アンクレット型のデバイスで認知症を自動検出

アンクレット型のデバイスで認知症を自動検出

最終更新日 2022.11.22

この記事では、とある先端技術の研究報告を紹介します。

さて、ウェアラブル・デバイスという言葉を知っているでしょうか?「身につける電子機器」という意味ですが、ウェアラブル・デバイスの最も有名な例の一つはApple Watchです。

Apple Watchはおしゃれで便利なので、エンターテインメントが目的で購入する場合も多いと思います。しかし実は、心拍数を記録する機能が備わっており、頻拍や動悸などの症状の発生を知らせることができます。

このように、電子機器を体に身につけるメリットの一つは、身体の健康に関わるデータを自動的に取得することができるという点です。
この分野の新境地を覗いてみましょう。

今日のテーマは「ウェアラブルと認知症」です。

この記事の要点

  1. 認知機能の低下は、迅速に測定したい
  2. 足首ベースのウェアラブルシステムを開発した研究者らがいる
  3. 認知機能や運動機能の障害を検知できることがわかった

「足首」型のウェアラブルはまだ有名なものがないので、非常に興味深い事例です。

運動能力と、認知能力

WHO(世界保健機関)が2016年に発表した内容によると、2030年には認知症の人口は7560万人に達するとのことです。人類全体の1%が認知症を患っている可能性があるということを意味しています。これが現実のものになるかどうかはわかりませんが、何の対策も打たなければトラブルが増えることは想像に難くないでしょう。

フレイル(虚弱、または脆弱)という言葉が最近知られつつありますが、特に認知症に関わる「認知虚弱(認知的な障害をともなう虚弱)」は注目されています。そして、その度合い(脆弱性)を測定することが、求められています。そのようなテーマで、研究がいくつか行われてきました。

これまでの研究によって、認知機能と運動機能には、関係があることがわかっています。例えば、歩行速度と認知障害には関係があるそうです。
このような報告は比較的最近のものなので、「運動機能に注目して認知機能の低下を測る」というノウハウは十分に育っていないそうです。

「運動」というと体操やスポーツなどの激しい動きを連想すると思いますが、運動の本来の言葉の意味は、もっと地味なものです。たとえば、この記事を読み進めたり、関連リンクに飛んだりするためにスマートフォンやPCを操作していると思いますが、操作のためには運動が生じています。つまり、ある目的をもって、体をどう動かすか「計画を立てて」、その通りに体を動かすことが運動なのです。この計画を立てる能力(=運動計画の能力)が、高齢になると非常に低下します。これは脳科学に基づいて知られるようになりました。

足首の動きで調べよう

運動計画の能力を測定することで、認知機能の低下具合を調べることに着目した研究者たちがいます。米国テキサス州にあるベイラー医科大学のHe Zhouたちです。

彼らは、足首にウェアラブルセンサーを取り付け、そこから得られるデータをコンピューターで処理することにより足首の動きを測定することを着想し、実際にシステムを開発しました。

★この記事で参照している科学論文の情報

著者:He Zhou, Hyoki Lee, Jessica Lee, Michael Schwenk and Bijan Najafi
タイトル:Motor Planning Error: Toward Measuring Cognitive Frailty in Older Adults Using Wearables
URL:doi.org/10.3390/s18030926

その報告を下記に紹介します。

ウェアラブルセンサーを活用したシステムと検査方法

認知機能の低下、それによる運動機能の低下を調べる方法の1つに、「Trail Making Test (TMT) 」という検査方法があります。簡単に言うと、体を指示された場所に動かし、それにかかった時間を測る検査です。脳の働き、特に注意や情報を処理する認知機能の働きが低下すると、指示された場所へ動かすのに時間を要します

Zhouらは、ウェアラブルセンサーを活用して、より簡単で正確に認知機能を評価できないかと新たな検査「iTMT」を考案しました。

彼らが実際に開発したシステムは、下記のようなものです。

右の写真のように立った状態で片方の足首にウェアラブルセンサーを着用します。そして、左のようなスクリーン画面の指示に従って、膝から脛(すね)を指定された方向に向ける、というタイプのTMT検査です。

このウェアラブルセンサー自体は市販のものですが、センサーから得られるデータをどのように扱うかが今回の独創的な点でした。この検査中の足首の速度パターンを測定し、そのパターンを解析することによって、被験者の運動計画能力を評価したのでした。

被験者は全部で32人。すべて65歳以上の歩行可能な高齢者でした。その半数である16人は認知的に問題ない方々で、もう半数の16人は認知障害を持つ方々として実験に参加しました。年齢や性別に加えて、うつ病歴や転倒数も申告がされました。

方向性の正しさが認識された

その結果、足首の速度パターンを計測することで、下記の2つの結果が得られました。

  • 高齢者の中でも認知機能の低下がある方、ない方を判別できた
  • 加齢に伴う運動機能の低下具合も評価できた

また、足首の運動速度に基づく認知機能の評価結果を、従来の質問紙による評価結果と比較したところ、強い相関がみられたそうです。
これは、この新しい着想が、正しい方向性をもっていることを意味しています。

これらの結果から、研究者たちは、ウェアラブルを使用した運動計画能力の測定をもとに認知機能の低下をおそらく正しく評価できるだろうと考えています。

この方法の良いところは、

  • 認知症を診断する専門家がいなくとも、デバイスとソフトウェアを使用すれば誰でもテストが行えること
  • 従来に比べて高齢者が検査中に転倒するリスクが低いこと
  • 狭い空間でも検査できること

などでした。

この研究の今後の展望は、年齢などによる影響を加味することや、足首の角度にも着目して、より正確な測定と評価を行うことのようです。

研究の紹介はここまでです。ちなみにこの検査において、アンクレットデバイスを常時身につける必要はありません。実際の介護施設の現場を想像してみても、日常のケアや簡単なリハビリのついでに検査を行うだけで何らかのヒントが得られるとしたら、かなり便利なのではないでしょうか。

アナログに敬意を

近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が流行っているように、人間のアナログな仕事を機械によって代替することが注目されています。今回紹介した技術で言えば、従来のアナログな方法に頼って行う認知症の診断を、機械化するというDXです。

この(デジタル化の)勢いは、もしかしたら不可逆なものかもしれません。しかし、これまでの長い歴史のなかで培われてきたアナログな方法論や、経験則に基づく技術が、ないがしろにされることを意味してはいません。むしろ、これまでのアナログな努力があってこそ、機械化ができるのです。

「AIに仕事が奪われる」という表現はいったんやめて、「AIと仕事をする」と考えてみましょう!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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