視覚障害者でなくても欲しい「スマート杖」とは

視覚障害者でなくても欲しい「スマート杖」とは

最終更新日 2022.11.15

一説によると、人間は情報処理の約7〜8割を、視覚に頼っていると言います。

もし「目を閉じて家から職場まで行ってください」と突然言われたら、多くの人が、途中で挫折するか、はじめから諦めてしまうことでしょう。

しかし、この世の中には、視覚に障害を持つ人が、かなり多く存在します。メガネで補えないほどの重い障害も、テクノロジーで助けられたらいいと思いませんか?

今日のテーマは「スマート杖」です。


この記事の要点

  1. 視覚障害者の数はますます増える
  2. 「スマート杖」が発明された
  3. 多くの機能を持つとともに、更なる進化が期待される

高齢者の中には、視覚障害を持つ方がたくさんいます。
介護士は彼らを案内する仕事もありますが、ツールを使って解決できることができるようになるのかもしれません。

他人事ではない、視覚障害というみんなの課題

WHO(世界保健機関)によると、世界では13億人もの人々が、何らかの視覚障害を抱えて生活しているようです。失明の有病者こそ減少しているものの、高齢者が増えている関係もあり、視覚障害全体で考えると、2050年には、視覚障害者の人口は、現在の3倍ほどにもなると、同機関は予想しています。

高齢者の視覚障害者を含めた、重度の視覚障害者を支えるアイテムには、おもに3つのカテゴリーが存在します。

  • 盲導犬
  • テクノロジーツール

「テクノロジーツール?」と、疑問をもった方は多いかと思います。テクノロジーツールに関しては、さらに2つのカテゴリーに分かれます。

ひとつは、周囲の環境が、視覚障害者を目的地に案内するタイプのテクノロジーです。最もポピュラーな例としては、「ピヨ、ピヨ」などの音で、信号が青であることをお知らせするタイプの装置があります。公的な機関が関与して、視覚障害者も住みやすい街づくりをしている場合などに、このようなツールが多く見られることになります。介護施設の場合は、このような音響装置の屋内版が設置されている場合があるでしょう。

もうひとつは、視覚障害者自身によりそい、周囲の障害物の存在を本人に知らせるタイプのテクノロジーです。ポピュラーな例は、ありません。盲導犬のような機能を持つテクノロジーということです。環境に依存せずに好きな場所にいけるので、理想的なコンセプトだと言えるでしょう。

杖を器用に使って、周囲の障害物を察知している視覚障害者の方を見かけたことは、ありませんか?
本人が器用に使いこなさなくとも、そして盲導犬を連れていなくとも、利用者を安全に目的地に連れて行ってくれるような、次世代の杖があればいいと思いませんか?

そんなコンセプトを実現すべく立ち上がった研究者たちがいたようです。

カナダのモハメド・ディエディン・メサウディたちです。

★この記事で参照している科学論文の情報

著者:Mohamed Dhiaeddine Messaoudi, Bob-Antoine J. Menelas, Hamid Mcheick
タイトル:Autonomous Smart White Cane Navigation System for Indoor Usage
URL:doi.org/10.3390/technologies8030037

スマートで自律的な杖

彼らが最近出した報告によると、視覚障害者が安全に目的地までいけるように、「スマートで自律的な杖」を発明したとのことです。

開発の前に、彼らが目指した主な目的は以下の3つでした。

  • 障害物を認識する
  • 障害物との距離を測る
  • 周囲に何があるのか、発話ベースで検索ができる

実は過去20年間で、視覚障害者が安全に歩くための画期的な技術はかなり研究されてきました。障害物を検知して、自身との距離を測ることは、意外と難しいことだったのです(人間の目が生まれつきどれほど恵まれた性能であるか、これでお分かりいただけたでしょうか)。

フレンドリーで、やさしい相棒

研究者たちが発明したスマート杖は、以下のような作りをしています。

このスマート杖の特徴は、以下のようなものでした。

  • 目的地まで、自由に案内する
  • ユーザーフレンドリーで、快適に使える
  • 手頃な価格で、大量生産できる
  • 地面に存在する障害物を検出し、音声でユーザーに伝える
  • 歩数をカウントし、カロリー計算を行う

もしかすると、視覚障害者でなくとも「ぜひ欲しい」と思ってしまうデバイスかもしれません。

その凄い構造

マニアックな説明が好きな人にとっては、このスマート杖の機構についても関心があるかもしれませんね。少しだけ紹介しましょう。

キーボード:視覚障害者でも扱える設計になっており、目的地を設定することに使えます。

超音波センサー:地上から4mの高さまでの障害物を検出します。

テキスト読み上げ器:このスマート杖にインターネット経由で送られてきた書類や、内蔵された書類の文章が、音声でユーザーに知らされます。

カメラ:障害物だけでなく、交差点や道路標識を認識します。

このスマート杖はクラウドに接続され、障害物の情報がインターネット上に記録されます。杖の位置情報を認識し、目的地までのルートを計算します。

実証実験もしっかり進んでいる

研究者らは、単なる設計思想を発表したわけではありません。

このスマート杖を用いた、屋内でのナビゲーションテストまで完了させています。

いくつもの障害物を設置したフロアの中を、スマート杖を持って移動した結果、障害物の存在を警告するだけでなく、障害物の位置情報がクラウドに保存されたことを確認したそうです。

一般社会で実用化されるまでにはまだ何ステップかありそうですが、ワクワクを感じる成果ではないでしょうか。そのうち、大注目されるベンチャー企業が登場する可能性もあります。

※京セラが2020年に「スマート白杖」のプロトタイプモデルを発表しており、実用化を進めているとのことです。

困難な現場だからこそ、信じられないイノベーションが起こる

介護の現場は、現状、人の力によって支えられている部分が大きいと思います。

そんな現状は、看過されているわけではありません。研究者、技術者が形にしたものを、経営者たちが真剣に導入しようとしています。

重要な課題のある現場からは、時に予想をはるかに超えたイノベーションが起こり、初期の範囲を超えて、われわれの生活を豊かにしてくれます。

おしゃれで、そして便利なアイテムとしてのメガネとか。もともとメガネは、軽度な視覚障害者のためのアイテムのはずです。デザインや機能は拡張し、ファッション用のメガネだけでなく、最近ではVR用スマートグラスなども出現しています。

なにかイノベーションの種があったら、忘れないうちに発信してみてはいかがでしょうか?

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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