今回の話のように、ウェアラブルデバイスを用いて、個人の生理的状態をモニタリングしながら認知トレーニングや運動を行うのが、未来の介護技術のスタンダードになるかもしれません。

今後、ウェアラブルデバイスなどの便利で新しいテクノロジーが介護施設で身近に利用されるようになることを期待しています。

Dr. カワゴエ(Takashi Kawagoe, Ph.D.)

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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