認知症のリスクはAIの技術でわかる イラストテストの回答を分析し、約88%の精度

認知症のリスクはAIの技術でわかる イラストテストの回答を分析し、約88%の精度

最終更新日 2022.11.24

ケア職の現場の皆様はもちろんですが、現場以外でも高齢者と接する機会は日常的にあります。

ときには、「この方はもしかして認知症かな?」と感じる瞬間もあるかもしれません。その後「自分とは無関係」と考えるか、「他人事では無い」と考えるかは分かれるところかと思います。

しかし脳を頼って生きている以上、認知症になるリスクは誰しも持っています。
厚生労働省の発表した資料によると、2025年には国内の認知症人口は700万人に達する可能性があるそうです(「認知症施策の総合的な推進について」より)。仮にその頃の国内人口を1億2千万人だとすると実に17%超が認知症ということになります。

もし最新のテクノロジーが、「リスク」を教えてくれたなら、備えることもできそうですが、実際はどうでしょうか。

今日のテーマは「認知症のリスク」です。

この記事の要点

  1. アルツハイマー病では、記憶だけでなく、言語能力にも障害が現れる
  2. AIの技術を用いて、患者さんの発語内容からアルツハイマー病かどうかを見分ける研究が進められている
  3. 最新の研究では、約88%の正確さで見分けることができた

★この記事で参照している科学論文の情報

著者:Roshanzamir A, Aghajan H, Soleymani Baghshah M
タイトル:Transformer-based deep neural network language models for Alzheimer’s disease risk assessment from targeted speech.
URL:DOI

問題は記憶だけではない

「認知症」と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのが「アルツハイマー病」でしょう。世界中で数千万人の患者がいるとも言われ、先進諸国における人口の高齢化に伴い、今後ますます増加すると予想されています。

認知症の中核症状といえば「記憶障害」ですが、症状はそれだけではありません。意欲の低下、妄想、言語障害など、様々な症状が出現することがあります。

近年AI技術の進歩に伴い、患者さんの言動や検査結果を機械学習によって分析し、認知症のリスクを評価しようという研究がさかんになってきています。

今回は、そうした研究の1つをご紹介しようと思います。

ちょっとテスト

まずは、次のイラストを見てみましょう。

いろいろと気になる部分のある絵ですが、これは“Cookie Theft Picture”といって、主として米国で、患者さんの言語能力の検査に用いられることのあるイラストです(おそらく日本ではあまり用いられていません)。今回の研究では、被験者はまずこの絵を見せられ、その内容について言葉で説明することが求められました。

通常であれば、

・男の子がイスに上って戸棚からクッキーを取ろうとしている

・そのイスが倒れそうになっていて危ない

・すぐそばに女の子がいて、クッキーをもらおうと手を伸ばしている

・台所の流しから水があふれている

・母親は、水があふれていることに気づかないで、のんびり皿を拭いている

という辺りにすぐ気がつきそうです。

実際の被験者、AさんとBさんの回答例を見てみましょう。どちらかがアルツハイマー病の患者さん、もう一人は健常者です(原文は英語です)。

Aさん:

「そうですね…、季節は夏で…、お母さんと子ども達が台所にいる所です。窓は開いていて、少し風が入ってきています。お母さんはなぜかぼうっとしていて、流しから水があふれてしまっています…。子ども達はお腹がすいていて…」

Bさん:

「男の子がクッキーの入れ物の中にいます。女の子が男の子に向かって手を伸ばしています。イスが傾いていて倒れそうです。クッキーの入れ物はフタが開いています。フタは中にあって…。それからドアは開いています。お母さんは皿を拭いていて、水たまりの中に立っていて…、水は流しから流れ落ちてきているみたいで…」

判断はなかなか微妙ですが、Aさんが健常者、Bさんがアルツハイマー病の患者さんだそうです。それを知った上で改めて回答を読んでみると、Bさんの回答には細かい間違いがいくつか含まれていたり、情報が断片的で状況の的確な説明になっていないなど、認知機能の低下を窺わせる特徴が確かにありそうです。

そのテスト結果をAIの技術でまとめる

さて、このようなテストで判定する従来の方法は正しいものですが、どうしても正確さは診る人に依存してしまいます。

そこでイランのAlireza Roshanzamirら研究者は、AIの技術を用いて、より精密に、そして個人の経験に依存しない「リスク評価」を試みました。

その研究では、 170人のアルツハイマー病患者と99人の健常者、合計269人に対して”cookie theft picture”テストが実施され、回答のテキストデータが収集されました。BERTという比較的新しい自然言語処理(文章を機会が理解するための学問)の手法を用い、回答内容からその人がアルツハイマー病であるか否かを判定する試みが行われました。

下図が、結果をグラフにしたものです。

グラフを読み解くと・・・

まずは、グラフの見方を簡単に説明しておきます。

日本では「長谷川式簡易知能評価スケール」という認知症の検査が有名です。30点満点で認知機能を点数評価するものですが、それとよく似たMMSEという検査があります。やはり30点満点です。今回はそのMMSEを用いて表現されています。

①青色が健常者、赤色がアルツハイマー病患者を表す

②横軸(MMSE)は認知機能の高低を表す(数値が高いほど認知機能が良い)

さらに、各グラフ棒の赤色と青色それぞれの中に、色の薄い部分と濃い部分があります。薄い所が、今回の研究で正確に予測(つまり、健常者→健常者、患者→患者と判断)できた部分、濃い所が間違って予測(患者→健常者、健常者→患者と判断)してしまった部分です。健常者(青色)は当然ながらほとんど26点以上に分布しています。逆に、25点以下はほとんどアルツハイマー病患者(赤色)に占められています。

この実験結果のグラフでは、全体に、大部分が薄い色になっており、概ね正確な予測ができていることがわかります。

特にMMSE20点未満(グラフの左半分くらい)では、ほとんど間違えていません。一方で28点以上のグループでは結構間違い(偽陽性)が生じています。

全体としては88.08%という精度でアルツハイマー病患者と健常者を区別できた、という研究結果でした。これは、これまでの似たような研究の中での最高記録(85.6%)を上回る成績だったそうです。

ケアと医療の将来をおもう

ケア業界と密接に結びつく医学では、全般において、AI、もとい機械学習の導入が進んでいます。あるいは精神医学においても同様で、特に認知症関連の研究は世界各国でさかんに行われており、今回ご紹介した研究はその中のほんの1つに過ぎません。

今後、これらの研究の成果が医療や介護の現場で活かされていくことを期待したいところです。

なお、今回紹介した研究は認知症のリスクを検知するものでしたが、回復させる手段に関する研究もあります。

「過去の楽しい思い出」を回想させるVR

認知症に関する最新の科学に興味がある方はぜひウォッチしてみてください!

臼井 貴紀
● 監修者情報
臼井 貴紀 Usui Kiki
Hubbit株式会社 代表取締役社長。藤田医科大学客員教員。早稲田大学卒業後、ヤフー株式会社に新卒入社。営業、マーケティング、開発ディレクション、新規事業開発など幅広く担当。その後、ベンチャー企業に転職しAIを活用したMAツールの立ち上げを行った後、Hubbit株式会社を設立。高齢者施設に3ヶ月住み込んで開発したCarebee(ケアビー)は、日本経済新聞、NHKおはよう日本、ABEMA PRIME等に出演。
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