「過去の楽しい思い出」を回想させるVR 認知症の回復にも有効との研究結果

「過去の楽しい思い出」を回想させるVR 認知症の回復にも有効との研究結果

最終更新日 2022.11.22

思い出、といえば何が思い浮かぶでしょうか。夏の日のプール?誕生日会?

人生を長く生きるほど、思い出は多くなるものです。おじいちゃん、おばあちゃんともなれば、本当にたくさんの記憶をもっているはずです。

あなたがそうであるように、高齢者にとっても、楽しい思い出を回想すると、気持ちが良くなるものです。

現代のテクノロジーで、楽しい思い出を「思い出しやすく」することができたなら・・・。

今日のテーマは「回想VR」です。

この記事の要点

  1. 懐かしく良い思い出は、心と体に良い
  2. VRとARを利用して回想する技術が開発された
  3. 認知症の治療法としても有効なことが示唆された

これまでの記事では主にAI(機械学習)やロボットについての話が多かったので、VRは新鮮なトピックではないでしょうか。

★この記事で参照している科学論文の情報

著者:Yung-Chin Tsao,Chun-Chieh Shu, Tian-Syung Lan
タイトル:Development of a Reminiscence Therapy System for the Elderly Using the Integration of Virtual Reality and Augmented Reality
URL:doi.org/10.3390/su11174792

それでは、内容を見ていきましょう。

60年つづく「回想法」が進化する

ほかの記事でも扱っていますが、高齢化社会における問題点のひとつは、認知症の存在でしょう。

認知症の高齢者に対する周囲の対策は、大きく分けて2種類あるかと思います。それは予防と回復です。

前回(*)は予防に関する話題だったので、今回は回復に対して「VR」というキーワードで掘り下げてみます。

認知症の回復には、「回想法」が非常に有効だという報告がなされています(厚生労働省「認知症」より)。回想法とは、個人の持つ過去の記憶に触れる心理療法です。1960年代にアメリカの精神科医が提唱して以来、注目され続けています。

高齢者は、直近の出来事を思い出す「短期記憶」が弱まっていきますが、比較的過去にあったことを思い出す「長期記憶」は強まっていくそうです。それだけに、「回想法」は高齢者に適していると言われています。

「回想」にはトリガー(引き起こさせるためのきっかけ)の存在が効果的です。装飾品、写真、ビデオ、音楽がトリガーとされています。

(*前回の記事:認知症のリスクはAIの技術でわかる イラストテストの回答を分析し、約88%の精度

台湾発

さて、タイトル回収の時間です。前述の「トリガー」を使用しながら、さらに抜群の性能で回想法を行う手段があるのではないかと考えた研究者たちがいます。

台湾・大同大学のYung-Chin Tsaoらです。彼らの陳述によると、台湾でも高齢化社会問題はかなり深刻化しているようです。

彼らは、VR・AR技術を用いて個人のノスタルジックな世界をつくることにチャレンジしました。

VR・ARってなに?

VR・ARと言われてもいまいちピンとこない方に、少し概要をお伝えします。

VRとは「仮想現実(Virtual Reality)」の略で、現実ではないけれど、機能の本質的には同じである環境をつくりだす技術です。気軽に触れられるプロダクトとしては、Oculas Questや、PlayStation VRなどが一般的でしょう。

対してARとは「拡張現実(Augumented Reality)」の略で、現実の環境に対してコンピューターで情報を加える技術を指します。一般的なプロダクトとしては、ポケモンGOなどが有名です。VRから派生した技術だと言われています。

ノスタルジックな世界の力

VRには、場所も時間も制限がありません。彼らが作り出したノスタルジックな世界は、高齢者がVRヘッドセットをつけるだけで、どこでも、いつでも、その中を探索できるようになりました。

360°自由に見渡すことができるだけでなく、懐かしい家に入れば、その中にある物が、特有の音などの質感をもってユーザーを迎えます。

この体験をしながら、周囲にいる人間と会話をすると、多くのトピックがユーザーの記憶から誘発されて出てくるそうです。

ARの実験では、スマートフォンやタブレットを用いて「特定の写真を覗く」ことで、ユーザーが特殊な体験ができるように設計されました。

その写真にまつわるテキスト、音声、スライドなどが出現することで、「ノスタルジックな世界の入り口」に立つのだそうです。

このシステムによって「入り口」に立つことで、前述のVRシステムの利用がかなりスムーズに進むとのことです。ようするに、突然ノスタルジックな世界に移動することによる「混乱」を事前に防ぐための手段というわけです。

没入と回想

以上のようなシステムによって、高齢者は「没入体験(その世界に入り込んだように感じる体験)」ができること、効果的に回想が行われることが示されました。

「回想法」が老化に対する倦怠感や無力感を軽減するために有効ならば、このようなテクノロジーでさらにその効率を高めるのは大事だと考えられます。

ちなみに、以上のようなVR・AR技術はごく一般的なソフトウェアで作られています。写真の加工にはPhotoshop、3D素材の加工には3dsMax、ビデオの編集にはAdobe AfterEffects、動作する環境はAndroidでした。ソフトは誰でも手軽に用意できので、アイデアさえあれば、個人でも色々と試せる豊かな時代だと言えます。

脳をささえるテクノロジー

今回参照した文献に、かなり印象的な文章がありました。

寿命が限られていることに気づいている高齢者は、将来への興味を失うことがあります。

「過去を振り返るな」という言葉が時々使われますが、記憶を辿ることは、脳にとっては非常に素晴らしい側面もあります。

将来への興味でひたすら走ってきた人に、技術の力でそっと記憶を辿るサポートをしてあげられるのは、現代の大きな可能性ですね。

読者の中にはVR・ARをすでにゲームなどで楽しんだ経験のある方も多いかと思います。特にポケモンGOなどのARゲームは、社会現象にもなりました。ARゲームは歩行を促すことによる健康効果も期待されています。

身近な例を思い出して、そのテクノロジーのさらなる可能性に、目を向けてみてくださいね!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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